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NGワードは彼女だけが知っている  作者: 紅涙詩穂璃
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答え

 俺と雪は自転車、堀北はスーパーカブで、急造の鈴江&レイナさん捜索チームを結成した。

安全運転で学校の裏山へ! 無事でいてくれよ、レイナさん!

 

「堀北、土煙がやばいんだけど!」

「絵里! もうちょっと遅めで走って!」

 それぞれ自転車とスーパーカブで裏山へと急ぐ俺、雪、堀北。自然とスーパーカブの堀北が先行する形になる。最初はそれでも良かったんだが、裏山に近づくにつれコンクリートの道路から未舗装の道に移り変わっていき、砂埃がもろに顔に当たる。

「はあ? 今大事な時なんだろ⁉」

 そう怒鳴りながら後ろを振り向く堀北は、予想外に激しく巻き上がる砂埃を見て素直に減速してくれた。

「お、おう。ごめんな」

 そして気まずそうに謝った。


 ただの山に駐輪場などあるわけもなく、俺たちは適当に乗り物を放置して、細い登山道へと踏み入っていく。

 中々に深い道。高い木々に囲まれていて、神秘的な感じすらする。ト〇ロが出てきそうな。シ〇ガミじゃなくてト〇ロだ。

「なんかト〇ロが出てきそうだな」

 堀北が俺の考えてたことと同じことを言っている。

 こいつ思考盗撮しやがったな。ギガロ〇ニアックスか? 

「雪、どこかわかるか?」

「待って」

 立ち止まり目を瞑る雪。

「こっちよ」

 そして普通に道なりに進んでいく。雪を先頭に俺と堀北が後に続いた。しばらく歩いて頂上付近まできたところで、

「こっち」

 雪が道を外れた獣道の方へと向きを変えた。どくんと心臓が脈を打った。この近くか、急がなきゃ! お別れにはまだ早いんだよ!

『カシャッ!』

 ……? これは、シャッター音? すぐそこから聞こえてきた。誰がどういう目的で写真を撮っているんだ?

『カシャッ!』

 また聞こえた。俺は小声で、しかし急き込んで、

「なあ、今の」

「シャッター音だな。誰か近くにいるみたいだ。まだ焦るなよ、何もわかってないんだから」

 と堀北は冷静に状況判断をした。

「感じる。すごく強いの。この先にある、泉が」

 雪はどうしてそんなことがわかるのだろう。

 てか、こんなにこっそりのっそりで大丈夫なのかよ。手遅れになったりしないのかよ。

「じれったい。先行くぞ」

俺は早足になって雪を追い越した。隠密に行動する必要なんてないと思った。レイナさんが人質に取られているわけでもないし。

水音が聞き取れる。泉がある。さっきシャッター音が聞こえてきた地点に、レイナさんがいるでろう場所に、泉もある。


そして俺は見つけた。レイナさんの後姿を。その後ろに立つ鈴江を。

 レイナさんは泉の縁に座り込んで何かの写真を撮っている。

 鈴江が……震えながらゆっくりと腕を伸ばして、レイナさんの背中を押そうと……

「待ったあああ!」

 野良猫のような俊敏さで鈴江がこっちを振り向いた。突然の俺の登場にひどく驚いている様子。

「鈴江、今何しようとした。レイナさんをそのまま、泉に落とそうとしてただろ!」

 遅れてレイナさんも立ち上がる。その表情からは戸惑いがありありと窺えた。

「さそりくん? どうしてここに?」

「……ちょっと鈴江と話すから黙ってて」

「……姫ちゃんは別に何も悪いことしてないよ?」

 切実に訴えかけてくるレイナさんを無視して、俺は鈴江の糾弾を再開する。

「雪から全部聞いたよ」

「……」

 鈴江は無言で睨みつけてくる。けどその瞳は心なしか潤んでいて、今にも折れてしまいそうな頼りない感じがした。

 ここは激しい感情をぶつけるよりも冷静に説得することを試みよう。

「お前の思惑はわからないけどさ。こんなやり方ってないよ。作戦ってこれかよ。片をつけるってこれかよ。こんなのただの騙し討ちだ。それに、そんな急に……」

「騙し討ち……かあ」

 ぽつりと呟いて鈴江は嘆息した。疲れた笑みを顔に貼りつかせて、

「騙し討ちなんて言われると、私がすごく悪者みたいじゃん。まあ、私は麗奈の為にならなんだってするよ。悪者にだってなってやる。あなたにどう思われようと、どう非難されようと構わない。初めからあなたになんて興味ないし」

「お前、なんてことを」

「で?」

「なんだよ」

「他に言いたいことはないの? ちゃっちゃと切り上げてくれないかなあ。早く終わらせたいんだよね。あなたもその方が良いんじゃない?」

「良くない! 騙し討ちなんてあんまりだ!」

 鈴江は困ったように眉を寄せた。その後ろではレイナさんが所在なさげに佇んでいる。雪と堀北は遠くから様子見をしているのだろう。あんまり人が集まりすぎると混線するからな。

「う~ん。騙し討ちって言われるのは心外だなあ。これでも私は善意で動いているつもりなのに。勿論、麗奈の為にね。麗奈が早くこの世界に戻ってこれるように。真智君は誰の為にそんなに怒っているの?」

 少し考えてみる。鈴江は麗奈のためにと言った。だったら俺はレイナさんの為? いやそれは違う。俺は麗奈をないがしろにしているわけではない。

「誰の為にというのなら、正義の為だ! こんなやり方は許せない!」

「きちんと質問には答えてよ。そんな態度取ってると、私イライラしてきちゃうなあ~」

「レイナさんから離れろ。その子は人間の子だぞ!」

 テンションが上がってきて、アシ〇カっぽいことを言ってみる俺。

 鈴江は台詞こそ悪役のそれだけど、目からは次第に雫がこぼれてきている。

「人間じゃない! こんなの偽物よ!」

「偽物なんてどこにもいない! 鈴江、お前さ、レイナさんと話したことあるか? レイナさんと遊んだことあるか? 一緒に映画観に行ったり、イタリアン料理食べたり。手を握ると安心するし、隣歩いてるとふわっと良い匂いするし。やけに俺のピザパン好きだし」

「ほだされたってこと?」

「違う! レイナさんだってちゃんと自己の確立した一人の人間だってことだ。尊重されるべきなんだ。そういうことを俺は言いたいわけで。それにレイナさんには麗奈の記憶がある。免許証よりも指紋よりも、その人自身の存在を証明するのに何よりも大切な、記憶が!」

 俺の熱弁が功を奏したのか鈴江は若干クールダウンした様子で、

「たしかに……真智君の言うことも正しいかもね。倫理的には納得できたわ。このコを人間扱いすることには同意してあげる。でもさぁ……」

 そこで言いよどんだ鈴江は、うなだれるように首を垂れた。泣いている。ここらで修羅場も終了かなと思いきや、鈴江が顔を上げた。

「じゃあ、どうしたらいいの? 麗奈はどうなるの? 私、麗奈がいなきゃ……だめなの。麗奈に救ってもらったの。こっちに来てから何も良いことなくて、落ち込んでて、消えてしまいたいって、悲しくて、弱ってた時に……麗奈がいてくれた! 麗奈のおかげで頑張ろうって思えた! 私……麗奈が大好き。離れたくないよ、麗奈に会いたい……」

 その瞬間、今まで置物のように押し黙っていたレイナさんが、何を言うでもなく、嗚咽を漏らし始めた。その涙の理由はわからない。

 鈴江の魂の叫びはなおも続く。その矛先は俺に向けられて、

「あなたはどうなのよ。麗奈に会えなくていいの? 幼なじみなんでしょ、好きなんでしょ?」

 中々に深く刺さる台詞だった。

 実際俺はどうなんだと聞かれれば答えは決まっている。

 麗奈に会いたい。好きだから。

 でも、揺れている。

「……そ、それは」

「どうしたの、答えられないの? 麗奈はあなたのことが好きなのに! あなたはレイナさんとやらの方に気持ちがなびいちゃったの? 酷いよ、そんなのってないよ……どうして何も言ってくれないの? 決めてよ、麗奈か、その女か!」

 決めるなんて無理だよ……やっぱり俺は何も言えない。

 鈴江が怖い目で見てくる。俺は逃げるように目を逸らして、レイナさんに向けた。レイナさんは両手で顔を覆って泣いている。今の俺たちの会話を聞いて、何かわかってしまったのだろうか? というか、俺たちの狂った会話についてこれただろうか。

 ふと、俺はレイナさんの足元に咲いている花に注目した。とても綺麗な花だ。名前はわからないけど、青くて可憐だ。さっきのシャッター音。あの花の写真を撮っていたのかな。レイナさんは、花とか好きそうだな。

「ねえ、答えてよ……」

 物思いに耽っている俺へと、再び鈴江からの催促がきた。

 その催促に代わりに答えた人がいた。 

「それをさそりくんに言わせるのは酷ってもんだよ」

 レイナさんは、もう泣いていなかった。眦を決して鈴江に立ち向かおうとする。

「姫ちゃん。さそりくんを追い詰めないであげて? 辛そうな顔、させちゃだめ。今までだって、いっぱい苦しんでるんだから。ずっと傍で見てたもん。さそりくんは色んな葛藤を乗り越えて最終的には私の存在を受け容れてくれた。私のこと、水族館に誘ってくれた。……嬉しかったなぁ」

 鈴江が後ずさりながら、

「あなた、自分が麗奈じゃないってわかってるの?」

 レイナさんは優雅に首を左右に振った。

「でも、薄々かな? わかってたよ……私がここにいちゃいけないってこと、なんとなくだけどね。変な感じだったもん。さそりくんも、姫ちゃんも。逆に言うと、さそりくんと姫ちゃんだけがね。きっと、二人とも麗奈ちゃんのことが凄く好きだからだと思う。その強い想いが、私の本当の姿を見破ったんだろうね」

 おそらく俺はぽかーんとアホ丸出しで立ち尽くしているように見えるはず。鈴江が俺の言いたいことを喋ってくれる。シンクロ率高いかも。

「あなたは、どうしてここに現れたの?」

「あっ勘違いしてるね」

 そう言ってレイナさんは苦笑いを浮かべた。

「私、自分の意思じゃないんだよ。あの日、気がついたらここに寝てたの。姫ちゃんがさ、私のこと、起こしてくれたよね。あの時は私、自分のこと戸泉麗奈だと思い込んでた。麗奈ちゃんの記憶もあるし。目覚めた瞬間に、世界五分前仮説を疑う人なんていないよね。当然私も私を麗奈ちゃんだと思うに決まってるよ。

 けど、世界は私を疑ってきた。私にとって世界の大部分を占める、大切な二人に、冷たくされて、偽物だって言われて。それでなんとなく感づいたの。特に、形に残っているもの、アルバムとか昔の作文とか眺めてるとね、違うなって……私、誰なんだろうって。漠然とだけど不安になった。私はこの場所にふさわしくない存在かも、ここから消えるべきなのかも、そう思った……」

「……」

「……」

 俺も鈴江も、気の利いたことを、いや、気の利いたことどころか何も言えない。

「もうこの話は、ここでお終いにするのがいいよね? お別れしよ? 私がこの泉に飛び込めば、それで済むから……」

「そんな悲しい言葉、言わないでくれ」

胸の中に、熱い炎がこみ上げてくる。最後の最後になって、俺は冷凍状態から解放された。

「こんなお別れ嫌だ! 行くな!」

「じゃあ私、いつまでここにいればいいのかな?」

「そ、それは……」

 レイナさんは明らかに無理をして笑いながら、

「ごめん。困らせたね。さそりくんは困らないでいいよ。悩まないで。さそりくんに決断を委ねたりしないから、安心してね。あっ、あと一つだけ約束。私がいなくなっても、麗奈ちゃんと仲良くしてあげてね? ぎくしゃくしないで。さそりくんが麗奈ちゃんと結ばれることは、私にとっての救いにもなるから。私、そうなってくれたら、もう悔いはないんだ」

「子供扱いするなよな。麗奈のくせに」

「え?」

 麗奈のくせに。俺は正直にそう口にした。

「大人ぶって、強がってんじゃねえよ。麗奈」

「急にどしたの? 私は麗奈ちゃんとは違うんだってば。最初からわかってたでしょ?」

「お前、麗奈だろ? つーか、殆ど麗奈みたいなもんじゃん」

 レイナさんは子供のように泣き出した。立っていられず崩れ落ちていくレイナさんの体を俺はかっこよく支えて、ゆっくりとその場に座らせてあげる。

「違う! 違う! 違う!」

 抱きしめて、髪を撫でる。

「嫌か? あんなクソガキと一緒にされるのは」

「……」

「お前は、戸泉麗奈じゃないのかよ……」

「違うよ。だめだよ……悪いよ」

「お前はどう思っているんだよ、本当はどうなんだよ」

「……本当? 本当なら、私は、私のこと、戸泉麗奈だって思いたい。思ってる! でも、そんなのだめ」

「だめなのか? 確かに、あんなガキと一緒にされるのは堪らないもんな。嫌か?」

 レイナさんはジト目になって俺を咎めるように、

「むぅ……さそりくんは私に何を言わせたいの?」

「本当の気持ち」

「本当の、気持ち……?」

 ぎゅっと。俺の背中に、レイナさんの腕が回された。

「う、嬉しいよ……。当たり前じゃん。だって私、戸泉麗奈だもん。誰に否定されようと、私は私。そう強く思いたい! ここにいたいよ! 消えたくないよ! さそりくん、私、どうしたらいいの? どうしたらいいのよおおおおぉぉぉぉぉぉ!!!」

 俺は今、人生最大の分岐点に直面していると思う。

 こんなに悩むことはもう二度とないだろう。

 そして、決めた。

 さて。言うぞ。

 ところがずっと存在感の薄いステルス状態だった不良少女が、このタイミングで割り込んできて、

「ここにいろよ! それに、あんたがいなくなったら劇の主役は誰がやるんだよ! 文化祭委員としてそんなの許さない! 絶対に文化祭成功させんだ! あんたと緒に!」

 俺をどかしてレイナさんを抱きすくめる堀北。の後ろから雪もついてきていて、

「愛されちゃって羨ましいなあ、こいつめ~」

 と、レイナさんの頭を小突く。やめろばか。

 さらに予想外の人物が思いもよらない心変わりをしたらしく、

「ここにいちゃいけないとか、いなくなるべきとか、そういうこと言わないで! わかる……辛いのすごくよくわかる……だって私も同じこと思ってた! だから、そんなこと言っちゃだめ!」

 と、堀北をどかしてレイナさんにすがりつく。

「姫ちゃん? ありがとう。でも、さ」

「……もう少しいればいいじゃん……」

「……ねえ、さそりくん。いいのかな?」

 レイナさんは小首を傾げる。

 ああ、本当に綺麗だ。泉を背景に、レイナさんが俺を見つめている。視線で問いかけてくる。俺の答えを聞いてくる。

 寂しい。だけどそう感じさせないように、俺は元気な声で、

「いっっっぱい、楽しい思い出作ろう! お別れは、その後だ」

「そだね。それがいいよ」

 レイナさんは幸せそうに微笑んで、頷いた。まるでプロポーズを受ける女性みたいに。って、そう解釈したいのは俺のエゴなんだろう。

 多分レイナさんは、心で泣きながら笑ってくれたんだ。

 優しくて強い人だ、適わないよ、本当に。

 


クールに昂揚してます。平日なのに五千文字以上書いたのは初めてです。

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