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北風と〇〇

作者: 玄之助


<北風と月>


北風は待っていた。


旅人の着ている物を脱がすという太陽との勝負に敗れ、やり場のない苛立ちが心をかき乱している。


「自分は本当に弱いのだろうか?そんなはずはない。」


このジメジメした歯切れの悪い気持ちをなんとか払拭しなければ、ゆっくりと休む事もできない。


「さあ、出てこい。」


北風は何を待っているのか?それは夜も更けたというのに、顔を一向に出さない月である。空は暗く厚い雲で覆われている。北風は太陽との一戦を思い出し考えていた。一度は負けを認めたものの、どうも腑に落ちない。


「私は強い。今まで色々な物をなぎたおしてきたし、色々な物も吹き飛ばしてきた。しかし、旅人の服は・・・。予想外だった・・・。」


北風は頭の奥から突如現れるいまいましい記憶を吹き消す様に首を振った。


「例の勝負をする上で確認しておかなければならない事がある・・・。それは、私の最大の武器は冷たく強い風であるという事。これを変える事はできない。私が旅人の服を脱がせるには風を吹いて、吹いて、吹きまくるしかないのだ。」


これから先の戦いに巻き込もうとしている月は熱も発さなければ、服を剥ぎ取る強い力も無い。まず負けることはないだろう。勝利をさっさとおさめ、良い気分でとっとと家に帰って寝てしまおう。そんな事を考えている間に雲の隙間から月がちらりと顔を出した。


「おお、待っていたぞ。」


北風は丸々と輝く満月に声をかけた。月は完全に雲から出たわけではなく、時々流れる雲に隠れてしまう。


「何か・・・・・要かね?き・・・・・・北風君。」


時々隠れてしまうので、会話もとぎれとぎれになる。


「実は君とある勝負をしようと思ってね。その勝負というのは、旅人の服をどちらが脱がす事ができるのかというものだが・・・、どうだね?」


北風は無理矢理親しみのある笑みを浮かべて月に言った。


「おも・・・しろそうだ。・・・・ぜ・・ひ・・・・・やろう。」


月は勝負する気だ。


「ようし。」


してやったりの北風は辺りを見まわした。ちょうどいい事に腰を曲げた老婆らしき旅人がマントをはおり、裾からのぞかせている皺だらけの手でランタンをさげ歩いてきた。北風によい運の風が吹いているようだ。


「あの旅人にしよう。」


北風は月にそう言って了承を得ると、先行する事を宣言した。そして、いそいそと近づいてゆき力強い風を吹き付けた。老婆のマントがバタバタと音をたてて翻り、老婆は歩く速度が極端に遅くなった。しかし、どうした事かこの老婆はしっかりとした足取りで歩いている。


「何と!むくくっ。」


北風は悔しがり、より強く風を吹き付けた。老婆はマントを剥ぎ取られないように体を丸め、小刻みに進んでゆく。依然足元はしっかりとしている。北風はより一層強い風を送り続けた。しかし、老婆はマントをしっかりと握り、大地を踏みしめて立派に歩いていく。


「はぁ、はぁ、はぁ・・・。」


北風はとうとう息が上がってしまった。


「それでは、私の番だ。」


月は厚い雲から完全に抜け出し、美しい姿を現した。クッキリと美しい円形を輝かせながら月は老婆に微笑みかけた。


「おお、なんという美しい月なのだろう。」


月を見上げる老婆はそう言いながらランタンを地面に置き、スルスルと服を脱ぎ始めた。老婆はナチュラリストであった。しかも、ボディビルダー。老婆は服を脱ぎ終えると、身体中の見事な筋肉に力をこめポーズを取り始めた。月光浴をしながらポージングするのが彼女のお気に入りの決め事のようだ。皺皺の顔にミスマッチの筋張った体を、満月の光に惜しみなく晒している。満月も困り顔である。


北風・・・二連敗。


すかすかの抜け殻になってしまった北風。今日は寝むれそうにもない。



<北風と南風>


北風はどうやら寝不足のようだ。目を赤くさせ、不機嫌な顔をしている。さんさんと輝く太陽の下を気の入らない体でダラダラと流して飛んでいた。


「北風よ、どうした?」


太陽が声をかけた。


「昨晩、月と例の勝負をして負けたのさ・・・。」


「そうか、それで機嫌が悪いのか。」


太陽は軽く笑いながらそう言うと、それ以上北風に関心を示さず、北風から目を逸らした。


「ふん。」


北風はそんな太陽の態度に機嫌をますます悪くした。


「ちょっと体がお熱いだけだろう・・・、偉そうな奴だ。」


ぶつぶつと太陽への悪態を呟いていると、反対方向から口笛を吹きながら何かが近づいてきた。南米のダンスでも踊っているかのように見える飛び方から察すると、どうやら陽気な南風である。北風は考えた。南風も自分と同じ風だ。しかも、見たところたいして強い風を吹きそうもない。意味も無く上機嫌な締りの無い顔からは、シリアスな勝負事ができる緊張感を微塵もうかがう事ができないのだ。負ける事はないだろう。あわよくば勝利がこの手に入ってくるかもしれない。チャンスと見た北風は南風を呼び止めた。


「おい南風、力比べをしよう。どちらが旅人の服を剥ぎ取れるか勝負だ。」


北風が言った。


「いいのかい、君は太陽にも月にも負けたのだろう。僕にも負けて三連敗したらどうするんだい。」


さっきの太陽との話を聞いていたのだろう。南風が口角を片方だけあげて言った。


「は、は、は、あれはご愛嬌さ・・・隙をつかれただけだ・・・。」


北風は顔をひきつらせ、苦笑いでごまかした。


「ようし、それじゃあ私が先行だ。」


北風はせっかちに、南風の了承の答えも聞かずに勝手にそう宣言すると、ちょうど歩いてきた旅人に近づいていき、息を深く吸い込んだ。そして口をすぼめ、凄まじい勢いで息を吹き付けた。意気込みを切に感じる凄い風だ。驚いた中年男性の旅人は吹き飛ばされないように帽子を押さえ、マントを抱え込みしゃがみこんでしまった。


「まだまだ。」


北風はますます息を吹き付ける。真っ赤な顔で吹き付ける。


「くそう・・・。これならどうだ!」


ブホーウ、ブッ!


風と一緒に何かが旅人に飛んでいった。北風があまりにも一生懸命に息を吹くものだから、北風の唾が一緒に飛んでしまったようだ。唾は旅人に直撃してしまい、頭の先からつま先まで大いに濡れてしまった。唖然とする北風。それを見て吹きだして笑う南風。北風は勝負の事など忘れてしまい、旅人に対し申し訳ない気持ちでいっぱいであった。息を吹きつけるのを止め、旅人がどういう行動をとるのか成り行きを見守っている。


旅人は怒った様な、困った様な顔で、荒々しく体についた液体を手で払った。そして、歩いてきた道を外れ、木陰で火を起こし、マントも帽子も服も脱いで木の枝にぶらさげたのだ。


それを見た北風は輝く笑顔で、同意を求めるかのように南風を見た。


南風はそんな北風を横目に、大きく首を横に振りながら、呆れたように飛んでいってしまった。



<北風とリス>


北風は住処である北の山の大きなモミの木の上に腰かけため息をついた。北風は自分の最大の武器である強い風でどうしても旅人の服を脱がすことができない事に自信を失いかけ、そして風の力ではなく破廉恥なアクシデントで旅人の服を脱がせ喜んでしまった情けない自分を悔やんでいた。


自分は強いのだ、強いはずだ。何が何でも人間の服を吹き飛ばし、自分の力を知らしめたい。誰かに自分の強さを認めてもらいたい、いや自分で自分の強さを確かめたいのだ。


そんな姿を太陽が憐れみを含んだ呆れ顔で見ている。


北風は大きなため息を再びついた。すると、木の上を散歩していたリスがそのため息に吹かれ木から落ちそうになった。


「ヒィー。」


リスは必死に木の枝にしがみついた。


「北風さん。そんなに強く吹かないでおくれ。落ちるところだ。」


リスは木の枝にしがみつきながら北風に言った。リスは北風の元気の無い顔に気が付くと、木を登り北風の横にちょこんと腰かけた。


「どうかしたのかい?北風さん。」


北風は憂鬱な顔をより曇らせてリスを見た。


「体も小さく、力の弱い君には理解できないさ・・・。」


しかし、リスは顔色一つかえずに北風を見ている。そのリスの北風を見つめる落ち着きはらった瞳に、かじかんだように重かった北風の口がぼそぼそと昨日までの勝負の事を語り始めた。


リスは大きな目をパチクリさせながら、最初から最後まで北風の話を黙って聞いていた。

話し終えた北風は、リスから目線を逸らすと再び大きなため息をついた。


「すまないリス君、君にこんな話をしてしまって。」


リスは北風をしばし凝視してからこう言った。


「北風君、君は大きな間違えをしているよ。力比べをするのなら別に服を剥ぎ取る勝負をしなくてもよかったじゃないか。剥ぎ取れるわけがないさ、服を着ているのだよ。腕を袖に通しているし、足もズボンに通している。服を破いてしまう位の力比べなのであれば話はわかる。」


北風は目を丸くして小さいリスを見ている。


「君の得意なのは強い風と寒さだろ。だったら、それが有利になる勝負をすればよかったのだよ。単なる戦い方の選択を間違えだだけだね。」


リスは無表情のままそそくさと枝を登り、そして見えなくなった。北風はリスが見えなくなった方向を、いつまでも濁った瞳で眺めているのだった。



                                      おわり





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