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分岐点  作者: さき太
3/8

青木行徳①

 遠征に出て瀕死状態で戻り、医療部隊に担ぎ込まれた沙依(さより)の意識が、彼女の能力に促されて未来の可能性に繋がっているのを確認して、行徳(みちとく)はその意識が表層化しないように自身の能力である精神支配で押さえつけた。自分が記憶を書き換えて色々と縛っている彼女に余計なことを知られて余計なことを思い出されたくないということもあったが、あまりはっきり未来を見られて、自分と同じ能力を持っている双子の弟に事実を知られるのも避けたかった。過保護で沙依の頭の中を自身の能力で四六時中監視している弟が何か勘づいてはいないかと、弟の精神にも干渉し、彼が彼女が見たものがただの夢だと思っているのを確認して行徳はほっとした。

 『兄様の思い通りにはならないよ。』

 (すえ)(ひめ)の声が聞こえて行徳は、全くお前も懲りないなと呟いた。

 『兄様(あにさま)だって解ってるでしょ。沙依の想いはどんどん強くなってる。兄様の力で縛れなくなるのも時間の問題だよ。』

 「本人が忘れることを受け入れるならいくら想いが強くなったところで問題ない。想いが強くなっても想いの方向をすり替えて勘違いさせれば事実にはたどり着かない。」

 行徳がそう言うと末姫の気配は消えた。

 沙依の想いが強くなるほど、末姫の干渉も強くなる。今はほぼ別の存在とは言え元を辿れば同じ存在。沙依の意思は末姫のものであり、末姫の意思は沙依のもの。末姫の意思に促されて沙依の想いは強くなる。沙依は自覚できないところで末姫の意思に誘われて無意識の領域に強い願いをすり込まれている。二人の認識が繋がっていないから沙依は末姫が知っていることを知らないが、沙依が全てを取り戻してしまえば二人が同化するのも時間の問題かもしれない。それだけは避けなくては。せめて自分が目的を果たすまでは。そんなことを考えて行徳は自分がこの身体に生まれるずっと前、自分の魂が最初に生を受けた時の頃を思い出した。

 行徳が最初に生を受けたのは、地上の神と人間の間に生まれた六人兄弟の長子としてだった。そして末姫は兄弟の末っ子であり、その妹が生まれた瞬間から行徳はある目的のための行動を始め、彼女が物心ついたときからずっと彼女と諍いを続けていた。意味のない諍い。どちらが先に諦めるのかという根比べ。あれからずいぶん長い時間が過ぎたのに末妹はまだ自分を諦めてくれない。自分が自分の目的のためだけにどれだけ酷いことをしてきたのかも知っていなから、彼女に対しても酷いことを続けていると言うのに、妹は自分を諦めてくれない。わたしは兄様の味方だよ。兄様の事を絶対独りぼっちにさせないからね。そう言って笑う幼い妹の姿を思い出して行徳は少し胸が苦しくなった。それが迷惑だと言ったなら末姫は諦めてくれるだろうか。そんなことを考えて、そんなことを言ってもきっと諦めてくれないなと思って、自然と困ったような笑みがこぼれた。

 危篤状態から回復し目を覚ました沙依が自分の能力で完全に縛られた状態でないことを認識して、行徳は末姫には本当に手を焼かされると思った。


         ○                         ○


 「ちょっといいか?」

 険しい顔をした(なる)(とく)が自分の執務室を訪ねてきて行徳は軽く微笑んだ。

 「第三管理棟からここまでわざわざ足を運んで来るなんてよほどのことなのか?」

 彼の用件がなんであるのか解っていながら行徳があえてそう訊ねると、成得はあからさまに不機嫌そうに顔を顰めた。

 「仕事調子で相手するのやめろよ。私用だって解ってるだろ。まぁ、お前が正直に何か話すとは思ってないけどな。くそ兄貴。」

 そう言って刺すような視線を向けてくる成得に座るように促し、行徳はお茶を淹れた。

 「今のお前は冷静じゃない。確かに俺にはお前の状態や考えていることが解るが、正直意味が解らないし、お前の記憶もだいぶ混濁しているようだ。少し落ち着いたらどうだ。」

 行徳がそう言いながら差し出したお茶を成得は拒否し、誰がお前の淹れたもんなんて口にするかと吐き捨てた。

 「別に何かされたわけでもないのに初めて会った時から俺はお前が嫌いだった。高英(たかひで)にはそんなこと思わなかったのに、お前のことはその顔見るだけでいつもイライラして虫酸が走った。沙依がお前の養子になったとき、腸が煮えくりかえりそうな感覚に襲われて俺は思い出したんだ。お前と俺、春李(しゅんり)(よう)(いん)(かず)()、沙依。この六人が最初の兄弟だったって思い出した。でもそれだけでどうして自分がこんな感覚を覚えるのか全く解らなかった。でもようやく解ったよ。」

 そう言うと成得は声のトーンを落として、お前が俺たちを殺したからだ、と言い放った。

 冷たく冷え切った成得の視線を受け止めて行徳は困ったように笑った。

 「お前は本当に家族のことを大切に想っていたからな。特に末っ子のことは目に入れても痛くないほど溺愛してた。」

 そう言いながら行徳は成得に視線を向け、彼が次郎(じろう)だった時の記憶の一部を思い出させた。次郎だった頃の成得の想いに被せて偽の記憶を付け加えて。

 「中途半端に思い出すから勘違いしたんだろう。母さんを亡くした父さんは気を塞いでいた。それで、母さんそっくりだった末っ子の成長と共に父さんの様子はどんどんおかしくなって、あの子が十二歳の時あれが起きた。俺たちは父親を止められず、結局あの子を助けられなかった。特にお前と一姫(いちひめ)はそのことを酷く気に病んで、行き場のない憤りを俺にぶつけた。そしてお前達は自分自身のことも許すことができず・・・。」

 そう言って行徳は成得から視線を逸らした。

 「俺は後ろめたさからお前達の記憶を縛ってあの頃のことを思い出せないようにした。あの子は自力で父親の元から逃げてきたが、あの件で精神を酷く病んでしまっている。あの時のあの子の記憶は俺の能力で封じているが、あの子が抱える恐怖が強すぎて俺の能力では抑え切れない。あの子の兄弟への想いも強いから、下手に俺が触れればあの子があれを思い出してしまうのではないかと思って、高英に世話を全部押しつけた。」

 行徳の話しを成得は神妙な面持ちで静かに聞いていた。聞き終わると成得はなんとも言えない顔で行徳を見上げた。行徳への疑惑や嫌悪感をぬぐいきれず言われたこと全てを鵜呑みにはできないが、行徳が本当のことを伝えているのではないか、それが事実ならいいと思う期待感と、それが事実なら自分は長兄に理不尽に当たってただけなのかという自責と自己嫌悪の感情で葛藤する成得の心を確認して、行徳は言葉を続けた。

 「長い時間がかかったが、少しずつとはいえあの子もようやく正常に感情が動くようになってきたようだ。自分の今の状況に戸惑っている様子だがそのうち昔みたいに戻るだろ。あの子があの時のことに向き合うのはそれからでいい。今はまだあの子に何も思い出さないでいて欲しいんだ。」

 そう言うと行徳は優しく微笑んだ。

 「あの子が治ったらまた昔みたいに戻れるといいな。いや、今は兄妹じゃないんだから、もうお前の気持ちを抑えなくてもいいんだぞ。見えないところでお前が沙依に害が及ばないように尽力していることは解っている。お前が今でも変わらずあの子を想っていることも知っている。今はあの子の父親として、お前にならあの子を任せても良いと俺は思ってるよ。」

 その言葉を聞いた成得の瞳孔が大きく開き、行徳はその心の隙に入り込んで成得の精神を縛った。彼が思い出した全てを再び意識の奥底に封じ込め、自分が植え付けた記憶の形跡を消し去る。彼が自分に心を許しかけた感覚だけは増幅させて、今した会話の記憶も全て行徳は消し去った。

 少しの間焦点を失っていた成得の目に光が戻り、はっとした表情の彼と目が合って行徳は座るように促した。促されるまま腰を掛けた成得に淹れ直したお茶を差し出す。

 「私用で呼び出してしまってすまない。しかし、お前とは一度ちゃんと話しておきたいと思ってな。」

 怪訝そうな顔を向ける成得の向かい側に腰を掛けて行徳は軽く微笑んだ。

 「うちの娘に対するお前の行動なんだが、控えてもらえないか?あの子が粛清対象にならないようにお前が色々と手を回してくれていることは解っているし、実際にあの子に何かをするつもりがない事も理解しているが、だからといって自分の娘が男にああいうことをされるというのは気分が良くない。」

 行徳のその言葉を聞いて成得は意外そうな顔をした。

 「高英ならともかく、お前からそんなことを言われるとは思わなかった。」

 「あの子も少しは痛い目を見て自分でどうするべきなのか覚えていく必要があると思うし、高英もついているから普段は放置するんだが、このままではそのうちお前が高英に殺されるんじゃないかと思ってきてな。そんなくだらないことでお前のような優秀な人材を失いたくないというのが本音だ。」

 そう言って少し困ったように笑いながら行徳は、本当にうちの娘にも弟にも手を焼かされると言った。

 「世間では色々言われているが、沙依はお前達が思っているほど俺に従順じゃない。本当に頑固で言うことを聞かなくて困ったものだよ。それに高英が変に過保護に甘やかすからどんなに厳しくしても折れないし、全然成長もしない。」

 そう言って小さくため息をつくと行徳は一口お茶をすすり言葉を続けた。

 「高英は沙依に恋慕してるんだ。元々は頑なに俺以外と深く関わるのを拒んで心を閉ざしていたあいつが子育てを通して少しは外に開けるようになればいいと思って、沙依の面倒を押しつけたんだが、まさかこんなことになるとは思っていなかった。あいつの沙依に対する異常性は周知の事実だと思うが、沙依が未だに色恋の一つもしないのも、高英があの子のそういう感情を能力で縛ってるからだ。それでいて沙依に拒絶されるのが怖いから自分の感情は押し殺して手の一つ出しやしない。本当にいい年してあいつは何をやっているんだか。あいつの沙依への執着が強すぎて俺でもあれをなんとかできないし、本当に困ったものだよ。」

 そう言う行徳にお前も大変なんだなと言って成得はお茶をすすった。

 「で?なんで今更俺が危なくなるんだ?俺が沙依にちょっかい出すのなんてあいつがガキの頃からの話しだし、意味がわからないんだけど。」

 軽薄そうな笑みを浮かべながらそう言う成得に行徳は、沙依がお前と恋仲になる夢を見たからだと答えた。はぁ?と声を上げる成得に、ようは嫉妬心だと伝えると、あいつがそんな夢見たからって殺されそうになるとか本当迷惑なんだけどと彼が面倒臭そうに返してきて行徳は苦笑した。

 「いくら高英が押さえつけいるとは言え、沙依に恋愛感情がないわけでも色恋への憧れや好奇心がないわけでもない。お前が普段から沙依にああいうことをしているから、抑えられているあの子のそういう心理が夢に現れたとき相手にお前が出てきたんだろうが、それが悪いことに見た夢につられて沙依がお前をそういう意味で少し意識したせいであいつの嫉妬心を駆り立てることになった。それにいくらお前がそういう相手を作る気がないと解っていても、実際お前が沙依の事を憎からず思っていることをあいつも知っている。今まではお前が一方的に付きまとっているだけで、沙依の方はお前に苦手意識を持ってお前を避けていたから良かったが、そういう関係にならなくても万が一これ以上お前とあの子の距離が近くなるようなことがあればあいつは何をしでかすか解らない。全く、色恋に囚われてそれ以外が見えなくなるなんて思春期の子供じゃあるまいし、本当にうちの弟は困ったものだと思うよ。」

 「しかもそれで高英が実際に行動した場合本当にしゃれにならねぇからな。」

 行徳の言葉に続けるようにそう言って成得はあからさまなため息をついた。

 「過保護だとは思っていたけど、まさかあいつが沙依にそんな感情を持ってたなんて全く気が付かなかった。あいつマジで気持ち悪いな。」

 「あいつは不器用で案外臆病なんだよ。俺も何とかしようとは思っているが、こればかりは絶対にどうにかできるとも言い切れない。自分の身は自分で守ってくれとしか言い様がなくてな。こんな話しを人に聞かれる訳にもいかないし、それでお前を呼び出した次第だ。」

 行徳のその言葉を聞くと成得は承知したと言って立ち上がった。

 「この話は絶対に口外しない。俺も行動には気をつける。忠告ありがとな。」

 そう言って執務室を出て行く成得の背中を目で追って、行徳は一つ息を吐いた。


         ○                         ○


 「兄様、わたし思い出したよ。」

 自分の執務室を訪ねてきた沙依が複雑な顔をしながらそう声を掛けてきて、行徳は彼女に笑いかけた。

 「それで、お前はどうしたいんだ?」

 そう声を掛けると沙依は俯いて黙り込んだ。彼女が何を考えているのかは解っている。記憶を取り戻し未来の可能性を視た彼女の葛藤を目前にして行徳は末姫に想いを馳せた。お前の差し金も上手くいかなかったな。沙依は俺の手の内のまま。高英が余計なことに気づかないように事前手を打つこともできた。成得もなんとかした。お前がどんなに俺の邪魔をしようとしても止めることなんてできない。

 「兄様、一つ訊かせて。どうして兄様はこんなことを続けるの?」

 そう言う沙依の姿が末姫と重なって、行徳は全部お前のせいだと言っていた。

 「今まで起きたこともこれから起こることも全部お前のせいだ。全部、お前が俺を諦めないから悪いんだ。」

 そう全部お前が悪い。お前が素直に協力してくれるなら俺はこんなことしなくてもいいのだから。だから、俺にこんなことをさせているのはお前だ。全てはお前が生まれたことで始まって、そして俺が望んだからこうなった。俺にはこうするしか方法が思いつかない。これが俺の望みなんだ。だからいいかげん俺のことを諦めて好きにさせてくれ。そんなことを思いながら行徳は沙依の頭をそっと撫でた。

 「解ってるだろ?自分が一番幸せな未来がどれかって事ぐらい。お前はいったい何が不満なんだ?」

 「でも兄様はいない。いつだって兄様はそこにいない。わたしは兄様もいなきゃ嫌だ。」

 そう言って泣きそうな顔をする沙依を見て行徳は少しだけ胸が苦しくなった。

 「本当にお前のわがままには手を焼かされるな。」

 本当に手を焼かされる。いつだって幸せな未来には俺がいないから、沙依は最初から俺の望みは叶えてくれない。本当のことを言えば沙依はきっと俺の望みを叶えない。沙依が俺の望みを叶えてくれるのはいつだってぎりぎりの状況になってからだ。そうなるまで絶対に俺が普通に生きる道をこいつは捨ててくれない。だから俺はこうせざるを得ないんだ。そんなことを考えながら行徳は沙依に忘れろと呟いた。

 「解ってるだろ?そのままじゃ最悪の未来しかない。決心がつかないなら忘れなさい。忘れれば全部今まで通りに戻って、多少の誤差があってもお前が視たままの未来が訪れるだけだ。多くの犠牲は出るが平和な時代が訪れる。辛いことも多いかもしれないが、お前も幸せになれる。」

 そう言われた沙依の目から涙が零れ、懇願するような瞳で行徳を見ながら彼女は兄様どうして?と呟いた。そして何かを言葉を続けようとする沙依を遮って、行徳はまた全部お前のせいだと言った。

 「お前こそそろそろ妥協しろ。お前が望むような全部が上手くいく未来なんてあり得ない。そんなことはお前が一番よく解ってるだろ?お前には全ての分岐が視えるんだから。」

 沙依の本当の能力は厄災の起こる未来を確定させること。未来視はその副産物でしかない。そして未来を確定させるに当たり沙依にはこれから起こりうる未来の分岐が全て見える。だから彼女は知っている。今の時点では彼女の望む結果が絶対に起こりえないということを。でもこのまま彼女が違う道を強く望み切り開こうとすることで今は視ることができない新たな分岐が生まれる可能性はある。でもそうなっては困るから、行徳は彼女に忘れろと言った。

 「お願いだから言うことを訊いてくれないか?俺にあまり近づくな。忘れさせても想いが強くなるとすぐ思い出してしまう。あれが起こるまではお前は何も思い出すべきじゃない。そうしないとお前は俺だけじゃなくて全てを失うことになるんだぞ。未来を視れば視るほどお前の想いは強くなって俺の力が効かなくなる。だからお前の記憶も力も俺が能力で封じているっていうのに。本当にお前には手を焼かされる。」

 行徳は沙依の不安や恐怖を煽り、気持ちを忘れる方に傾けさせて、自身の能力である精神支配で彼女の記憶と感情に再び封をし、彼女の能力も抑え、隠した。

 「次郎にもまだ思い出されたら困るんだ。だからあいつにもあまり近寄ったらいけないよ。」

 そう呟いて行徳は沙依の頭を撫でた。そして意識を失った沙依を抱え行徳は執務室を後にした。


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