第20話 リフレッシュ休暇Ⅱ
……おはようございます。
時計を見てみましょう……夜中の3時だとよ。まあ、あんだけ早い時間に寝たらこんな時間に起きてしまうのも仕方がないだろう……
……ちょっと散歩でも行くか…
俺の部屋は2階にあるので、階段を下る。その真っ正面に玄関がある。靴を履き、ドアを開け、外に出る。
街灯が少ないのでかなり暗いが、空の星々が光を照らしてくれているため、歩けないほど暗いわけではない。
いつもと変わらない景色。街並み。でも、夜となるとまた新しい景色となって見えてくる。
俺は少しだけ歩き、自分の家の3つ先の家で、足を止める。
そこには、『播磨』と書かれている表札が貼ってある。そう、理衣の家だ。
「…理衣……」
今日、俺は変な夢を見た。理衣に別れを告げられる、いわゆる『失恋』の夢だ。しかも、見たのは今日だけではない。過去にも一度ある。
ここまで『悪夢』を見ていると、不思議な気持ちでいるようになってしまう。しかし、不必要なまでに『理衣を追いかける気持ち』というのが、俺のどこにもなかった。
……3ヶ月。色々ありすぎたこの時間は、あまりにも長すぎた。
「理衣、もしもいるなら……聞こえるなら出てこい。ちょっとだけ、顔を見たいから……」
何も起こらないはずだった。しかし、何かが起こったのである。
何が起こったのか。
それは、理衣の家のドアがガチャリと……開いたのである。
「…理衣……?」
「りっくん……?」
間違いない。この声、呼び方……姿はまだ見えないけど、確実に理衣だ。
「……理衣だよな…?」
「うん……どうしたの、りっくん…こんな遅くに…?」
こんな遅くに、か。
でも、お前こそなぜ起きていたんだ…?
「起きてたのか…」
「…眠れなくて……」
…会話がぎこちねえぞ俺!!彼女相手だろう!?もっと軽く接することできるやろ!!!
「とりあえず、生きていて良かったよ……」
「…りっくんこそ、ね…」
「理衣、お前は何になったんだ?」
「え…?どういうこと……?」
…知らないのかな。赤の国に行って、今日戻って来たんじゃないのかな。
「……ほ、ほら…魔法使い〜とか騎士〜とか、あるじゃん?」
「……頭、大丈夫……?」
「俺は至って正常だ!!!!」
もーどうしてどいつもこいつも頭のことばかり突っ込んでくるの!?俺そういうキャラなの!?ねぇ!!
「しーっ、みんな、起きちゃうでしょ…?」
人差し指を立て口元に持っていく理衣。ひとつひとつの仕草が可愛いのは相変わらずだな……
「ああすまねえ。ついいつもの癖で…」
「りっくん、何も変わってないね…」
「お前こそ、な」
何も変わらないのが一番だと、俺は思う。でも、もうそんなこと言えねえか。黒の国であんだけ日常離れし過ぎていた日常を過ごしていたら…
「そういえば、りっくんは……今までどこにいたの…?」
さぁどうしよう。選択肢はさっきと同じ。しかし、俺は彼女には素直に言うことを即座に決めた。
「…黒の国だ。世の中の端にあると言われる、な」
「………そうなんだ、ごめんね、私さっき、嘘ついたかもしれない」
「どういうことだ?」
「私は赤の国いたの。あの日から3ヶ月、ずっと……」
……やっぱりかよ。出会い頭の絡みが嘘だったってことか。『頭、大丈夫?』ってのがな。
「…私は神官。普段は怪我した人たちの回復とかを行なっているけど……この前、無差別戦ってものがあって…そこにも、出たよ?」
「無差別戦、そっちにもあったのか。どこまでいったんだ……?」
「4回戦で負けちゃった。"A"だったのに、情けないや…」
……どこから突っ込んだほうがいいのだろうか。とりあえず俺が気になったとこを突っ込ませてもらうぞ。
「エース!?!?え、エーーーーーース!?!?」
「こえ、大きい……でも、"A"なの……レイカ様が『可愛いから』って」
俺はその『レイカ』という奴に殺意を覚えた。そんなバカみてえな階級の付け方してたらポテンシャル野郎共が潰れちまうだろうに。
「なぁ……その『レイカ』ってのは…」
「うちの"キング"……唯一の女性キングだよ?」
「……そいつ、ちゃんと仕事してんのか…?」
「してるんじゃない……?」
しかし、可愛いからって…納得いかねえ。けど理衣が可愛いのは納得。
「な、なぁ……理衣。あっちでの名前は……」
「……りっくんは…?」
「なぁ、同時に言ってみようぜ」
「…いいけど、どうして…?」
「まあ、なんでもいいだろ。やるぞ、いっせー、の……」
「「リリヤ」」
その瞬間、『リリヤ』という言葉だけが2人の口から綺麗にハモっていた。1文字も狂いのない……同名ってことだ。
「……薄々そうかもしれないとは思っていたがな」
「やっぱり、ね」
「お前、知ってたの!?!?」
「ううん、黒の国で大躍進する超新星っていうのを、新聞の記事で見たの。その写真に載ってる人が、りっくんそっくりで……」
そういやこいつ新聞とか、雑誌とかの情報オタクだっけか。相変わらずだな……
「その名前が、リリヤだったの。まさか違う国で同じ名前になっていたなんて……思わなかったよね…」
「ってことは、俺の結果も階級も知っているってことか…」
「クラブの"7"しかもただの"7"じゃない、レッド・セブン……無差別戦は準優勝。そして、なによりも……」
「なによりも……?」
「女好き」
「断じてそれはないッ!!!」
こいつ俺のことストーカーしていたんじゃないからと思う程情報を知っているじゃねえか。もはや俺が語ることなんて何もねえよ。
「な、なぁ…こんなとこで立ち話するのもアレだし…公園でもいかねえか?」
「……いいけど、ちょっと待ってて…?着替えてくるから」
「わかった、急いでこいよ。5分以内に来なかったら帰る」
「せっかち……せっかちな男の人、嫌われるよ?」
「お前に嫌われてないからそれで十分だ」
「…ばか……」
そう言い理衣は玄関のドアを閉める。俺はドアの前でイライラしながら待っていると、やがて理衣がやってきた。
「…3分半なら認めてやる、か」
「頑張ったほうだよ、褒めて?」
「あーはいはいよくできましたー」
「……けち…」
「そんなことより、ほら…とっとと行くぞ」
玄関前での長話を終え、俺は理衣と近くの公園に向かって歩き始める。
「なぁ……あっちでの生活は、楽か?」
「うんっ、給料も休みもあって…楽しいよ?」
「……給料、か……」
"A"なんだから、相当貰っているんだろうな…
「ねぇねぇ、私、いくら貰ってると思う?」
「……ちなみに俺は4万だぞ」
「………!!」
理衣がこの世の終わりみたいな顔をこちらに向けてくる。俺だって満足してねえよバカ。
「なんか、ごめん……私、その10倍…」
「結局言うのかよてめえ!!!」
階級差辛いよぉ〜……まだ今月の給料貰ってないよぉ〜……
リセとかどうなってんだろう…
「あっ、今他の女の子のこと考えた」
「てめえエスパーかよ!?!?」
どうも俺の心境は他人に読まれやすい。というより、一切顔に出してないはずなのにバレるということは、こいつらがエスパーである他を疑わずにはいられない。
主人公ってこんなもんなのか…?
「ってことは、やっぱり考えたんだ〜」
「当てずっぽだったのかよ!!!ちくしょう!!」
「だから、声、大きい……」
「す、すまねぇ……」
夜中でも元気抜群な俺さん。そんなところについていけない理衣。
…これが、いつも通りだったんだよな。
いつからこの日常が壊れたんだろう。
いや、いつからかなんて知っている。ただ、一つの悩み事は……
「なぁ、理衣。俺と話していて…楽しいか?」
「なに、いきなり…たのしい……よ?」
「そ、そうか……いや、気にしないでくれ」
「う、うんわかった…」
なんだか前より会話がぎこちない。なんというか、馴れ馴れしさがない。彼氏彼女の関係ではなく、他人と話しているような気がする。
初対面って、気を使うだろ?あれのような気分なんだよ。その不思議な感覚が悩みのタネとなっている。
あれこれ話しているうちに、近くの公園に到着した。木々で囲まれている公園ではなく、見晴らしの良いやや小さな公園。ベンチや遊具もかなり寂しそうな程こじんまりとしたスペースに置いてある。
俺らはすぐ近くのベンチに座り、また会話を始めていく。
「なつかしいね。ここで初めて会ったの、覚えてる?」
「もちろん覚えているさ。俺が……小学1年の頃だったよな」
正確にはこの公園で、俺と理衣は初めて『遊んだ』のであった。会うことくらいは小学校の頃からしていたのだが、クラスが違い話すことなどはなかった。
「あれから10年か……」
「りっくん、ブランコでぐるっと一周できないかな〜なんて、ずっと言ってたよね〜」
「あははっ、そうだったよな。あの頃さ、お前、髪の毛すげえ短かったよなぁ」
「そうだったね。あの頃は周りの男の子達と隔たりなく遊びたくて、ってずっとお母さんに言ってたの」
今はセミロングとも言える髪の毛の長さなのだが、昔は男か?と思うほど短かった。こいつの性別を理解できる唯一の方法が、小学校の頃使っていたランドセルの色だった。
本人は『赤が好きだったから』赤にしたらしいのだが、この世界は『女の子のランドセルの色は赤』という謎のしきたりのようなものがあるだろう?
「なんか、あの頃は全く雰囲気まで違うようになったよな。昔のお前はとにかく荒くて荒くて……周りの男達が逃げ出していたもんな」
「そうそう!みんな怖がっていたもんね〜、でも……それが怖くなっちゃって。友達がいなくなるんじゃないか、ってね。昔から少し不安だったの」
……ここに来たら一気に会話が弾むな。何故なんだろう…
「友達、ねぇ……でも、そんな荒いお前も俺は好きだったぞ」
「……ばぁーか」
好きっていうとやたらもじもじし出す理衣。ご覧の通り、そんな荒々しいと言われていた彼女も今じゃこの通りだ。
俺は不意に、理衣の右肩に右腕を回していく。これくらい、してあげないとな……
「…なぁに?」
「……今は、今なんだよ、理衣」
そう言い、俺は右腕でギュッと理衣を引き寄せる。そして柔らかく抱きしめる。
女の子の柔らかい感触……その柔らかさが肌に伝わっていく。
「理衣……」
「りっくん……」
どうして女の子ってこんなに柔らかいんだろう。どこもかしこも柔らかく、暖かい。好きな奴なら、尚更そう思えてしまう……
「……何もしないへたれさんには、こうしてあげるんたからっ」
と言って、理衣は抱き合って近くなった顔を、更に近づけ……
唇を重ね合わせる。唇も柔らかい……そして、顔の火照りと暖かさも、伝わってくる。
キスを終えると、自然と理衣が離れ、元通りの2人並んで椅子に座る体勢に戻る。
「へっ、へたれなんかじゃ」
「うるさい、へたれへたれへたれ。ばーーか。前から何もしてくれなかったじゃん。あーーーほ」
「そ、そこまで言わなくても……」
顔をやや赤くさせながらヘタレと連呼する理衣。普通の人に言われるのなら腹が立つセリフも、こいつが言うとなんだか可愛い。
こうして色々話していると、気付けば日が昇り始めていた。
もう、こんな時間だったのか。
「……朝、だね…」
「そうだな。じゃあ、帰ろっか。理衣」
「うんっ、帰ったらおやすみ〜、だねっ」
彼女は何も変わっていなかった。変わっているのは…
俺の心境だけだったようだ。
次回、リセの本名公開。




