第19話 リフレッシュ休暇
8月3日。今日は、城と城下町に派閥クラブの人間の9割強が集まっていた。黒の国の人口は4万人ほどなので、派閥を半分に分けたという単純計算をしたとしても、2万人がその狭き場所にいるということになる。
なぜ、このような事になっているか、だって?
今日は休暇の始まりの日。それにより、"キング"であるリュウのお言葉を述べる時間がやってきたのだ。
…あれだよ、学校とかでいう朝礼みたいなやつ。それを想像してくれ。
「さあ、今日から休暇に入ります。皆で元の故郷に、少しだけ戻りましょう。楽しく、過ごしてくださいね」
それだけである。元々、長々と語るのをリュウが苦手としているらしく、沢山の人が集まる場所でもなかなか口を開かない事も多い。
一方、こちら城下町。
ワァァァ!!!という大歓声が上がっております。非常にうるさいです。
「……にーに、やったぁ」
「うぉっ!?リリカちゃん!?!?」
俺の隣に居たのは、お隣、派閥スペードの"クイーン"であるリリカであった。
前の人が少しでも動こうとする度に、リリカの胸にしょっちゅう当たっている。いつも通り大きいですね…
「……わたしが、ここにいるのは…ないしょにして……?」
「え、ああ、わかった……」
眠そうな上目遣いでこちらを見てくるリリカ。でも、元々目が大きいからなのか、まぶたが半分閉じていても、俺より目が大きく見える気がする。ちょっと悔しい。
「……スペード、休暇…ないから……」
「ハァ!?!?相当ブラックだな…!」
「違う、わたしたち、だけ……」
「王家の人々、ってことか…?」
「うん……」
……大人はまだいいとして、こんな少女なら、休みくらいないとしんどくなるよな。
サリスさんが一体どんな体勢で王家を作っているのやら、不思議に思えてしまう。
「さぁ、休暇で日本に帰りたい方は、城の入り口手前の『ゴミ箱』にお入りください!!」
……そういうことだったのかい、尋常じゃないくらいの数のゴミ箱が城の入り口にあったのは。
「リリカちゃんも、入るのかい?」
「うん……」
「でも、スペードの人達が…」
「……わたしがいなくなるのは、いつものこと…」
「あは、は……そうかい、じゃあ行こっか……そうだ、本名、教えてくれないか?もしかしたら日本で会うことがあるかもしれないから…」
「いりの、りか……漢字では『入野理香』書くよ…」
…とんでもない略し方をしている気がするが、突っ込んでしまったら負けだと俺は思い込む。
「わかった、ありがと。じゃあリリカ…いや、理香も楽しい休暇を過ごすんだぞ!!」
「うん……にーに、またね……」
そう言ってゴミ箱の前の人混みに俺らは混ざっていく。
ゴミ箱は人1人入れるくらい大きい。その中に、俺は身体を潜め、上から誰かが蓋を閉めてくる。
「お、おい、誰だよフタ閉めたやつ!!!暗いじゃねえか!!!」
と言った瞬間、かすかにフタが開けられる。が、何やら怪しいガスをゴミ箱内に噴射される。
……ね、眠い………
意識が………遠の………く…
気がつくと、俺は海岸に1人、寝っ転がっていた。海に来た人ならキャッキャウフフとはしゃぎ回るような砂浜の上に、俺はうつぶせで倒れていたのだ。だから今現在、顔が砂まみれ。息をしたら砂が入って来そうで、少し気持ち悪い。
……でもこの海岸、見覚えあるな……
まるで、自分の地元にある、海岸……!?!?
地元……!!
「戻ってきたのか……」
怪しいガスを吸って眠り、それから何も記憶がなかった。そして気付いたらここにいたのだ。
「……地元なら、道路に出た所の上に、高速道路があるはずだ……」
俺は砂を払い、海岸を後にし、高速道路が見えるはずの場所へと、向かっていった。
そこには、車の音が鳴り響く高速道路が、自分の頭上遥か上に見つかった。
姿形、何もかもが同じ。本当にここは…
「……戻ってきたんだ、地元へ…」
ということは、家もある…はずだよな?滅んでいたりしないよな?
俺はしっかりと見覚えのある道路を、自分の足で一歩一歩、歩いていく。
「3ヶ月ちょっと離れていただけで、ここまで新鮮なものになるんだな……」
5月のゴールデンウィークに、あの事件が起こってから3ヶ月。俺が見ていた景色は、何も変わらない、でも新鮮過ぎるものであった。
「よく、ここをチャリで突っ走っていたなぁ……」
海岸から離れると、川をまたぐ大きな橋がある。そこから海も見え、キラキラとした青さに少しだけ、心を打たれる。
「さっ、とっとと家に帰りますか〜!」
俺は、道をゆっくりと歩きながら自分の家に、足を向かわせていった。
それから30分。左右両方に家が並ぶ住宅街に着き、現在は『七条』という表札のある一軒家の目の前に俺は、立ち構えていた。
……いくぞ、インターホン……打てーーーっ!!!
ピンポーン。
ほんの少しタイムラグ。その後に、ドアの前から可愛げのある幼い声が聞こえてくる。
「はーい、どちらさまですか〜」
「お、俺だよ、陸也。開けてくれよ」
「お、お兄ちゃん……!?!?」
そう言うと、妹の空音が勢いよくドアを開け、飛び出してくる。
そして、俺のことをじーーーーーーっと色々な方向から見つめてくる。やめなさい我が妹よ。俺はデッサンモデルではない。
「身長169センチ、頭は坊主頭、中身は空っぽ頭」
「うるせえ!!!余計なお世話だ!!」
久々の対面だってのに、失礼極まりない事を言い出す空音。呆れちまうよ、こいつには。
「えへへ〜、ごめんなさ〜いっ」
…でも、何も変わってなさそうで少し安心した。俺より30センチくらい低い身長、の割には出ている胸、でもほっそい。体重も昔聞いた時は30キロギリギリ無いくらいとか言ってたかな。その細い身体に、Tシャツジャージ。あからさまな『部屋着』状態の空音。見慣れている彼女も、なぜか新鮮だな。
「でも、お兄ちゃん……生きてたんだ……」
「まあ、なんとかな…」
「ずっと、死んだって言われてたから……あの飛行機の事故で……」
……死んだ、か。そう考えるのも無理はないか。
徐々に空音の瞳に涙が溜まっている。今にも吹き出しそうな程、感情を押し殺しているように見える。
「…おにぃ…ちゃぁん……ぐずっ、あい…だがっだ……」
やはり泣き出してしまった空音。
いきなり離れてしまっては、こうなってしまうのも地方なのないことだろうか…
「よしよし、空音……俺、またどこかへいくかもしれないけど、死んではいないからな、安心しろよ」
「どこへいくの…?」
「え、ぁ、あっと……」
空音をなでなですることだけに夢中で会話内容なんて全く考えてなかった。
こりゃどうやって答えるべきかな…
1.最近流行の異世界に行くんだよ!
2.墓場に帰るんだよ!
3.黒の国へ行くんだよ!
4.家のどこかにいるんだよ!
……ロクな選択肢がありやがらねえ。黒の国なんて、側から聞いたらヤクザ王国みたいな様に聞こえてもなんら不思議ではない。
異世界は好きじゃないし、墓場だったら掘られるかもしれないし、ストレートに言うのはどうかしてるし、家のどこかなら探されるかもしれない……
1でいこう。
「ほ、ほら……最近、流行ってるだろ?い…異世界ってやつ……そこに行くんだよ」
「じゃあ、そらねも連れてって?」
「うっ……!」
こうなるとどうしようもない気がする。彼女は軽く流されるような行為を見せると機嫌が悪くなってしまうので、どんなこともしっかりと言わないといけない。例え嘘でも。
要するに、重いやつなんだよ……
「お兄ちゃんの運命に、そらねもついていきたい…」
重い!!
「そして、死ぬ時も一緒…だから、ね?」
重い!!
「そらねも……お兄ちゃんと異世界、いく……」
「わかったわかった。今度じっくり聞いてやるから、な?」
負けました。負けて流しました。
もちろん空音は不機嫌そうな顔になりました。
「むぅ……」
「レディーにそんな膨れたツラは似合わないぜ?」
「何よ……頭空っぽのくせに」
「言われたらそこそこ悲しくなるから言わないで!!!」
…頭の悪さは認めている。例えば、高校の時なんて、赤点と補習のオンパレードだったからな……
今の生活の方がよっぽど楽かもしれない。
とりあえず、玄関前での長い会話を終え、自分の部屋へと足を向かわせていく。
着いたところで、何か異変を感じ取る。
まず、ドアの前にお札が貼ってあるんだよ。1枚だけじゃなくて、5枚も。
「あ、ああ……???」
ど真ん中に1枚。ドアの上下左右、X字を作るように4枚。疑うはずなく異常事態です。
「だ、大丈夫かな……」
どう考えても大丈夫なわけありません。もう覚悟して開けちゃいます。
「どぉりゃーーーー!!!」
ビリッという音が鳴り響いた後に、ドアがゆっくりと開き出す。
そこには、真っ黒いカーテンで締め切られ、長方形の部屋にあまりにも大き過ぎる仏壇が備えられていた。
バッチリ俺の顔写真付きです。ありがとうございま…
「じゃねえよ!!!大迷惑だよ!!!」
俺、ここにしっかりと生きてますけど!?!?ピンピンしてますけど!?!?
世界一ありがた迷惑としてギネスブックに載せてえよ……
とりあえず部屋に入り、締め切られたカーテンを開ける。そして不気味な光で照らされている仏壇の光を全て消し、その肝心の仏壇は閉鎖、部屋の端っこに頑張って寄せる。
……何もない部屋で良かったぜ…
「……これでも落ち着かねえな…」
堂々たる仏壇に俺は複雑な気持ちを抱く。しかし、ここまで存在感があるとは………
向かいにベッドがあり、そこで横になる。仏壇を見たくないので壁を向く。
「……やっぱり我が家の布団だよなぁ……」
この感触……身体が吸い込まれるようだ。やはり慣れているものが一番なのだろう。
「ちょっと……寝るか。まだ夕方だけど」
時は夕方5時なのだが、何もすることがないし、ただただ眠い。だから俺は……
「寝るっ!!!!!」
陸也君はうつぶせになりながら、夢の世界へと入って行きましたとさ。めでたしめでたし。
「もう、おしまいね。あなたとは違う運命を辿っていくの」
「だから………終わりにしよっか。1年半…楽しかったよ」
「おい、ちょっと待てよ!!まだ俺は何も言って………」
「何も言わなくてもわかるの。あなたにはもう大事な人が、他にもいるって、ね」
次回、ようやく……!?




