第13話 ウィザード
元々は魔法使いという意味。しかし、時々賢者などと、誤った…いや、別の意味を持つ言葉となるらしい。この話でもやはり魔法使いの上位版として使われる。魔法使いの上が魔法使い(英訳)だなんて、ジャガイモにはつくづくセンスを感じないよ。
なんて自分で書くあたりも痛々しいと思えるがな……
朝、目覚めた後。時計が6時を指している。
「ちょっと早く起きすぎたかな……」
いつも無差別戦は9時から始まるのだが、今日は14時からである。なんせもう準決勝なので、人が最も観戦しやすい時間に設定されているんだとか。2つしか試合もないしな。
俺vs相手。
リュウvsゼルナ。
はっきり言って俺は自分の試合よりも派閥の同士討ちの方が気になる。どちらも騎士なので、どういう剣さばき見せてくれるんだろうなぁなど、色々考える。俺の試合は大体鋼鉄化or吹雪化→どっかーんなのであまり面白味はないと自分で勝手に思っている。
少しの間だけ、試合のことを考えるのをやめよう。午前中は少し出かけよう。
そうして、俺は城から街中に移動した。
朝っぱらだってのに無差別戦の内容など語る人々で溢れかえっている。忘れてえのに、街中がこのザマじゃ忘れる事すらできねえ。
休息は今はないのか……
そう思っていると、背後から聞き覚えのある声が聞こえてくる。
「リリヤく〜ん!!」
「ん、この声は……」
幼くも、ほんの少しだけ大人びた声が聞こえる。
…カナエルだ。
「リリヤくん、おはよう!」
「お、おう……いきなりどうしたんだよ」
「見かけたら普通は声をかけるってものよっ」
俺は友人を見かけても『いるんだな…』としか思わない人間なので、このカナエルの思考は理解出来なかった。
しかし、見れば見るほど綺麗なストレートの長い黒髪、しっかりとした服装、優等生っぽい(実際優等生)歳の割にほんの少しだけ大人っぽい表情……崖のような胸……
最後、最後!!!最後悲しすぎるよカナエルたん!!
「……どうしたの?」
「い、いや、なんでもないぞ」
危ねえ。胸元をジロジロ見ているのをバレるとこだった。こいつ、性的行為にはどういう反応を見せるんだろう……
俺は、カナエルと立ち並んで歩き始めた時に小振りな彼女のお尻に手を当ててみる。
「……どうしたの…?」
少しだけ顔を赤くして俺を気にするカナエル。
どうやら恥ずかしがり屋なのか…?何か言いたげだが何も言えてなさそうな、そんな雰囲気を出している。
…てか、はたから見たら立派な痴漢だな。今流行りですね。日本なら逮捕まっしぐら。
「……あっ、可愛いなぁ、って……」
「そんなこと、ない……」
あります。ありますよカナエルたん。あなたは非常に可愛いです。
「……あんまり、からかわないで…」
顔を赤くしながら小声でぼそりと言う。これでわかる。かなりの恥ずかしがり屋だな、と。
「……ちょっとだけお前と会話したくなってきたぜ。そこらへんでお茶しないか?」
「………わかったっ」
彼女は少しぼんやりとした表情をしてから、笑顔で了承してくれた。
来たのは喫茶店。ごく普通の喫茶店である。
とは言いつつも、俺はなかなかこういう店に来たことがないので、この空気に慣れない。早く慣れたい。
指定された席に、向かい合って座る。俺は少しだけカナエルを意識してみる。
14歳にしては、まあまあ大人っぽいよなぁ……いや、リセがおかしいだけか?リセがJSっぽいだけなのか?どうなんだろう……JSっぽい癖にやることは大胆だもんなぁ……
カナエルはその逆ってとこなのかな。大人びているけど純粋……会話していてもそのような雰囲気を感じる。
「リリヤ……くん……?」
「あ、ああ…?」
「じろじろ見られると…はずか……しいよぉ」
こいつ人見知りかつ恥ずかしがり屋なのだろうか。おそらくそうだろう。でもそこが可愛い。もじもじしてるカナエルたん、最高ッス!
って、俺はいつからこんな女にがっつく奴になっていたんだ……嫌われるぜ、そういうタイプは……
「リリヤ……くん……?」
「ああ……」
「だ、大丈夫……?」
ダメだ、このままじゃ会話が進展しねえ。どうにかしねえと……
「な、なぁカナエル。お前の本名って、なんなんだ……」
不意にもこんなことを口にしてしまっていた。まあ秘密厳守という訳でもないので、自己申告くらいはアリだろう。いやわからんけど。
「そのまんまだよ?」
「え、かなえるさん?」
「……違うよぉ、『る』を取って?」
「かなえ?」
「うんっ!」
にこっ、と満面の笑みを見せてくれるかなえさん。いや、カナエル。
「江流香奈恵って言うの。本名言ったら、リュウ様に『よし、君は今日からカナエルだ』なんて言われて……でも、悪い名前じゃないかな〜って」
「似たような考えだな。俺もリリヤって名前が結構気に入っていてな。リュウに感謝だな!」
「リュウ様……リュウ様ぁっ……えへへぇ…」
……ん?
カナエルさん、様子が……?
「リュウ様ぁ〜〜、私の王子様のリュウ様っ……また会いたいなぁ〜…あの声で罵られつつ私をゴミのような目で見てほしいわぁ…ぐへへぇっ…」
………君は覚えているだろうか。
俺が、『彼女は純粋』と言っていた部分を。
これだけ、言わせてくれ。
「前言撤回だぁぁぁぁぁっ!!!!!」
カナエルの凄まじい本音を聞き、それをあえて何も言わずにスルーしきった俺を褒めてほしい。
そして、準決勝を見てほしい。
「準決勝……今回はなんと最下級と呼ばれている2の人間がこの舞台にいます……素晴らしい下剋上ですねぇ」
うるせえよ。無差別なんだから階級なんて関係ねえだろ。
この国の人間は俺が2だ2だとやたら騒ぎ立てる。他の人間も勝っていたらそうしてやれよ。勝ちは勝ち、価値は同じだ。
かちかちうるせえ。
「おっと、ここで準備がはやくも整ったようです!これより、準決勝を開始いたします!!!!」
「13番!!!このまま優勝してしまうのか!?勢いが止まらない魔法使いファイター、リリヤ選手です、お入りください!!!」
いつも通り、ベンチにはリセが来てくれており、今回も例に溺れず助言をくれる。
「単刀直入に言うわ。あたしはあいつに勝ったことがない」
「……えええ…??」
「あたし、過去に3回戦ってるけど、未だ勝ったことないわ……前回の優勝の時はたまたま準決勝で沈んでくれたから良かったんだけど……おそらく、今大会最強の魔法使いね」
「また魔法使い、か……」
もう飽きたよ魔法使い。自分じゃなくて相手にするのを。
「あと、個人的に史上最強レベルでムカつくものを持っているわ。あたしと同い年なのに…それは後で目で確認して頂戴」
「は、はぁ…」
ムカつくもの?何か非常に気になるが、まあ後で観れるなら今は何も考えないでおこう。
そうして、俺はステージへと入場する。
もういつも通りである。歓声がうんたらとか、そこらへんがいつも通り。これでいいよね。うん。
「さて、リリヤ選手の対戦相手です!!!690番、我ら黒の国が誇る最強魔法使い、リリカ選手!!!お入りください!!」
するととんでもない歓声が聞こえてくる。
「ママーーーー!!!!!」
これ、一色。男の声で。恐ろしいと言うよりおぞましい。何があるんだ?
俺の目の前にやってきた。全身真っ黒で包まれており、今わかることは幼い顔立ち、ハロウィンで使うような帽子、リセとたいして変わらない身長。これだけである。何がムカつくのだろう?
「さぁ、試合開始いたします!!!!……レディー、ゴォ!!」
ゴングのような音が鳴り響き、試合が始まる。
「り、リリカっていうのか……?とりあえずそれ、脱いだらどうなんだ……?」
薄く汗をかくような気温だというのに、そんな暑苦しそうな黒ずくめを俺は見ていられなかった。
「……では、そう致します」
ガバッと黒い服のようなものを脱ぎ捨てるリリカ。
すると……
「マンマァーーーー!!!!!!!!!!」
歓声が異様におかしい。と思ったが、俺もそう言いたくなってしまった。
後ろをチラッと見るとリセが眉をとんでもない角度まで歪ませている。ありゃ相当キレてるな。
さぁ、何故ママなのか。それは…………
「胸が………でっけぇ……」
まず脱いだ瞬間に暴れていた。理衣やメル先生などとは比にならない程である。な、なんじゃこりゃ…
まるで藤ノ木◯々じゃねえか……わからなかったらググれ……
「クイーンですが、胸はキングです」
かなり幼い声をしているが、同時に感情がほとんどこもっていなさそうでもあった。まるでロボットのように……
「てか、上手いこと言えなんて誰も言ってねえ!!!!」
QueenでKingってか?頭の悪い人ならわからねえ事実だな!!!
「それより試合始めようぜ!!!じゃねえと俺から行くぞ!!!魔法使い姫さんよ!!!」
バッ、といつでも動けるよう構える。しかしリリカは、至って冷静である。
「わたし……魔法使いじゃ……ない…」
「はぁ?司会もリセも魔法使いって」
言っている時である。突如ステージ内のみ、怪しい雲に包まれる。
…雨雲、か…?
その通りであった。激しい雨に包まれ、更には急過ぎる風で俺は身動きがこわばってしまう。
「全然……動かねえっ……!!」
「ただの魔法使いに出来ると……思う…?」
雷をも伴う豪雨の中だったが、冷たい声ははっきりと聞こえていた。
リリカはゆっくりと左手を前に差し伸べ、親指と人差し指をクルリと回す。
すると、俺を囲うように、風の渦が出来始める。
……竜巻。物凄い嵐に訪れるものの一つ。この女、ただの魔法使いではない。もう、そう気付いていた。
「鋼鉄化ッ!!!」
俺は渦に飲み込まれる。しかし、渦は消える。……そりゃあ、鋼鉄化の俺にはこんなもの、効くわけがない。
「あいにくだけど、俺も『ただの魔法使い』ではないんだからな!!!」
「…そう。でも、これ……」
今度は左手を真上に掲げ、一気に下に振り下ろす。
すると、俺を激しい雷が辺り一面包んでいた。これじゃあ動かねえよ。俺、雷だけは………
「……鉄は、導体」
容赦などない。その雷は、俺を飲み込んでいた。
「ぐぉぁぁぁぁぁぁああああっ!!!!」
何も出来ない。そのまま俺は仰向けに倒れてしまう。が、意識は辛うじてある。まだ、負けにはならない……
「ウィザード……わたしはウィザード、魔法使いの発展系……」
「…ウィ、ザー……ド……」
薄れゆく意識の中、聞こえた言葉を口に出していた。もう、考える脳すらも、ダメージを受け始めていた。
「あなたはわたしに……勝てない…」
「………………勝て…な……い……」
自分で何を言っているかもわからなかった。ただただ、倒れつつも口を開くので精一杯だった。
「とどめ……」
「…とど……め………」
リリカは両腕でバツ印を作る。すると大嵐はたちまち消え、嘘のような晴天に恵まれ始める。そして左腕を俺の方に向け、手のひらを見せる。
「タイムタイムタイムアウトーーーーーっ!!!!」
後ろから悲鳴混じりのリセの声が聞こえる。……タイムアウト。少しだけ、安堵の時間を迎えられることができる……
ユラユラとおぼつかない歩きを見せながらも、俺はベンチに戻る。瞳も身体も精神も、もうボロボロであった。
「り、リリヤさま……っ」
その無残な姿を見て、リセはあまりにも感極まって泣いてしまう。無理もない。好きな人がボロボロで見つけられたら、悲しさを抑えきれるわけがない。
「……どうにか……もう少しだけ…」
俺は口を開くことすら出来ない程、傷つき、朽ち果てていた。もう、何も出来ないのか…?
「……ひぐっ…無理しちゃ……ダメだよ……」
意識が遠のきかけており、リセの声はもうほとんど聞こえていなかった。しかし、とあるリセの行為で、俺はその意識を一瞬で取り戻す事となる。
「……んっ」
…接吻。キスと言われるものである。俺の額を掴んだ小さくも柔らかい手、涙が混じり少し濡れた唇……その感触を、俺はしっかりと感じ取っていた。
不思議なことに、俺の身体の傷と精神が一気に晴れやかになる。
何故だ?こいつは魔法を使えないはずだ。神官ですらないのだから、回復魔法も使えるわけがない。なのに、キスをされ、俺の傷は全快していた。
更に、精神も……やれる、よしやれると言った前向きな気持ちだけが、今、俺にある。
「…リセ、ありがとう…」
「あたしは何……もっ!?」
その全快した奇跡に、リセは俺よりも驚いていた。目の前にいた朽ち果てた男が、ピンピンツヤツヤの状態でいきなり目の前にいるのだから、驚かないわけがない。
「……俺、いけるかもしれない」
「………????」
「行ってくるよ。リセ、本当に感謝するよ」
リセはポカーンとした表情のままであった。しかし、この勝てる気を失わないまま、俺はステージへと向かう。
リリカはもう既にステージ内で待っていた。彼女は微動だにせず、死んだような目をしながら立っている。
「あのコ、目覚めたのね」
リセを指差し、そう言っている。
「……目覚めた?」
「………ええ。闘侶に……」
闘侶て。
おい、ジャガイモ。お前、カタカナのかっこいいもの付けようと思ったけど結局思いつかなくてそのままくっつけたというオチかよ。まあ、性能は悪くないと思うが……
「……闘侶は、一部の格闘家しかなれない………回復魔法も使える格闘家……鍛えれば、死魔法も使える…」
妙に親切なリリカ。ありがとうございます。
「……だから、俺が完全に復活したってことか。本来は試合中に回復はダメだけどな、無意識ならしゃあねえよな………よし、行くぜリリカさんヨォ」
気力充実。充実し過ぎて、竜にでもなれそうだな……
ん、竜……?ドラゴン……?
そう考えていた時である。俺の身体が太陽のように光り始め、みるみるうちに視界がどんどん高くなっていく。しばらくすると光りは止み、ふと自分の手を見てみる。
そこには怪物のような、赤色の皮膚。足もしっかりとあるが、二足歩行が出来る。
まるでりゅう◯うのような姿。しかしその姿は真っ赤であった。
「竜化……」
そこでもリリカは冷静であった。しかし俺の意識がはっきりあるのもそこまで。血の気を帯び過ぎたせいか、人間としての俺の意識が飛んでしまう。
前回同様、これも後で聞いた話である。
俺はその口から炎、そしてその両手から氷魔法を出し、その手を口に突っ込んでいた。すると口の中がまばゆい光に包まれ、その光をリリカに向けて勢いよく放っていた。
リリカはその光に飲み込まれ、光は膨張、ステージの地面をガリガリと削っているようであった。
リリカはステージ上から消え去っていた。そこで俺の竜化は解け、すぐに意識が戻り始める。
「な、ナンジャコリャ……」
そのステージ内の荒れ果てに驚きを隠せない。しかも俺がこうやって突っ立っているということは、俺がこれを成し遂げていた、ということになる。
「リリカ選手が見当たらない!!!どうしたのでしょうか!!!」
司会もつい、声を出してしまう。
「わたし………負け……」
その声は司会のマイクから聞こえていた。何故か、リリカは一瞬でその場所へと移動していた。
この試合、死ぬと司会席横に移動するらしい。ドラ◯エで言う、全滅したら教会に行くのと同じだろう。
「リ、リリカ選手っ!?!?」
「言ってるの。わたしのまけ」
敵とはいえ、とりあえずリリカが無事でよかった。いや死んだけどな。
「は、はい……リリヤ選手、またもや強豪を破る!!!決勝進出はリリヤ選手です、おめでとうございます!!!!」
大歓声に身を包まれる。それに手を振りながら、俺はベンチへとゆっくり身を隠していった。
「……ドラゴンって凄いわね」
ベンチにいたリセが驚いた状態を隠せず、そう言っている。
「ドラ…ゴン……?」
「あんた、ドラゴンになっていたのよ。そして光を放って、あいつに勝利したの」
「……殺人レベルの光だな、ありゃ……」
あんなに大地を削るのだから、そう思っていても仕方ない。
「何はともあれ、決勝進出ね。次はリュウかゼルナ、どっちかだから、誰が勝ってもクラブの優勝ね!」
「お、そうだな……どっちであってもなんだか怖えな…」
「なんでよー、あんたの強さをあいつらに知ってもらういい機会じゃない!」
「そ、そうは言うけどなぁ…?はるか目上の」
「ここは無差別戦!!階級なんて関係ないよ!!」
そうだった。階級を気にしてどうする。階級気にされて嫌な人間が同じことをやっていたのだ。
「……そうだったな。俺、頑張るよ」
「そうこなくっちゃ!!はい、エールっ!」
右目をウィンクさせ、右手をグーにして前に突き出してくる。
それに俺は左手で優しく、同じように触れ合わせた。
決勝で、少しでもいい所を見せてえな……ジャガイモ、頼んだぞ。
次回、決勝の前にリュウvsゼルナを書きます。




