第5話 訓練
「いい加減魔法の一つも使えないんですか……」
教師のメルが呆れたながら言う。
「俺だって……使えるようになりたいんですよ…」
「あなたは真面目にやるから、怒ろうにも怒れないわ………」
俺は決してサボっていたりしたわけではない。
本当の本当に出来ないのである。
「仕方ない……特殊訓練をしましょう…」
「特殊…………訓練?」
「あなたはもしかしたら魔法力が低すぎるから魔法が出来ないかもしれないの。だから、その魔法力自体を上げる訓練をするわよ」
「………それで、出来なかったら…」
「転職するしかないわね」
「え、えらくストレートにいいますねぇ……」
そもそも、転職出来たのか……と思う前に、リュウの魔法使いから転職した話を聞いていた。
転職って、どうやるんだろう………
「さ、城に戻って訓練するわよ。訓練場出る準備をしなさい」
「わ、わかりました……」
俺は持ってきたカバンなどを持ち、メルについていった。
そのままついていくと、誰もいない、音もしない、物もなく……地面が砂である場所に着いた。
天井は高く、少しでも音を鳴らしたらかなり響く。
「さあ。裸になってちょうだい」
「バカ言ってんじゃねえ!!!!」
そりゃ俺だって怒る。そして驚く。
何故、裸!?
「裸は聖奇石との交信を強く行うことができます。更に瞑想することにより強まります。さあ、脱ぎなさい」
脱衣カゴを持ちながらこんなこと言うメイドさん。どう思います?
頭イカれてるとしか思えねえ。
でも、もしも魔法が使えるようになるのなら……
「やるしかない」
「その通りです。始めましょう」
俺は全裸になり、その場にあぐらをかいて座る。
すると、メル先生も服を脱ぎ出した。
「なんで!?!?why!?!?」
「私もやります」
「……好きにしろ」
ちゃんと下着だけはつけてくれた。目の刺激にならなくて済む……。
いや、済まない。
ブラからあふれそうな胸は、神がかったような美しさを持ち、大きい。
抜群のスタイルの良さは、露出してから生きると言うものなのだろう。
「何見てるんですか。恥ずかしいじゃないですか」
相変わらず無機質な声。
恥ずかしいと思ってなさそうと思われても仕方がない。
「……さっさとやろうぜっ!!」
「その通りですね。やりましょう。」
すると、あぐらをかいていたメルがごろん!と転がり、頭を床につけ、手を腹元で合掌してあぐらをかいていた。
つまり、頭だけで逆立ちしている状態である。
……よし、やってやるか…っ!!
ごろん。
や、やった……!うまくいったぞ!!
「これを30分キープです」
「やってやろうじゃねえか!!」
メルに言われた通り、その状態をずっとキープする。
1分。
5分。
10分。
20分。
30分………
なんだよ。そこまで辛くねえじゃねえか。
「今まで30分間出来た人間は初めてです。あなた、本当は魔法出来るのにやってないんじゃ……?」
「魔法は……本当に出来ねえ」
「やはり、あなたは力みすぎなんですよ。力抜くことを練習してみましょう」
無機質な声だが、その声には微かな情熱が宿っていた。
この人、やっぱり熱心な人なんだな……、あっちの教師ならわからない人間は、とっとと切り捨てていると言うのに………休みの日まで付き合ってくれる人間なんて……いない。
俺はこの人の暖かさがなんとなくわかってきた気がしていた。
この人なら……ついていっても、いいかな。
「私はこの国に来たからには魔法を使えるようになって欲しいんです」
冷静ながらも熱がこもった声だった。
「この国でしか魔法は使えない……本当の自分に戻って……普通に暮らし始めた時に、寂しさを感じ始めます。そして歳をとってもう何も出来なくなった時に………本来の国に帰ったら、もう自分は無力になります。そうなったら本当に寂しくなるじゃないですか。だから、何か出来るうちに、やりたい!と思えること。出来るようになって欲しいんです。誰であっても一緒です。センスがなくても、ポテンシャルが無くても……努力する子には必ず…私はついていきます。そしてあなたは……」
「ポテンシャルがあります。この訓練をちゃんと成し遂げられたのですから、センスはなくても下から這い上がれるポテンシャルはあるんです。私と一緒に頑張りましょう」
………俺はこの人についていって正解だったかな。
「もちろんです。埋もれないように頑張ります。今のままではダメですが……俺は必ず這い上がります!!」
「よく言いました……応援しているのは、あなただけではありませんから、ね?」
「え……どういうことですか?」
そう言うと、左手を真っ直ぐ伸ばし、さらに人差し指を伸ばす。俺はその方向を見る。
すると…
見覚えのある小柄な少女がひょこっと扉から顔を出していた。しかし、俺が振り向くといなくなってしまう。
リセか。
リセを呼ぶなら………簡単な方法があるじゃねえか。
「誰だ!!ドア越しのチビ!!!」
そう言った瞬間、ドアの横の壁がボゴォン!!と音を立て人間2人分ほどの穴が空いた。
「誰がチビだって……?もう一回言って……………みろやぁぁぁぁぁぁあ!!!」
あら〜。いつもに増して血の気全開じゃないですか。
音で嗅ぎつけたのか、寄ってくる兵士たち。
そんなギャラリーに囲まれた中、俺vsリセの戦いは始まった……
まあいつも通りとんでもない足の速さでこっちに向かって来ますよね〜。
俺はそれに対し、速さ故にギリギリで交わし、余裕で生まれると見た。これで壁に突っ込んでいくだろう。
やはり右腕を振りかぶり飛びかかってくるリセ。
もっとだ………もっともっと……近寄せて……今だ!!!
俺は飛び上がり、リセのパンチを間一髪のところで避ける。
しかし、リセはギアチェンジも凄まじく速かった。パンチを交わされたところで、バッ!と体制を整えすかさず俺に向かってジャンプ。
その勢いで今度は足を振りかぶり、ギリギリの距離で全力で蹴り上げてくる。
ちっ………これしかねえっ!!
俺は右手の指を全てくっつけ、思いっきり蹴り上げてきたリセの右脚に向かってビュン!とビンタを振り下ろすような形でぶちかました。
バチィン!!!と強烈な肌と肌の触れ合う音が鳴る。
そして、俺の右手な真っ赤に腫れ上がってしまったが、リセは真下に物凄いスピードで落下していった。
……下は砂だから、大丈夫だろう。
部屋中に砂ぼこりが舞い上がり、全ての砂が空中から消え去ると、そこにはクレーターのような物が出来る。その中心で、リセはうろたえていた。
「す、すげえ!!あの男、リセ様の蹴りをビンタで叩き落とすなんて…!!」
「世の中とんでもねえやつがいるもんだな」
「あいつ……魔法使いらしいぞ?」
「「「「「ハァ!?!?」」」」」
ギャラリーの声は聞こえていたが、ハァ!?だけはしっかりと聞こえていた。
「いっでえええええええええええええええっ!!!!」
そのビンタで叩き落とした男は、砂の上をぴょんぴょんと右腕を挙げて飛び回っていたとさ。
コイキ◯グコイキ◯グ。(めでたしめでたし風)
俺は神官の治癒魔法を受け、右手の腫れは完全に治った。
「すげえな、治癒魔法……一瞬で治りおった…」
「俺くらいの神官となれば、体力の回復と傷の治癒を同時に瞬時に行えるのさ。ほら、身体動かしてみ?」
Aの神官……そりゃ相当高いレベルの人間だろう。
彼の言う通り身体を動かしてみる。
物凄く軽く、軽快に身体を動かせる。戦った後だと言うのに。
「すげえ……戦う前よりも動けるようになった気がするぜ……!!」
「気に入ってもらえたなら嬉しいよ。しかし、君物凄い馬鹿力だねぇ、格闘家にならないのか?」
「いや、力のスキルは元の能力で十分だと思ったんですよ。だから、新しい技を見つけられるようにと、魔法使いになったんですけど、上手くいかなくて…」
「最初はそんなものさ。いずれか出来るようになるさ」
「ありがとうございます……俺……頑張ります!!、でも少しだけ自慢させてください…」
「お、どうした?」
「俺の腕も、まだまだ捨てたもんじゃねえなぁ!」
段々俺がストレートな男になっている気がする。
まあ、いいか。これで悪い気はしないし。
「…………っ、痛い……っ!!あっ……」
「深刻な打撲よ。ちょっと治るのに時間かかるけど、やらないよりははるかに早く治るから我慢してください」
女神官に治癒魔法を受けているリセ。
「しかし、あの男の人、とんでもない力の持ち主ねぇ」
「リリヤって言うのよ。あいつ、すぐあたしのことチビって言うんだもん!!デリカシーかないよね!!」
ぷんぷんと怒るリセ。
「リリヤ…君だっけ?あの人……相当戦えそうですよね…」
「うーん……でも魔法使いなのに魔法が使えないのよ!!バカじゃない!?ギャハハっ」
馬鹿笑いをかますリセ。
しかし、女神官は至って冷静だった。
「魔法使いであれだけ力があるなら、格闘家とかに転職した方がいいと思いますがねぇ」
「あの男はそんなことはしないわ」
「何故……ですか?」
不思議そうな顔をする女神官。
そりゃ無理もないだろう。出来ないものを職種としているのだから、不思議に感じても仕方がない。
「新しいものを身に付けたいから、あの男は魔法使いでいるのよ。だから、あいつは……」
「あたしとは、違うのよ。新しい道を切り開きたくて、自分の出来ないことにチャレンジしてる。元々空手をやっていたからと言って、格闘家になったあたしとは……比べ物にならないくらいのチャレンジャーなのよ」
「……世の中、面白い人もいるんですねっ」
「…そうだねっ」
ウフフアハハと笑う女神官とリセ。
リリヤという男は……人々の心を動かし始めているのだろうか?
彼のポテンシャルは、いつ開花するのだろうか……
次回、ついに魔法を……!?