ホスト売り掛け。
零士のお店に着いた。
私は、今にも泣きそうだったが涙が出ないように我慢して。無理やり笑顔を作って、何時もお店の前に居る若手のホストに、わざとらしいぐらい明るい声を出して声を掛けた。
「おはよ~今日はちょっと早いけど遊びに来ちゃった、零士いる?」
『『いらっしゃいませ、うららさん零士さんもう出勤してますよ』』
そう言って、私のヘルプに着いた事のあるホストの何人かが、笑顔で私の事を出迎えてくれた。私はその笑顔を見て、ここなら私は笑顔でいられる。そう感じた。
お店の中に通されると直ぐに零士が私の座るテーブルに来てくれた。零士は私の顔色を伺うように顔を近付けると、何も言わずに私の頭の上に手を置いて、少し乱暴に私の頭を撫でた。
私は、色んな思いが心の中で、ぐちゃぐちゃになっちゃって、零士に頭を撫でられながら、笑顔で泣き出した。
そんな私を零士は黙って、側に居てくれた。
私の味方はもう零士しか居ない。
堀田さんも、りこさんも、お店の全てのキャストもスタッフも、もうアソコに私の味方は1人も居ない。
だけど、ここに来れば零士を始めたくさんのホストが私を笑顔で迎えてくれる。
私はその後ひとしきり泣いたら、色んな物がふっ切れて、逆にテンションが上がってきちゃった。
そして私は、横に座り私に笑顔を向けてくれる零士に1つワガママを言った。
「零士、お願い今日はたくさん私の事を楽しませて、絶対に叱らないで」
私のワガママに零士は。
『しょうがないな、今日だけだぞ』
そう言って微笑んでくれた。
「それじゃ、私の担当ホストの結城零士くん、お客様がシャンパンをご所望ですよ、さぁ持ってきてちょうだい」
そうお芝居じみたセリフを言った私に付き合ってくれた零士は、お店のフロアに方膝を着いて、恭しく私におじきをすると。
『畏まりましたお客様、只今お持ち致します』
そう言った。
それからの私は嫌な事を全部忘れるように、零士と他のヘルプに着いたホストと楽しく騒いで過ごした。
そして、そろそろ帰ろうかと思った時に私は急に現実に引き戻れる。バカみたいに騒いだけど、手持ちのお金だけで足りないかも?
零士にそっと耳打ちをして聞いてみたら、お会計が20万円って言われた。手持ちのお金が5万円しか無い事を正直に零士に話すと、零士は笑いながら。
『そんな事だと思ってたよ、いいよ足らない15万円は俺の【売り掛け】にしておくから』
私は、売り掛けって言葉を聞いた事が無かったから零士に聞いてみた。売り掛けとは、ツケの方法の1つで、多くのホストクラブでも行われているらしかった。足らない分を担当のホストがお店から借りると言う形を取ってツケにするらしい。だから、私がバカ騒ぎして楽しんだのに足らない分の15万円は、零士がお店から借りてる状態になる。
『部屋に帰るか銀行行けばお金はあるんだろ? だったら次来る時に、今日の足らない分もちゃんと持ってきてくれよ、うららが持ってきてくれないと俺の給料から引かれちゃうからな』
私は売り掛けのシステムを教えて貰い、零士に迷惑が掛からないように必ず次遊びに来る時には、足らなかった分も持って来ようって思った。少し営業頑張ったら、15万円ぐらいは直ぐに貯まるから。
そんな風に気軽に考えてた。
そして、零士のお店からの帰り道、すっかり空も明るくなって、夜にはたくさんのネオンの光が溢れる街に静かな眠りの時が訪れている中で、私は自分の部屋に帰る道の途中でバカ騒ぎしてたテンションでスッカリ忘れていた事を思い出した。
「私……堀田さんから連絡あるまでお店に来なくていいって言われてたんだった……」
私は顔を青ざめながら、近くのコンビニに駆け込んだ。
そして、コンビニに置いてあるATMの前に立つと、銀行のカードを挿入して【残高照会】をしてみた。
「どうしよ……全然お金入ってない……」
このままじゃ零士に迷惑が掛かっちゃう!
私はパニックになりそうだったけど、取り合えず零士に正直に話してをしなきゃダメってだけは、どうにか思い付く事が出来た。
コンビニを出たら直ぐにスマホを取り出して零士に連絡をした。
零士に今すぐに会って話を聞いて欲しいって言うと、後1時間程でお店から帰れるから、最初に出会ったドーナツ屋で待っていて。
そう言われた。
そして、私はドーナツ屋で零士に迷惑を掛けない為にはどうしたらいいだろう? って私1人では答えの出せない問題の事をずっと考えていた。