第7話 無差別戦 初戦
時は残酷だ。俺の華々とした世紀の大敗北を迫らせて来るなんて。だからクラブの奴らを俺はがんばえー、と応援するだけの存在となるんや……
つまり俺は捨て駒。強者の試合を見て学ばないとならない。
そんな矢先リセさんはトーナメント1番だから1番最初に出てたけど、めちゃくちゃ強かった。相手の選手はもはや動くことすらできていなかったよ。ああやって最初はそこまで強くない人と当たりたいもんだったねぇ……
しかし、俺の相手…なんなの。名前だけで脳まで筋肉浸透してそうな最強格闘家野郎 (おそらく)と当たらなきゃいけねえんだよ。試練なの?これ。もう少し平和な人間と当たりたかったです。出るならば1回くらいは勝ちたかったです。うぅ……
時は残酷である。さようなら。皆さん。今度は日本で魔法使いになってみせるさ…………
…………試合時間がやってくる。俺は下の舞台に降り、野球のスタメンがいるようなベンチのある場所へと来た。
「行きたくねぇ……やっぱ出なきゃよかったな…」
「いつものようにシャキッとしなさいよ!!シケてるわね!!!!」
突然、後ろから声が聞こえてくる。
ハキハキとした、幼さの残るこの声は………
「………リセ?」
「この大会は1人だけベンチに入ることができるのよ。だから、あ、あんたのベンチにきてやったのよ……感謝しなさいっ」
なぜか顔を赤くしながら照れ隠しするように言うリセ。
……こいつ、なんだかんだ言って俺のこと好きなんだな……まあ俺には理衣が…いるがな。
しかし、リセの顔は戦闘態勢に入るかのようにキリッと真面目な表情に変わる。
「あんたの相手、私が前回準決勝で当たった相手だわ。ハッキリ言って……一撃の強さは私以上。リリヤく……あんたの拳や脚でも凌ぎきれない…と思うわ。でも、あんたの身体が鋼鉄か何かにでもなれば勝ち目はあるかもしれないけどね…」
「………なんじゃそら。そんなこと出来るわけないじゃねえか…」
「もしも、の話よ。それにあんた………今日おかしいわよ!?いつものあんたじゃ……ない…」
急に下を向き悲しそうな表情になるリセ。
「あんたいつもなら、喧嘩っ早くて、なんでも挑戦して……そういうとこは…か、か、かかかかかか、かっこ…いいのに…っ!!!暗いリリヤ君なんか本人じゃない!!!そっくりさんだもん!!!!」
そっくりさんて。
俺は俺だ………そうだ、俺は勇敢で喧嘩っ早くて、荒い性格じゃなければ…………
「俺じゃねえっ!!!!!!!」
忘れていた。勝ちにこだわり過ぎて、本来の自分の姿を。
「……やっと普段のリリヤく…あんたに戻ったみたいね。今のあんたなら勝てるかもしれないわ……!」
そう言い、彼女は右拳を俺の方向へ突きつけてくる。
「頑張りなさいっ。あたしからのエールよっ!」
その右拳に、俺は左拳を優しく触れ合わせる。俺とリセが、初めて優しく触れ合った瞬間でもあった。
「さぁ!これより13番vs14番の試合を行いまぁす!!」
そう言われ、俺はベンチから席を外し、ドームの真ん中に向かって歩く。反対側から、相手選手らしき人が近づく。
ここから見てもわかるほど、縦にも横にもでかく、筋肉は身体中にモリモリつけられている……身長は2mちょいはあるだろう。横にも幅広く、上半身は裸というありきたりなスタイルである。
「13番、初登場!!リュウに推されし魔法使いファイター、リリヤ!!!」
ワァーーという歓声が上がる。ちょっぴりだけ嬉しい。
「14番、前回ベスト4!!鍛え上げられた肉体は更に進化!!!っ!!!!!今回は留まるな、剛力羅!!!」
俺とはまた違う方向から、ワァーーという歓声が上がる。
「ここで両選手から意気込みを聞かせてもらいましょう!まず、リリヤ選手!!」
「俺は負けたくなんかねえんだ!!!だからどこまでも這いつくばってやる!!!!」
口笛のようなものや、歓声が大きく上がる。
「続いては剛力羅選手!!!」
「へっ!2は2らしく底辺をさまよって死ねぇ!!」
もう一度歓声や笛のようなものが上がる。
「両者共にエンジン全開でお願いしまぁす!!レディ………ゴォ!!!!」
試合が始まった。
負けたくなんか、ない。
「さっそくオレから行かせてもらおうか。死ねぇ!!」
勢い良く俺に向かって飛びかかる剛力羅。
スピードは遅いが、迫力は抜群すぎる。
そして、そこからまるで軽く拳を振るってくる。
俺はギリギリでかわし、拳は地面を叩きつける。
すると、地面はボゴォ!!!と音を立てクレーターのような形へと変形する。
「か、軽い一撃であんな威力……!!」
「どうだ。この一撃を食らいたくなけりゃ、とっとと降参することだなぁ!!!」
そんなのやってたまるか。
俺は……最後まで逃げ回ってやらぁ…!!
一撃、一撃をひたすら打ってくる剛力羅。
それをギリギリで避け続ける俺。
「どうした?逃げ回ってても勝ちはないぞ…?魔法使いなら魔法の1発でも撃ってみたらどうなんだ?まあ軽すぎる魔法ならこの腕で蹴散らすがな!!ガハハハハ!!!」
……くっ、痛いとこを突いてきやがる。更にこの高笑い……物凄く腹が立つ……!
歯をギリギリと食いしばるが、何も策は出てこない。
「………もしかして、魔法が使えねぇ、とかかなぁ?」
更に俺は歯をくいしばる。その行動は、剛力羅にはバレていた。
「ガッハッハッハッ、こりゃあ笑いもんだぜ!!魔法もロクに使えねえ魔法使いがこの無差別戦に出て、更に王様がコイツを推しているだとぉ?クラブも落ちたなぁ!!!!」
「………タイムアウト」
腕でTの字を作り、タイムアウト……アドバイスタイムを要求する。
「ここでリリヤ選手タイムアウト!!制限時間は2分間ですよぉ〜」
互いにベンチに下がっていく。
そして俺は、ベンチから出てすぐ横の、壁を思いっきり殴る。1発だけではない。10発20発と……連打していく。
その度にバキィ!ドゴォ!という音を立て、壁は破壊されていく。観客のどよめきもさながら、不思議な空気に会場は包まれる。
「あんた、そんなところで晴らしてもなにも…」
「……クラブを…バカにされたのが凄え腹立ったんだ。リュウも、リセも、ゼルナも………みんないい奴ばかりなのに。他の人々も優しく接してくれるのに……俺は…俺はそれに応えられねえなんて……っ!!」
立ち膝をつき、壁に頭と左腕を突きつけ、俺は泣いていた。
悔し涙だった。ここの人間の暖かい心に、俺は虜となっていたのだ。
出来ない俺に対し諦めず熱心に教えてくれたメル先生。
右も左も分からない俺に…色々と与えてくれたリュウ。
出会った日に最初から最後まで暖かく接してくれたゼルナ。
そして、今俺というものを呼び戻してくれたリセ。
恩返しが……したい…
「なにも、焦ることはないわ」
リセが、俺が涙を流して初めて口を開く。
「クラブをバカにされたのは……そりゃあたしも腹が立つけど、あなただけが重く受け止める必要はないわ。みんながいることで、クラブは成立しているの。クラブがバカにされたら、みんなで見返せばいいのよ。あなたがここで負けても、ほかの人が一生懸命頑張ってくれる。でも、諦めちゃダメ。逃げちゃダメ。もう一度……」
「あたしはリリヤ君の荒々しさが見たいわ。リリヤ君の本質は、全てそこに眠っているの」
リセが……あの時と同じようにリリヤ君と俺を呼んだ……?
リセの幼く優しい声に、胸がキュッと締められるような思いを抱く。
俺の荒々しさ……か。
どうすりゃいいかな…
「男らしく、拳を振りなさいっ!!」
………そうか。
俺は……拳を振らなきゃ、勝てねえんだ。
この俺がこの俺を信じないでどうする。
拳に力を入れ、頭上に高く振り上げる。
「やっと気づいたようね。今のあんたは……とっても輝いているわよっ」
「リセ……ありがとう。俺、振りまくってくるよ」
何度リセに頼ればいい。
頼るだけあいつは応えてくれる。
でも、俺は1人でやらなきゃいけねえ。
1人であっても、強くなきゃいけねえ。
男って……そういうもんだろ?
「制限時間ッ!!お二方、ドーム内にお戻り下さいっ!!!」
再び真ん中に戻る剛力羅と俺。
もう、逃げたりはしない。
「それでは……再開!!!」
俺は振る!!振るんだ!!!
「うおおおおおおおおおお!!!!!」
剛力羅に向かって全速力で走る。そして右拳を引き、銃を撃つかの如く放つ。
剛力羅は右手で受け止める。が、その表情に余裕は無かった。
「こ、こいつ……どんな馬鹿力してやる……ッ!!」
「恨みの力ってのは、ここぞという時に出るもんなんだよッ!!」
ググググと俺は剛力羅を押していく。
しかし、剛力羅も黙ってはいない。左腕を俺に向かって振り下ろしてくる。
「お前にこんな力があったとしても……この俺には……敵わねえんだよォ!!!!オレはエース!!!お前は2!!!!その格差を埋めることは出来ねえんだよ!!!!」
格差………か。
そう考え出した時、俺は不意に拳に入れていた力を緩めてしまう。そして、俺は仰向けに倒れてしまい、剛力羅の左拳が俺に近づく。
2m。1m。50センチ……
もう、かわせねえ…………
「リリヤ様ぁっ!!!!!!!」
リセの悲鳴が、俺の耳の深くまで届く。
そういえば、リセは…………試合が始まる時、妙なことを言ってたな…
『あんたの身体が鋼鉄か何かにでもなれば勝ち目はあるかもしれないんだけどね』
鋼鉄………?そんなことが出来たら勝てる……?もしもそんな魔法があるとしたら……あるとしたら?……いや、今、俺は魔法使いなんだ。魔法……使えなきゃ……
「いけねえんだろぉぉぉおおおおおおお!!!!!」
無慈悲にも、剛力羅の左腕は俺を叩き潰していた。
しかし、俺の身体には何ひとつ傷などなかった。
「いっ…………でぇぇぇぇぇぇぇぇえええええっ!!!!!!!!!」
剛力羅の悲鳴がドーム内に渡り響く。俺が一体、何をしたって言うんだ……?そしてヤツの左拳は真っ赤に腫れ上がり、今にも爆発しそうな状態となっていた。
……本当に、何かが起こったのか?
そういえば、剛力羅が殴りかかった時、妙な甲高い音がしたな…カキィン!と言った、まるで金属音のような………金属音?
俺は自分の身体を見て、触れる。
見る分には何も変化がなかった。しかし、触れた時に、とてつもなく違和感を感じた。鉄と鉄で触れ合ったような、あまりにも硬すぎる感触が、俺の体に響き渡っていた。
鋼鉄。触れた感想はあまりにもそれが似合い過ぎていた。
試しに、左拳と右拳を少し力を入れて触れ合わせる。やはり、カキィンと言った高い音が鳴り響く。
鋼鉄に、なれたんだ。
俺が初めて覚えた魔法………それは、鋼鉄化だったんだ。
これなら、剛力羅を倒せるじゃねえか。
俺は立ち上がる。しかし、また立ち上がった時に不思議な感覚におちいる。
身体を動かす感覚は一切変化していないのだ。鋼鉄と言えば重い。しかし、その鋼鉄のような重さは俺に…一切搭載されていなかった。
……無敵だ。
俺はそう思った。やってやる……今までの罵言を……全て……この拳で、俺の心から消し飛ばしてやるッ!!!
「うおおおおおおおおおおおおおおっっっっ!!!」
俺は左腕を支え悶えている剛力羅に向かって全力で走り出す。右腕を後ろに引き、その走った勢いを使い……
剛力羅の左頬を、思いっきり殴り飛ばしていた。
カァァァン!!!!と鳴り響く金属音。それと同時に、ステージの真ん中にいた剛力羅は300mはあるであろう端っこまで、一瞬で着弾。ヤツは壁にめり込み、それと同時に気を失っていた。
「おおっとぉ!?剛力羅選手ここで気絶かぁっ!?リリヤ選手の強烈なパンチを食らいもう立てないかぁ!?」
剛力羅はピクリとも動かない。
「剛力羅選手動けず!!!これは……………リリヤ選手の勝利ィィィィイ!!!!」
観客席から無数の歓声が響き渡る。クラブ側からはもちろんのこと、スペード側の観客席からも歓声が送られてきていた。
勝ったのか。
俺は身体中の力が全て抜けた。……鋼鉄化が解けたのだろう。しかし、使うコツはもう掴んだ。これからはこの魔法を使えるであろう。
右腕を上げ、観客席に手を振りながらベンチへと向かっていく。
ベンチに着くと、リセが抱きついてきて、俺の胸で泣いていた。
「あんた………やるじゃん……っ、あの時、もう負けたと思ったんだからっ………!!」
胸にうずくまっているからか、声が篭って聞こえる。そんなリセを俺は撫でながら、優しく抱きしめる。
「俺、勝てたんだな。まだ、実感が湧かないや………ハハハッ」
リセは顔を俺の方に向け、上目遣いでこう言ってくる。
「あたしの心配を返しなさいよっ!!!」
「お前はツンツンした状態が似合うぜ……お姫サマっ」
嫌味ったらしく俺はそう言う。リセは一瞬むーっとした表情を見せるが、すぐ笑顔になり……
「初戦突破おめでとうっ。あたしはリリヤ君ならどうにかできると思っていたんだから…ねっ?」
リセらしくない、大人しい声だった。泣いていたからか、少し鼻声のような気もしたが、それはそれでより一層嬉しさを引き立ててくれる。
そしてリセは俺の手を掴み、引っ張りながら観客席に戻ろうとする。
「さっ、いくわよ!みんなを応援するの!!」
彼女の笑顔は……人を明るくすることの出来る笑顔だと、そう思うようになっていた。
時はもう夜となっており、応援を終えた俺たちはまた城へと戻り、ベッドルームで寝る準備をする。
無差別戦は2週間かけて行われ、最も人の多い初戦は3日かけて行われているらしい。
無理もない。トーナメントが1024組もあれば、到底1日などで終わることなどあり得ないだろう。
初戦は勝てた。これからどうなるか、だよな。
じゃあ、お休み、みんな。2回戦でまた会おうぜ……
「リリヤ様……っ、リセでございますっ、あたし……また我慢できませんでした……だから、お仕置きして…くださいっ」
「……んっ、はぁっ………………リリヤ様っリリヤ様っ……もっとあなたのを……んんんんんっ〜〜!!そ、そこ………がっ、い、い、いですっ……」
「はぁはぁ……リリヤ様っ、今日も激しかったですね…♡あたしはあなたの奴隷ですっ、何なりとお申し付けくださいっ……♡♡」
リセの声が隣の部屋から丸聞こえであった。
あいつ、何やってんだろう。全部、聞こえてるぞ。
次回、魔法も打撃も効かないヤツ、降臨。