第17話 食い違い
全く、この城はタフなものだ。
いくら壊されてもすぐ再建作業がかかり数日後には元通りになっている。リュウもあまり怒ることがないので、この城自体の価値観とはどうなっているのか…いささか不思議である。
何故、いきなり城の破壊の話をしたか、だって?
そりゃあ、現在進行形で俺とカナエルが城の中で大暴れしているからですよ。
「てめえは俺の事を全くわかってねえな!!!!こういう魔法の使い方だってあるんだよボケが!!!!」
「私は絶対認めない!!!1から作らないなんて、絶対信じられないんだから!!!」
…と、魔法の使い方に対する食い違いで。
最初は口論程度で済んでいたのだが、カナエルが魔法を使い始め、俺にぶちかまされたところで激戦スタート。ベッドルームから始まり、食堂、王の間、階段、2階の広い通りと、段々と移動する度に破壊されていく。
「バーカバーカバーーーーーーーーーカ!!!!!」
カナエルは一度スイッチが入るとなかなか止まらない。つまりこれは決着が着かないと終わらない。
リュウやゼルナもこの騒ぎには気づいているが何故か止めようとしない。黙認されてるのか?
雷やら炎やらパンチ魔法…段々と激化していくカナエルの攻撃をかわしていく。しかしその代償で城は壊れる。
「お前は考えが硬すぎる!!!もう少し柔軟な思考を持たねえのかよ!!」
「何事も始まりは基礎からなの!!!そこだけは絶対に譲らないんだから!!」
……こりゃ相当固定概念を持ってらっしゃるな。まあカナエルのことは一理も二理もあると思うのだが、ここまで硬い思考をしていると少し残念な気もする。
…仕方ない。ここまでなら少し刺激を与えるか…
「真空化!!!」
俺は新しい魔法を覚えていた。
その名も真空化。もう文字通り極まりない。この風に触れたら肌が切れる。いわゆる『かまいたち』のようなものだ。
『の夜』を付けるだけで『かま◯たちの夜』と伏せ字にしなきゃいけないのはどうも納得し難い。こんや 12じ だれかが しぬ ってか?んなこたぁどうでもいい。
今の相手はカナエルだ。
「みきもとぉぉぉぉおおおおおおおお!!!!!!」
よくわからない叫び声をあげて、真空と化した身体をカナエルに触れ合わせる。
彼女は一瞬にして切り傷数個出来上がり、更には装備している武具、ピンクのウィッグも切れ上がる。
「ああっ……!!よくも私の髪の毛を……!」
「てめえそれウィッグだろうが!!いい加減外せよ!!!」
『魔法使い』として生活する度にこのフリッフリのスカートと小さなツインテールのあるピンクのウィッグを被るカナエル。少し痛々しい。
「あんたなんて……あんたなんて……っ!!!」
下を向きながらワナワナと身体を震えさせるカナエル。
すると、次の瞬間ゆっくりと顔を上げ恐ろしい形相でこちらを睨み、杖を俺の方向に向けてくる。
「あまりやりたくなかったけど……あんたの口封じにはこれしかないわ……これに閉じこもりなさい……っ!!」
「あんたにはドラゴンになって私が打ちのめすわ!!!竜化魔法!!!」
俺とは違い、相手を竜化させる魔法。もう俺の口すらも見たくも聞きたくもなかったのだろう。
だから竜にするってか。なかなか謎めく話だな。
パッ!と一瞬だけ光を見たような気がする。しかし、それは明らかに俺の方向には飛んで行ってはいなかった。
「……あれ?何も起こっていない…」
「ハッタリか?それならこっちからいくぜ…?」
と言った瞬間。ゴトゴトと揺れるような音が鳴り、やがてボゴッ!と言った何かが壊れていくような音が鳴る。
その方向を振り返ると、竜がいたのである。
しかも、俺の竜化とは比べ物にならないレベルの大きさ。今にも高過ぎるくらいの2階の天井に頭が届きそうな程。
……こりゃ相当凄いモンだな…
「あっ……ああっ……」
自分のかけた魔法にオドオドと怖がりを見せていくカナエル。自業自得過ぎる気もするが…
「おい……どうするんだよ、これ…このままだと城が完全にぶっ壊されちまうぞ…」
「……私の竜化魔法は、弱い人程大型化していくの。だから、この人は弱かったのかもしれないけど、竜と化したら……むしろ…!」
……というより、何故こんなことになったんだ。
俺は、カナエルの分散ロッドと言われる杖を覗き込む。
数字が12番となっている。この杖、確か1番がただ真っ直ぐ飛ばすスイッチだった気が……
「おい、この杖…」
「……12番は右方向……」
なんてこったい。やはり操作ミスか。
まだこの杖を使い始めて日の浅さ故に、このような出来事が起こってしまったのだ。
強さ溢れる武器も、一歩間違えれば凶器としかならない…それをはっきりわかる出来事だな。
こうやって何もしていない間に、竜と化した者は腕を振り下ろし、城の破壊を進めていく。
「まずはあの竜をどうにかしなきゃ……」
「どうにかって、私たち程度の魔法使いじゃ…」
「自業自得で起こした誤ちは自分達で片付けなさい。僕は絶対手を貸さない」
俺らの後ろから突如と声が聞こえる。
後ろを振り返ると、リュウがいたのだ。
「反省の一つだ。僕はここでただ、じっと見ている」
いつもの柔らかい表情がない、怒りを露わにしているリュウ。その風格と威厳に、俺らは何も言うことが出来なかった。
「な、なぁカナエル……ど、どうすんだよ…」
「どうするって言われたって……」
身体も声も震え、腰を抜かしているカナエル。もはや何も出来ないのか……?
やがて城に穴が開き始め、破壊も進んでいく。俺はただまじまじと破壊を見過ごすのをじれったく思い、遂に突撃を心に決める。
「……いくぞ、クソドラゴン…」
「ドラゴン野郎!!!!俺が相手してやるからこっち向いてきやがれ!!!!!」
俺はかつてない大声でドラゴンに向かって叫ぶ。すると、ドラゴンは俺の方を向き、まるで怒り狂ったかのように俺に攻撃を仕掛け出す。
まず来たのは、ムチのようにしなりの効く左腕だった。
左腕を思いっきり振り下ろしてくるドラゴン。それをギリギリでかわし、俺はなんとか攻撃出来ないかと隙を見つめていく。
しかし待っているのは城の破壊のみだった。床がボロボロになり始め、今にも崩れそうな程にもなってしまっている箇所もある。
「鋼鉄化!!!」
とりあえずはこれしかないだろう。良くも悪くも俺らしく、ドラゴンに向かって拳を振り始める。
また左腕で仕掛けてくるドラゴン。今度は横からなぎ払ってきている。そこに対し、俺は思いっきり右拳を振ってしのごうとする。が、あっけなく吹き飛ばされ、俺自身が城にヒビを作るというのが結末であった。
「……鋼鉄だから痛くはねえけど、これじゃあ攻撃手段がありやがらねえ……」
鋼鉄化でここまで容易く弾き飛ばされていては、俺の攻撃手段が封じ込まれたも同然である。
「何か、無いのか…?」
更に追い討ちをかけるかのように、ドラゴンは俺に対し口を思いっきり開け始める。
「…!!何か来るってのか……?いや、待てよ……わざと体内に入ってそこから破壊すれば……!」
それしかない。時間もあるわけじゃないし、やるしかねえ…!!と思っていた時である。
ドラゴンの口に稲妻のような光が満ち、それを俺に対し真っ直ぐ飛ばしてくる。
考え事をしており、反応に遅れた俺はその稲妻を直に受けてしまう。
「うおおおおおおああああああ!!!!!」
稲妻系は……無耐性なんだよ、ちくしょう…
虚しくも悲鳴だけが、城内に木霊していた。
その場に倒れこんでしまう俺……その頭上にはドラゴンの右腕……
…潰されるのか。
もう、終わりか……呆気ないなぁ…俺って。
来世は強くあれますように……
しかし、その右腕はなかなか落ちてこない。一体何故だろうかと、痺れた頭で僅かながら上方向を覗く。
すると、ドラゴンの腕が氷の塊で覆われており、その真下にはカナエルがいたのである。
「カ…ナ………エル…」
「もう…大丈夫、怖くないから……」
……嘘つきやがれ。足が思いっきり震えているじゃねえか。
でも、そんな彼女の一握りの勇気は、彼女自身の進化だろう。
「…私の責任だもん。償いくらい、しなきゃ…」
と言いつつ、プルプルと足を震えさせながら真上に杖を向けている。
しかし、彼女は背後から左腕が迫ってきていることを知らなかった。
「お、おい、後ろッ!!!」
と言った後、カナエルは後ろを向いたが、振り向いた時、その目はもう死んでいた。
彼女はその左腕の餌食となり、城の端まで飛ばされていた。まるで野球ボールのように…
「カナエルッ!!!!!!!!!」
俺は掠れた声で彼女の名前を叫ぶ。その後、段々と稲妻の痺れが消え始め、身体が動き出せたので、彼女の元へと猛ダッシュ。
そこには、命の灯火が消えかかっているような少女が1人。ウィッグも外れ、黒く長く、綺麗な髪の毛……俺が彼女の肩を持ち上げるとサラサラと動く。
しかし、彼女の意識は飛んでいる。
「おいカナエル、しっかりしろ!!!カナエル、カナエルッ!!!!!」
ズザザ…と、ドラゴンが近寄ってくる音しか、もう聞こえていなかった。彼女は息ももはや絶え絶えである。このままじゃカナエルが……
リュウは未だに動いてくれねえし、どうしたら…!!
しかし、ふと俺は思う。
今、俺は他力本願になりすぎではないか、と。そして諦め気味ではないか、と。
過去にもそんなことがあった。それを指摘してくれたのはリセであった。
そして、あの時はただの逃げという行為だったが、それを改善した。
今度は何を俺が変えるのだろうか。いや、今この思考を巡っている時に、答えを見つけられた。
カナエルの傷。そう、これは俺としては『たった1人の大切なバディ』を傷つけられた事となる。
そんなものを許していいのか?そんな訳がない。
「……おい、ドラゴン。お前の正体が誰かは知らねえ。だけどてめえは俺の仲間を傷つけた。よって……」
「誰であろうと、この俺が打ちのめして見せる。かかってこい。クソドラゴン野郎」
カナエルが休めるよう、ゆっくりと優しく頭を床に置く。そして両手をガッチリ握りしめ、俺はドラゴンに対し怒りの念をぶつけている。
「…タダで済むと思うなよ」
俺は初めて、背中に付けていた改造された89式小銃を取り出す。
「…使うのも初めてだけどな……」
照門を出し、ドラゴンの目玉付近に照準を合わせる。
風で切るか?氷で潰すか?どうしようか。
しかし、はやくしないとカナエルが残してくれた右腕への氷魔法が解けてしまう。
「……切り刻んでやる、残酷な程にな」
もう、こいつをどうやっていたぶるかということだけを考えていた。最も残酷な方法は何か。痛い方法は何か。
考えている時間などない。
俺は、切り替えレバーを『空』に合わせ、ドラゴンの目玉に発射。もちろん、身体に余っている魔法力を全てぶつけるかのように。
たちまちドラゴンの目は瞬きを繰り返し、気づいた頃には血で満たされていた。ボトボトと、その血の涙が床に1滴、2滴と垂れていく。
「これで目は見えないだろう。あとは……腹をぶち抜いてやるか…」
「リ………リヤ……く、ん…」
後ろから振り絞るような声が聞こえてくる。
カナエルが目を覚ましたのだ。
「カナエル!!!!大丈夫か!?!?」
「う、うぅ……」
「お前……こんなことになるなら無茶なんてしなくて良かったのに……」
「う……うん…わたしが……撒いた…火種だから……後始…末は……」
「もう喋るな。お前が言いたいことはよくわかった。だけど、俺は一つ言いたいことがある」
「せっかくバディになったんだ。今の俺らは一心同体にならなきゃ、損は得てしまっても得は失ってしまうぜ?」
今、彼女は損を得ている。傷という損を。
「……ありがとう…」
「……どういたしまして、だな。そして一つだけお願いがあるんだが、いいか?」
「うん……」
「その右手に持っている杖を、貸してほしいんだ」
「…いい、けど、リリヤ…くん…に、使える……?」
「…バーカ。使える見込みがあるから頼むんだろ?」
「うん、わかった……なんだか、今日…の、リリヤくん……たのもしい……」
「どうってことよ。いつもこれくらいしてやりてえくらいだ」
彼女が右手に据えていた杖、分散ロッドを俺は受け取る。そして、数字を1番に合わせ、俺はドラゴンの方向へとまた振り返る。
「……リリヤくん……おね…がい……ドラ…ゴンを……たおして…」
「必ずやってやるさ。お前はそこで見ているだけでいい」
段々と意識は回復しているようである。しかし、身体の傷は癒えるはずなどない。彼女は痛みに打ち勝ち、俺と話している。
そして、俺はこのドラゴンに打ち勝ち、カナエルと後に仲直りする。
俺は分散ロッドを、目を失いもがくドラゴンに向ける。
…頼む、あと少しだけ……俺の魔法力よ、耐え切ってくれ…!!
「行け!!!炎と氷の混合、閃光魔法!!!!!」
閃光魔法は真っ直ぐ飛んでいた。そして、ドラゴンの身体に……大き過ぎるくらいの風穴を開けていた。
壁のように立ち上がっていたドラゴンは、犬のような悲鳴をあげ、その場へ崩れていくように倒れていった。
…勝った。
「素晴らしい。君は相変わらず、土壇場に強いね」
「……うるせえよ。最後まで出てこねえ癖に、よく言うぜ…」
立っていた場所から俺に近づき、リュウはそう言った。
しかし、俺は少し苛立ちを覚えていた。
「城は治しておく。それでおあいこだ。元々は君達が起こした事案なのだからね」
「……そうだったよな…すいませんでした、キング」
俺がある意味初めてリュウに敬語を使う瞬間であった。謝罪の心だと、それくらいは必要だろう。
「君達はもうベッドルームに戻りなさい。もう、休んでいい」
「……わかった」
俺はカナエルを抱き上げ、ベッドルームへとゆっくり向かっていくのであった。
「リリヤくん……ごめんね、ほんと…」
「気にしてんじゃねえ。俺だって悪かったから…」
神官の力で身体の傷だけは癒えた。しかし、心に残ったものは何一つ消えやしない。
「……謝っても、謝りきれないや……」
シュンとうつむくカナエルに、俺はベッドかり立ち上がり、優しい声でこう言う。
「いいかカナエル。よく聞けよ。俺に対しては、謝罪の言葉なんていらねえ。だけど、その後の行動さえ、もう二度と起こさなければ……俺はいくらでも信じる。行動で示すのが、俺は1番大事だと思っているから、な?」
「だから、もう謝らなくていい。気持ちなんて、バディなんだから痛いほど分かるから」
「……う、うん…ありが……と、う……ひぐっ」
遂に泣き出してしまうカナエル。
泣き出してしまうのも仕方ない。申し訳ないという気持ちだらけで押し潰されていて、そこでふと優しい言葉をかけられてしまえば、誰だって泣きたくなるもんだ。
「泣きたい時は泣いていいんだよ。溜まっている時は吐き出してくれてもいい。信頼が1番大事だからな」
俺はカナエルを信用したい。最初は驚きでも、後々と時が過ぎれば同じ環境でいなければならない、そう思えてくる。
だからこそ、今、この後の言葉が言えるのだ。
「だって……俺ら、バディじゃねえか」
次回、また新しいものを打診されます。




