表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
NGワードは彼女だけが知っている  作者: 紅涙詩穂璃
1/43

放課後の出来事、新しい本

 礼拝堂の隣にある図書室で、今日も私は本を読みます。部活もしておらず、放課後に誰かと遊ぶ予定が入ることも少ない私の日課です。「本が友達」だなんて寂しいことは言いませんが、暇さえあれば私は活字を追いかけるのです。こんな暗い趣味、十六歳の女の子としてどうなんでしょうね。だからいつまで経っても彼氏ができないのでしょうか。といっても、私の学校は歴とした女子校なので彼氏がいるコの方が少ないのですけれど。


「あら、久しぶりにきたのね」

「先生、ごきげんよう。そこまで久しぶりじゃあないですよ。三日ぶりです」

「三日ぶりでも、随分久しぶりに会った気がするわ。だってあなた毎日来てたじゃない」

「すいません。ちょっと風邪を引いてしまって学校をお休みしていたんです」

 佐伯先生は心配そうに眉をひそめて、

「あら大丈夫? 本の読みすぎも体に悪いわよ」

「ちょっと先生! だる絡みはやめてあげてくださいよ!」

 そのよく通る声の主は図書委員の成神先輩。

「ごめーん。うら若い少女と会話してピチピチ成分を補給したくて」

 先生は年に似合わない可愛い仕草でぺろっと舌を出した。

「なに言ってんのよ。ほら、こっちは気にしなくていいから。好きな本読んでいきな」

「あ、ありがとうございます」

 図書委員会の方々も、司書教諭の方も、穏やかで優しくて、ここはとっても居心地が良いです。


 私はミステリー、SF、ファンタジーを中心に読みます。しかしここの図書室にある、そのジャンルの本はあらかた読み終わってしまいました。なので今日からは新しいジャンルを開拓していくつもり……なんですけど。あまり良さそうな本が見つかりません。


 無心で本棚を眺めながら歩いていると、とうとう私は図書室の隅まで来てしまいました。ここら辺のゾーンは主に哲学とか宗教とか難しい本が並んでいます。ミッション系の学校だからでしょうか、キリスト教関連の分厚い本が沢山あります。


 本当ならば読むべきなのでしょうけれど、私はもっと軽い物語が読みたいので、ごめんなさい。

 と、踵を返そうとしたところで、一冊気になる本を発見しました。分厚いい哲学書に挟まれて窮屈そうに収まっているその本に、思わず手が伸びていきます。とても、珍しい装丁です。というか……これって。

「自主制作かなにか?」

 背表紙には出版社の名前が記されていません。よく見ると、図書室の本の全てに貼られているはずのバーコードも無く。

 気になります。誰がこれをここに置いていったのでしょうか。

 私はその謎の本について佐伯先生に問うてみることにしました。

「あ~それね! 知ってるわ」

「はて、どういう出自の本なのでしょうか?」

「四つぐらい前の卒業生に変わったコがいてね~。多分そのコが書いたやつね。女のくせに、一人称が『俺』の痛いコだったわ」

「書いたって、その方がご自分でお書きになったのですか?」

「そうよ?」

 先生は、何かおかしい? とでも言いたげな目つきで私を見つめます。

 おかしいですよ。だって高校生が自分で本を書くだなんて、しかも普通の文庫本と同じくらいの量がありますよ、これ。

「私らの時代には自分で小説書くコも珍しくなかったんだけどね~、当時は同人誌と言えば文字だけの小説だったし。今はマンガが多いけど」

「先生もお書きになっていられたんですか?」

「うん、恥ずかしくて。人には見せられないけどね」

 私は手元の本の表紙に視線を落とし、

「エオリアンハープ。ショパンのエチュードですね」

 その英語の題名を声に出して呟いてみました。私は再び目を上げて、

「先生はこの本をお読みになられましたか?」

 先生は片手をひらひらと振りながら、

「ぜ~んぜん。てゆうか、素人の女子高生が書いた本なんて読む気になれないわ。世の中には、まだ私が読んでいない名作が沢山あるんだもの。優先順位的にはそっちが先よ~」

 その言葉を聞いて私は苦笑してしまいます。

「たしかにそれも一理ありますよね……」

 そうです。世の中にはもっと面白い本が沢山あります。この図書室にも、図書館にも、駅ビルの本屋さんにも。

 より面白い本を優先して読むというのにも頷けます。

 しかし、私は、どうしてか、とても、この『Aeolian Harp』を読んでみたくなったのです。

 

 誰にも読まれず(?)、そっと哲学書の間に挟まれていた。窮屈そうに、それでも存在をひたむきに主張するように。

 そんな在り方に、なんだか共感を覚えてしまい――


 最初のページを、開いてみたのです。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ