作中作中劇~文化祭~クラス演劇『女子高生パンツスティール事件』Ⅳ
□学校・自販機コーナー
ここの自販機では店で買うより安い値段で飲み物を買える。
しかし前川は何も買わずに話を切り出す。
前川「長谷田がさ、さっき校長室に呼び出されてたんだけど、なんでか知らない?」
レイナ「多分……知ってる」
前川「やっぱり。レイナが隠してるその理由、私にも教えてもらえない?」
レイナ「誰にも、言わないって約束できる? いや、前川だったらこんなこと吹聴するわけないんだけど……」
神妙な様子で頷く前川を確認して、レイナは息を吸う。
レイナ「あいつ、長谷田、パンツを盗んだの」
前川は目を丸くして、
前川「なに? パンツ? だ、誰の?」
レイナ「堀北のパンツ。昨日の水泳の授業、あいつ出てなかったじゃん? たぶんその時に盗んだんだと思う」
前川「なにそれ……長谷田がどうして堀北さんのパンツを盗むの?」
レイナ「そんなのわかんない! でも男子ってそういうわけわかんないことするもんなんじゃない?」
感情が昂って、レイナも前川も声が震えている。
前川「それで校長に呼び出されたの? つまり、学校側に捕まったってこと?」
レイナは少し悩んでから、
レイナ「それもわかんない。もしかしたら別の理由があるのかもしれない」
前川「証拠はあるの? 長谷田がそんなことをしでかしたっていう」
レイナ「大した証拠はないけど、その代わりにあいつにはアリバイが無い」
前川「……アリバイってあった方がいいんだっけ?」
と、前川は首を傾げる。
レイナ「そうだな」
前川「でも、そんな……長谷田がそんな変態だったなんて……信じられない」
レイナ「安心して、このことはまだ誰にも話してないから」
前川「堀北さんにも?
レイナ「うん。一応。もうしないんだったら、黙ってた方がいいかなって」
前川「長谷田を庇ってるの?」
レイナ「それも違う。正直どうしたらいいかわからないだ。私一人の手には負えない。私の決断一つで長谷田に酷い未来を与えてしまうから……」
前川はゆくっりと腕を伸ばして、レイナの手を握る。
瞳を潤ませながら、
前川「ありがとう、レイナ。もしよかったら、これからも、そのこと、黙っててもらえないかな?」
レイナ「いいよ。だけど、もしもこんなことがもう一回起こったら、その時は……」
前川「それでいいよ」
□学校・校長室
焼きそばを食べ終わり、ココアを飲んでいる長谷田と校長。
校長「ところで長谷田君、あのパンツの持ち主の件なんだが何か情報を知らないかね?」
長谷田は一瞬それと分からないぐらいぎくっとする。
長谷田「さあ、僕にはさっぱりです」
校長「職員会議の議題にも上がってこなかったし、被害に会った女生徒は泣き寝入りでも決め込んでいるんだろうか?」
長谷田「人には言いづらいことでしょうからね」
校長は低い唸り声を上げる。
校長「困るんだよな~悩みがあるんなら教師に相談すべきだろう。違うか?」
長谷田「僕はあまり教師に個人的な相談をしたことはないですね」
校長は眉根を寄せて、
校長「それはどうしてだ? 我々の事は信用できないと言いたいのか?」
長谷田「僕の意見を聞いてもあまり参考にならないと思うんですが? だって、僕は女子更衣室に忍び込むような度し難い人間なんですよ……」
校長「私のことを暗に非難してないか?」
長谷田はその指摘を肯定することも否定することもなく、
長谷田「思うに、相談できる人かそうでないかの線引きと、信用できるかどうかの線引きにはさして関連性は無いかと」
校長「私は昔っから誰にでもすぐ泣きついていたがねえ」
長谷田「なんというか、人それぞれなんじゃないですか?」
校長「そういう考え方は好きじゃないなあ、他人は他人だからと諦めてしまったら、最終的には自分以外はどうでもいいことになってしまうじゃないか!」
長谷田「今さらですね、校長。もう随分前から世の中は利己主義という病に罹患していますよ。そしてあなた自身もね」
校長「私は利己的か?」
長谷田「そうでしょう! 人の迷惑も考えないでパンツなんか盗んで!」
校長「迷惑ぅ、かな?」
長谷田「被害に会った女子は、ただただ一人で抱え込んでしまっているんじゃないですか。パンツなんて盗まれたことが恥ずかしくて悔しくてムカついて、でも誰にも相談できなくて」
校長「私、さっきから思っていたんだがね……」
長谷田「なんです?」
校長「君、知っているね?」
長谷田「な、なにをですか?」
校長「あれが誰のパンツかだよ!」
長谷田「知りませんって……」
校長「いいや、知っている! 隠そうとしても無駄だ! さあ、早いとこ教えてもらおうか持ち主の名前を! 性格、生年月日、身長、体重、スリーサイズ、趣味、好きな食べ物、部活、成績、全部全部全部ぅううう!」
長谷田「やめて下さい。本当に、まじで、知らないんです」
長谷田はあくまで毅然とした態度を突き通す。
校長「困るねえ~。誰のパンツか分からなきゃハッスルできないじゃないかあ!」
校長は立ち上がり、壁際の棚から一つの冊子を取り出す。
冊子には二年生全クラスの集合写真が掲載されていて、それの四組のページを開き、
校長「さあ言え、言ってもらわなきゃ困るよお! このコか? このコか? このコか? この……こいつはパスで、じゃあこのコか! このコだな? このコだったら良いなあ! ところで長谷田君はどのコがタイプなんだい? 誰を一番おかずにしているんだい? 一切合切吐いてもらおうか! そう、修学旅行の夜のようにぃいいい!」
興奮からか、校長は犬のように息切れしている。
長谷田「……まれよ」
長谷田にしては珍しい低音ボイス。
校長「週何回くらいパンチラ見てるんだ?」
長谷田「黙れよ」
校長「…………黙ってみたが、これでいいか?」
長谷田「もう協力関係は無効にしましょう」
校長「ほう、長谷田君。勇気を出したねえ。謀反か?」
校長は冷たく好戦的な笑みを浮かべる。
長谷田「ええ、ぶっ殺してやりますよ。あんたを。武器を揃えた後に参上します」
そう吐き捨てて長谷田は校長に背を向け、校長室から中座しようとする。
校長「なんだい最近のガキは臆病だねえ。しかし正しい判断だ。私は剣道六段だからな。手加減してやってもいいぞ? 片手だけで戦ってやろう。それでも素手で戦うのは怖いのかな?」
長谷田は振り返りもせずに、
長谷田「バカらしい。たとえ武器を使おうが素手だろうが、勝利の為ならそんなこと些事でしかない」
校長「だっさい奴だな」
長谷田「ほざいてろ! すぐだ! すぐにでも、俺はあんたを陥れる! 首を洗って待っておけ!」
校長「はーいはーい、首を洗って乾かしてココアでも飲みながらごろごろしてますよーだ!」
勇ましく足音を響かせながら校長室を退室していく長谷田。
一人になった校長は、どこか寂しそうに、
校長「信じているのに、どうして……」
と呟く。
そして空になった焼きそばの容器に視線を落とす。
校長「濡れ衣でも着せられているのか? 長谷田君が真っ先に疑いを向けられることは至極妥当だ……そうなのか? 長谷田君はそのせいで、焦って自分を見失っている?」
□学校・プールサイド(昼)
四時間目の授業。
女子Aがたどたどしくバタフライの練習をしている様子を、
レイナと堀北は体育着姿で見学をしている。
レイナMONO「最初の事件から数日が経ち、今週二回目の水泳の授業。長谷田は今、反対側のレーンで泳いでいる。この場所にいる。警戒して損したかも」
そう思いながら、レイナは体育着の裾をつかむ。
レイナ「補講が面倒だよなあ」
堀北「同意します。一回ぐらい休むのはしょうがないことです」
堀北は小手をかざしながら、跳ねる水しぶきの行方を目で追いかけている。
レイナ「今日も誰かのパンツが盗まれたりするのかなあ。皆そんなこと、露とも思わないんだろうね」
その台詞の空々しさに、レイナは自分では気づいていない。
堀北「あっ」
と堀北は両手を打つ。そしてレイナへと向き直り、
堀北「せめてクラスの女子たちには言うべきだったかもしれませんね」
レイナ「けど、堀北はそんなこと言いたくないでしょ? 自分のパンツが盗まれただなんて、そんな告白」
堀北「ですけど……」
レイナ「自分にとって不都合なことなんて黙ってればいいんだよ」
堀北「……それと同じことを、犯人にも言えますか?」
レイナ「え?」
堀北「きっと私が黙っていれば犯人もいつまでも黙っているでしょう。だから、全部私が、私の恥ずかしい話を、打ち明けてしまえば! 恥ずかしいけど、そうしなきゃ、前に進めないですよね? こういう時こそ私、強くならなきゃいけませんよね?」
レイナ「堀北……ちょっと変わったね」
ウィスパーボイスで囁いて、黙考に耽るレイナ。やがて口を開いて、
レイナ「でもいいの? 人知れず処理するんじゃなかったっけ?」
堀北「それは無理です。人知れず処理することの前提には、人知れず犯人を見つける必要があります。人の心が読める超能力でもない限り、不可能なことです」
レイナ「堀北も色々考えてるんだね」
堀北「当たり前じゃないですか。だって私、パンツ盗まれたんですよ? その恨みを晴らすためには、感情論だけじゃだめだって今朝歩いてて思いました」
レイナ「そっか」
ちら、とレイナは高い空を見上げる。
堀北は大きな夢でも話しているかのように、
堀北「まずはこの犯罪があったという事実を、明るみに出さなければ! そして皆の協力を仰ぐんです。これこそ犯罪捜査のゴールデンスタンダードってもんですよ!」
その輝く瞳を見つめ、レイナは力なく項垂れる。
レイナMONO「私は、どっちの味方なんだろう? 長谷田か、堀北か」
□学校・女子更衣室(昼)
誰もいないはずの女子更衣室には、やっぱり誰かがいる。
その人物は、いかにも怪しげな全身黒タイツ姿の……
校長MONO「長谷田君、君は今、プールサイドにいるのか? だとすれば、今日の犯行では君にアリバイがあることになる。疑われるストレスから解放される。そしてもう一度、私の元に戻ってきなさい……」
校長「それにしても」
と、校長は声に出して、
校長「最近の女子高生はセンスがいい。こうも欲情させるパンツをどこで買ってくるんだ? 下着メーカーが私の犯行を助長しようとしているのか? 買わせるマーケティング戦略も、買いたくなるキュートで煽情的なデザインも。いいや、人のせいはよくない。下着メーカーは私のモチベーションを上げてくれているのだ。そう考えよう。よりよいご褒美を設定する家庭教師のお姉さんのようにねえ! さて今日の要件はと……」
言いさして、校長はポケットに手を突っ込む。
中から掴みだしたのは、堀北のパンツだった。
校長「このパンツ……惜しいが返すことにしよう。誰のものか分からないパンツに価値はない。こんなの持っていても気持ち悪いだけだ。ついでに長谷田君の無実の証明にもなるし。ここら辺に置いておくか」
校長は更衣室の床にパンツを落とした。パンツは音もなく地面に舞い落ちる。
校長「こんなの初めてだよ。本当だったら、三枚四枚と次々に連続パンツスティール事件を起こすんだ。そうすると必ず事件は表に浮かび上がってきて、被害者のプロフィールも詳細に把握できるというのに。自らの手で振り出しに戻してしまうというのか私は……」
校長はため息ひとつ残して、立ち去ろうとするのだが。
ふと何かを思いついたように眉を上げる。
校長「こないだ盗んだパンツを返すことは正しい。うん、それは正しいんだ。長谷田君の疑いを晴らすことができるからな。しかし私はこのまま撤退してしまっていいのか? 違う。そうだ! いいのか! 今私が他の生徒のパンツを一枚盗んでも問題ないではないか!」
嬉々とした表情を浮かべながら、さっきまで物色していたパンツの中から今日一番の
お気に入りを選ぶ。
目当てのパンツを握りしめた校長は満足げに更衣室を後にする。
□学校・プールサイド
水泳の授業は終了。全員でクールダウンのストレッチをする。
長谷田MONO「レイナ、今日は見学しているのか。生理……なわけないよな。怖いんだ。またパンツを盗まれることが……。まだ校長を追い詰めることは俺にはできない。下手したら俺がはめられる可能性も充分ある。だけど、せめてお前のパンツだけは救出する!」
□学校・女子更衣室
見学のレイナと堀北は、ビート板の片付け等を手伝わされた関係で、遅れて戻る。
レイナ「なんで見学者に雑用なんかやらせるかね~? 本当に具合悪いから休んでるコもいるんだぜ?」
堀北「軽い仕事なんだし、いいじゃないですか」
女子Aが髪の水分を丁寧に拭き取りながら、
女子A「おつかれ~」
レイナ「おつかれ」
堀北「お疲れ様です」
雑談を交わしながら女子Aは全身をタオルでくるむ。
そしてタオルの中で体をもぞもぞ動かし、器用に水着を脱ぐ。
次に、パンツを履こうとするのだが……
女子A「あれ?」
レイナ「どうした?」
女子A「え、いや、ちょっと、あれ? あれ?」
女子Aは泣きそうになって、自分の使っている脱衣スペース周辺を手探りする。
女子A「ない、ない、ないよぉう……私の」
堀北「……」
無表情のまま絶句する堀北。
レイナ「まさか! またなのか!」
女子A「ない。私の、私の、パンツ……」
女子Aは呆然として身じろぎもせず、焦点の合わない目でどこかを見つめる。
モブ「誰かのパンツ落ちてるよー!」
その刹那、三人の背後から能天気なそんな声が上がった。
三人が振り向くと、そこに落ちていたパンツは堀北のものだった。
堀北「それ、私の……」
ゾンビのような歩調でパンツの元へ歩み寄る堀北。
そっとパンツを拾い、大事そうに、胸に抱きしめる。
堀北「どうしてこんなところに……?」
この状況をレイナは平静そうに眺めている。
レイナMONO「この時間、最初から最後まで長谷田はプールサイドにいた。私の勘違いだったのかな……? 長谷田がパンツなんて盗むわけなかったんだ。だけど、あの日あの駅のホームでの長谷田の呟きはなんだったんだろう。『ノーパンか?』と、まどろむ私に向かってあいつは確かにそう言った。あの言葉の意味は? 常日頃からそういう妄想でもしているの? どちらにせよ変態なの?」
微かに弛緩しているレイナの表情を盗み見て、首をかしげる堀北。
堀北「どうしてかレイナ、にやにやしてません?」
レイナ「一応犯人に検討をつけていたんだけど、どうやら外れだったみたいだ」
堀北「え? え? それって誰のことですか?」
レイナ「長谷田だよ。あいつには今日の犯行は不可能だ」
堀北「長谷田君?」
レイナたちの方へ女子Aもふらふらと近づいてきて、
女子A「最悪……もう水泳の授業なんて二度と出ない! 単位? そんなもん知るか!」
酔っ払いのように喚き散らす。そんな女子Aの肩に手を回し抱き寄せる堀北。
堀北「大丈夫ですよ。犯人はきっと捕まります」
そしてレイナの目を見ながら、
堀北「レイナ。これ以上私たちの手で何かができるでしょうか? 恥を偲んででも事件を白日の元に晒すべきです! 一刻も早く犯人に制裁を食らわせるために!」
と、女子Aが堀北の頬に手を当てる。
女子A「ねえ堀北、別に私のために無理しなくてもいいんだよ? あんたを恥ずかしい気持ちにさせるのは嫌だよ。それに私だって……自分のパンツが盗まれましただなんて、そんな話、どういう顔をして言えばいいのかわからない……」
レイナ「……」
レイナに、怒りが、湧く。とても静かで、鋭い怒り。
レイナ「本気よ、本気でやるのよ。他のことは一切考えず、犯人のことだけを考えるの。まさに恋しちゃったみたいにね。授業中も、放課後も全てを捧げる。気になったことはとことん調べ上げる。疑わしい奴は全員締め上げる。手段は問わない。私はやる!」
女子A「れ、レイナ? あんたは無事だったじゃん。どうしてそんなにいらついてんの?」
レイナ「いらつくに決まってるだろ! 仲間のパンツ盗まれて、もっとちゃんとできたはずなのに……勝手に長谷田を疑って、その間にまんまと……ちくしょうっ!」
レイナは悔しそうに自分の太ももを叩く。
堀北「今までの私たちは、口だけでしたよね。口だけなら何とでも言えますよ。それじゃあだめなんです。行動しなければ!」
女子A「行動、ねえ。具体的な作戦はあるの? レイナ?」
レイナ「相手はプロだ。プロの殺し屋なんてものは、使い捨てみたいなもんで、どうせすぐに捕まったり死んだりするんだろうよ。しかし窃盗のプロ、パンツ泥棒のプロ、パンツスティーラーはわけが違う。何年にも、何十年にも渡って、若い女性のパンツだけを盗み続けるんだ。自分の身を隠して、偽りの仮面を被って、活動拠点を転々と移して、そして今、この町にいる! 私たちの住むこの町に! この学校に! 特級の豚野郎が!」
女子A「あの、具体的な作戦、は?」
レイナ「時間を使う」
女子「え?」
レイナ「授業をサボる! 学校にいる時間の全てを張り込みに費やす!」
堀北「なるほど、それしかありませんね。分担して当番制にしてサボるというのはいかがでしょうか?」
レイナ「そうしよう。犯人を見つけたら、跡をつけて、正体を割り出すこと。そこで切り上げて、私に報告。それが作戦だ」
女子A「報告した後は?」
レイナ、その不敵な笑み。
レイナ「おしおき……」
ぞっとする声音。




