ルーツィンデと暖かなコート
むかし、あるところに裕福な商人の一家がいた。
優しいお父さんと美しいお母さん、そして可愛らしいひなぎくのような女の子は、近所でも評判の仲良し親子だった。
女の子の名はルーツィンデ。
明るい太陽のような笑顔の彼女は、お父さんに似て性格も良く、町のみんなに愛された。
しかし、ある年に流行病が一家の住む町を襲い、ルーツィンデの両親も病にかかりあっけなく死んでしまった。
まだ子どものルーツィンデはお父さんの妹、隣町の叔母さんの家に引き取られることになった。
叔母さんの家は貧しい木こりで森の入り口に住んでいた。
家には叔母さんと木こりの旦那さんのほかに、ルーツィンデと同じ年頃の二人の娘がいた。
叔母さんはこの二人の娘と同じようにルーツィンデを扱うことはなかった。
ルーツィンデの両親の遺産を奪えるだけ奪い、ルーツィンデに水汲み、炊事、洗濯、掃除と仕事を押し付けて、こき使った。
二人の娘もいじわるで、ルーツィンデが洗濯をすれば洗濯物を干している隣りで泥合戦、たちまち洗い立ての服は泥で汚れ、ルーツィンデがスープを作れば味が薄いとその場でこぼした。
それでもルーツィンデは雨風を凌げる家があるだけで十分、ひとりぼっちより賑やかなほうが良いじゃない、と自分に言い聞かせて耐えた。
◇◆◇
ある晩秋の日のことだ。
薄暗い朝、冬の風がそろそろ吹き始める寒い日にも関わらず、叔母は薄着のルーツィンデにコートも与えず家から出した。
二人の娘がキノコのシチューが食べたいと言ったので、ルーツィンデに森へ取りに行かせたのだ。
叔母さんは言った。
「さぁ、ルーツィンデ。このカゴいっぱいにキノコを採ってきておくれ。カゴがいっぱいになるまで戻ってくるんじゃないよ」
少女は何も言わずにうなずくと家を出た。
ルーツィンデは冷たい手を擦り、秋の森を震える足で一歩一歩、落ち葉を踏みしめながら、キノコを求めてさまよい歩く。
森の中はあちこちで冬の気配がした。
薄く氷が張り始めた湖。
日陰ではもう霜柱が立っていて、足の下でザクザクと音を立てる。
ルーツィンデはキノコを見つけては冷たい地面を指先で掘って採る。
しかし、なかなか持ってきたカゴをキノコでいっぱいにすることができない。
持たされたカゴは少女の背に覆いかぶさるくらい大きかったのだ。
それでもルーツィンデは黙々とキノコを採った。
太陽も中天を過ぎた頃だろうか。
木の根っこが盛り上がって輪を作ったところに、白いヒゲを蓄えた小人が引っかかっていた。
近くにはその小人が被っていたのだろうか、小さな小さな赤いとんがり帽子が落ちている。
「ええい! あの忌々しい野ネズミめ! せっかく集めた初雪草を蹴散らしたばかりでなく、儂をこんな罠にはめやがって! しかも帽子を落としてしまっては魔法が使えんではないか!」
きーきーと喚く小人はどうやらその、ちょっとぽてっとした腹が根っこにひっかかって抜けなくなってしまったらしい。
「おお! 丁度良いところに! ちょいとそこのお嬢さん、手伝ってもらえんかね」
「私にできることならば、何でもお手伝いしますよ、小人さん」
心優しいルーツィンデはそう笑顔で言った。
「これはありがたい! そこの地面にころがっている帽子を儂の頭に被せてはもらえんかね」
「ええ、そんなことで良いのなら、もちろん」
小人がじたばたと指さす先にあった帽子を、ルーツィンデは手に取り小人に被せた。
すると小人は右手を一振り。たちまち一回り小さなウサギに化けて根っこから抜け出した。
「いやー助かった。お嬢さんが来なかったら、あのまま冬を迎えて凍死するところだった」
小人が化けたウサギはもぞもぞと言うと、後ろに一回転、とんぼを切って再び元の白ヒゲの小人に戻った。
「すごいのね! 小人さん! ウサギになったり元に戻ったり!」
「なぁに、こんなことは朝飯前。この帽子があれば何だってできるのさ」
小人は大切そうに帽子を撫でる。
「だが、これが無ければ儂は魔法が使えぬ。だから拾ってくれたお嬢さんは恩人ってことになるな。ありがとうよ」
「それこそ帽子を拾うことなんて朝飯前よ、小人さん。今度は気をつけてね」
「ああ、そうするよ……そうだ、お礼をしなくてはな」
「お礼なんていいのよ」
「そうはいかないさ」
うーむ、と小人は考えこむ。
「ところでお嬢さんはこんな寒い日にいったい何しに森へ来たんだい? 見たところ薄着で寒そうじゃないか」
ルーツィンデは小人に尋ねられると、叔母からキノコを採ってくるよう言われたことを話した。
「こんな日に一人でキノコを採りに行かせるなんて!」
小人はまたきーきーと憤怒の形相で一通り喚いた。
そして、ぱっと何かを思い出したかのような顔をした後、ご自慢の魔法の帽子に手を突っ込んだ。
「そうだ、そうだ。あれがある!」
嬉々として叫ぶと、小人はその小さな帽子のどこに入っていたのだろうかと、首を傾げるほど大きな毛皮のようなものを取り出した。
よく見るとそれは茶色のふさふさとしたコートだった。
コートは大男でもゆったりと羽織れるのではないかと思うくらい大きい。
「さぁ、お嬢さん羽織ってみるがよい」
「でも、このコートは私には大きいわ」
戸惑うルーツィンデに小人は「いいから、いいから」と促し、彼女にコートを羽織らせた。
すると不思議なことに、コートは見る間に縮んでルーツィンデのためにあつらえたかのようにぴったりの大きさになった。
不思議なことはこれだけではなかった。
コートについている右のポケットを撫でると、ポケットはもこもこと膨れ上がりキノコがあふれ出た。
また、左のポケットを撫でると今度は熟れたコケモモがあふれ出た。
そして何よりも驚いたことにコートを羽織った瞬間から、コートに触れた身体の部分だけではなく、外気に触れてさっきまで氷のようだった指先や霜の大地を踏んで芯から冷えた足の裏まで、ぽかぽかと暖かくなったのだ。
「まぁ、なんて素敵なコートでしょう!」
ルーツィンデは感嘆を上げた。
その反応に気を良くした小人は鼻も高々、自慢げだ。
「なんと言ってもこの儂のコートだからなっ!」
「じゃあ、このコートは小人さんが着ないと駄目だわ。風邪をひいてしまうわ」
すぐさまルーツィンデが脱ごうとすると小人は押しとどめた。
「これはお礼さ、お嬢さんにやるよ。なぁに、儂はこれからこの地を離れ、春の国に行くからの。寒さなんて関係ないわい」
そういうと小人は独楽のように一回転、素早く小鳥に変化してルーツィンデの周りを回った。
「ああ、そうそう。お嬢さんの叔母一家は意地悪だ。そのコートを見つけた途端、奪い取ってしまうだろうよ。隠しておくことだな」
「でも、それは何だか秘密を作るみたいで申し訳ないわ」
「そう思うなら、お嬢さんが申し訳ないと思う分、そのコートで困った人を助ければ良い。このコートから湧き出る食べ物は無尽蔵、その暖かさは太陽のようなのだから!」
小人が化けた小鳥はそう言い残し、風と共に南へピューっと飛んで行った。
ルーツィンデは小鳥が見えなくなるまで手を振った。
ルーツィンデはさっそくコートの右ポケットを撫でて、キノコを出した。
カゴはあっという間にいっぱいになり、ルーツィンデはやっと叔母さんの家へ帰ることができた。
家に着く前に、少女は小人が言った通りにした。
叔母さんにも二人の娘たちにも見つかる前にコートを隠したのだ。
ルーツィンデは、もう住む人がいなくなった近くの廃屋の枯れた古井戸の釣瓶に、小人からもらったコートをくくりつけ、井戸の中へと投げ込んだ。
小人の言っていた困った人に会うかどうかも分からなかったが、もしもいたら絶対助けると心に誓って。
◇◆◇
それから三年の月日が過ぎた。
小さかった少女も、大人の女性になろうとしていた。
まだ幼い顔立ちを残しつつもその体はしなやかに伸び、可愛らしいひなぎくは美しい白ばらに花ひらく。
ルーツィンデはあれからも叔母さんや二人の娘たちに無理難題を突き付けられ、その度に苦労しながらも毎日を送っていた。
冬の寒い日に森へ行かされることも多く、その度にルーツィンデはこっそりあの小人から貰ったコートを井戸から取り出し小人の優しい暖かさに包まれて森へと入った。
コートは太陽のように常に暖かく、左右のポケットからは食べ物が無尽蔵にあふれ続ける。こんなに頼もしいことはない。
その年の冬はいつもより長く続いた。
冬の女王が四季を司る塔に閉じこもり出てこなくなったのだ。
春が来るには春の女王に交代しなければならない。
国の王様も、冬の女王を塔から出したものに好きな褒美を与えようというお触れを出したが、なかなか上手くはいかない。
国中どこもかしこも雪に覆われ真っ白になった。
人々は寒さに凍え祈ったが、各家の備蓄が底を尽きても雪は降り続けた。
ルーツィンデの家でも、食べ物はどんどんなくなっていき、その度にルーツィンデは「森で拾った」と言ってキノコとコケモモを腕にいっぱい抱えて家の貯蔵庫を満たした。
ルーツィンデは心配だった。
ルーツィンデの家は小人からもらったコートのおかげで、たくさんのキノコとコケモモが食べられる。
しかし他の家では食糧が湧き出るコートなんてない。
いつもお使いに行く道具屋さんも道でよく会う牛飼いのおじいさんも、この寒い雪の中、ひもじい思いをしているに違いない。
ルーツィンデは小人の言葉を思い出していた。
「そのコートで困った人を助ければ良い。このコートから湧き出る食べ物は無尽蔵、その暖かさは太陽のようなのだから!」
そうだ、今こそみんなを助けるときだ。
ルーツィンデは決心した。
家々をまわり食べ物を分けに行こう。
少女は毎日、孤立してしまった村はずれの家を中心に、小人からもらったコートを着てキノコとコケモモを分けて回る。
叔母さんたちには「もっとキノコを探してくる」と言い置いて。
どんな雪のたくさん降る日でもコートは暖かく、身体はぽかぽかとしていた。
ルーツィンデと食べ物はどこの家に行っても歓迎された。
みんな彼女が来ると温かく迎え入れ、ありがとうと喜びとともに感謝した。
それが嬉しかった。
疲れても人々の笑顔を原動力に雪の中を歩き続けることができる。
ルーツィンデもまた、ありがとうと言われるたびに、コートをくれた小人に感謝した。
食べ物を配ってまわる一軒に、ルーツィンデがよくお世話になっていた独り暮らしのおばあさんの家があった。二人は買い物で訪れた村で会うことが多く、ルーツィンデはおばあさんが作ったジャムやパンを貰うこともあった。
ルーツィンデが訪ねるとおばあさんが家の前でおろおろとしている。
「どうしたの?おばあさん」
「それがねぇ、食べ物が底を尽きたからと言ってリーリャが出て行ったまま戻ってこないんだよ」
「リーリャさんっておばあさんの息子さん?」
「ああ、息子のようなものかしら」
「もうすぐ陽が暮れるのにそれは心配ね」
「このあたりの土地には不慣れだからね、もしかしたら道に迷っているのかもしれない」
息子なのに家の周囲が不慣れなんて、少し不思議な気もしたが、町に出稼ぎに出ていて離れ離れで暮らしているのかもしれない。
ルーツィンデは心配するおばあさんのためにリーリャという人を探しに行くことにした。
「陽が暮れたらあんたも危ないよ」
「大丈夫よ、寒さならこのコートがあるし、お腹もすくこともないもの。それに私はリーリャさんと違ってこのあたりを良く歩くわ。陽が暮れる前に戻ってこれると思うの」
そんな会話をしておばあさんの家を出た。
森は静かだった。まるで雪がすべての音を食べてしまったかのよう。
そして動くものは人ひとり、動物いっぴきとしていない。
その中を少女はリーリャという、名前しか知らない青年を呼んで歩いた。
風が強く吹く寒い日だったが、不幸中の幸いか数日続いた雪は止み、雲一つない真っ青な空が広がっていた。
陽が落ちかけ、西の空が橙色に輝く頃。
ルーツィンデは木の枝が不自然に折れ、足元の雪が崩れている場所を見つけた。
近づいてみると枝々が折れた先は、雪で見えにくくなっていたが崖になっている。そして何かが滑り落ちたような跡がある。
ルーツィンデは慎重に雪に足を取られないよう、でも急いで崖を下りた。
崖の下に着くと、大きな木の下で男が倒れている。
駆けより、起こしてみるとそれは凛々しい青年だった。質素な身なりだが、品の良い上着と靴を着ている。
ルーツィンデは青年を抱き起こした。
青年の意識はなかったが心臓はとくとくと鼓動し、苦しそうではあるが呼吸で胸が上下に動いている。
足を滑らせ崖から落ち、木にぶつかって気絶したのだろう。
この人がリーリャさんなのかしら。
青年は生きてはいたが、その体は冷えていた。顔も青ざめ今にも冥府からの使者が訪ねてきそうだ。
慌てて自分が着ていた小人のコートを脱いで青年に羽織らせる。
ルーツィンデ自身は寒くなるけれど、このまま放っておいたら青年の命が危ない。
ルーツィンデの大きさに合せてあったコートは、見る間に青年が着れる大きさになり、彼の身体を包み込んだ。
青年の顔に赤みが差し、苦しそうだった呼吸が幾分か和らいだ。
と、そこで青年の目がぱっちりと開いた。
「ここは天国かい? 天使のように美しい人が見える」
「まぁ、ここは天国なんかじゃないわ。私も天使ではありません。ところで、貴方がリーリャさん?」
「おや? 僕の名前を知っているのかい?」
そこで、ルーツィンデはおばあさんが心配していたこと、おばあさんの代わりにルーツィンデが探しに来たことを話した。
「ああ、そうだったのか。このコートも君のかい? とても暖かくて不思議なコートだね」
「ええ、そうよ。リーリャさん立てますか? もうすぐ陽が暮れます。夜になる前に村に戻らないと」
「立てるには立てるが……」
リーリャは言葉を濁した。
「どうやら崖から落ちたとき、足をひねったらしくてね。多分今から歩き出したら途中で夜を迎えてしまうだろう。お願いだ。君だけ村に戻って助けを呼んできてはくれないか」
リーリャの言葉通り、彼の足をよく見てみると右の足首が左のものに比べて倍以上に腫れ上がっていた。
しかし、今、リーリャを置いて行くと彼は夜を一人で越えなければならなくなる。
コートを置いて行ったとしても、夜の森では何が起きるか分からない。
オオカミが出るかもしれないし、トラが出るかもしれない。
ルーツィンデはリーリャと一緒に残ることにした。
近くで野宿に適しそうなうろを見つけ、二人で夜を明かす。
小人のコートを広げ、並んだルーツィンデとリーリャの肩に掛けるとコートは二人分だけ大きくなり、すっぽりと二人を包んだ。
ルーツィンデの左肩からコートとは違った、体の芯から温まるような心地良い熱が伝わり、笑みがこぼれる。
リーリャが用心に持っていたランプの明かり一つ。
遠くでオオカミの遠吠えが幾度か聞こえ、ルーツィンデは緊張したが、隣りのリーリャがその度に「大丈夫」と言って手を握ってくれた。
こんなにも人のぬくもりを感じたのは、お父さんとお母さんが亡くなってからは初めてだった。
二人はお腹がすくとコートから出てきたコケモモを食べて凌ぎ、一方が寝てるときは一方が見張りをして夜を越えた。
次の日の朝日は、ルーツィンデが今まで見てきた中で一番きれいな朝日だった。
森が明るくなるとルーツィンデは村へ助けを呼びに行った。
村の男たち数人とロバを連れて戻ると、男たちはリーリャを崖から引っ張り上げロバに乗せた。
村につくとおばあさんが泣きながらリーリャにすがりついてきた。
仲の良い親子なのだろう。
ルーツィンデはその様子を見て嬉しくなり、少しだけ寂しい気持ちになった。
私も家に帰ろう。
そう心の中でつぶやいて家に帰る。
ルーツィンデに待っていたのは、かんかんに怒った叔母とそれをくすくすと見つめる娘たちだった。
そして運が悪いことに、この一昼夜、どうやって寒さを凌いだのかと問い詰められたとき、ついにコートのことを話してしまった。
叔母は嬉々としてそのコートを、隠していた井戸から引きあげて奪った。
それだけではなく、ルーツィンデから訴えられることを恐れて彼女を遠くの荒野に置き去りにした。
幸運だったのは、ルーツィンデが追い出されたあとすぐに冬が終わったことだ。
どこのだれがやったのかは分からないが、四季を司る塔から冬の女王を出して春の女王に交代させることができたのだ。
雪は融け、ナイチンゲールが歌う。
すみれの絨毯が野原を覆い、あんずの花が空から降った。
冬の間、人々を助けた少女に村のみんなが感謝したが、だれ一人として行方を知るものはいなかった。
そして若葉が芽吹く初夏のころ。
少女が去った国にある噂が流れた。
国の王子が結婚するという。
しかし肝心の花嫁を誰も知らない。
隣りの国の王女でもなく、国の貴族の娘でもないという。
王子本人に聞くと王子は内緒話でもするかのように、少し照れた仕草で「この国で一番心の温かな少女だよ」と言う。
王子が楽しげに話すので、人々は皆、国一番の美女に違いないと口々(くちぐち)に言い合った。
人々が王子の思い人に興味津々のなか、王子は言った。
「でも、僕が彼女と結婚するためにはその彼女を探さなくてはならないんだ」
言うと王子は馬にまたがり、花嫁を探す旅に出た。
◇◆◇
そして季節は三回巡った。
太陽のさんさんと輝く夏を駆け抜け、実り多き秋の恵みを受け、静かな眠りの冬を迎え、再び花も謳う春が来る。
その間、王子はずっと旅をしていた。思い人の娘を探して。
三回目の春が巡ってきたとき、王子はまだ残雪の残る、とある貧しい北の村を訪れた。
そこで村人からある娘の話を聞いた。
その娘は心やさしく、村のはずれに一人で住んでいるという。
白ばらのように可憐な彼女は夏にとれたコケモモをジャムや果実酒にし、秋には森でとれたキノコを干して保存食にしていた。
たまに猟師が捕ってきたウサギやシカの毛皮を貰ってはなめし、繋ぎ合わせてコートも作っていた。
娘は冬になると村人たちにそれらを分け与え、貧しい村を助けていた。
コケモモ、キノコ、コート。
王子はその話に出てきた三つにハッとした。
村人に娘の家を教えてもらい、家を訪ねる。
家では娘が毛皮をぬっているところだった。
その姿を見た王子はすぐさま駆け寄り、その娘を抱きしめた。
「ああ、やっぱり君だった。僕のことを覚えているだろうか」
驚く娘に王子は問う。
始めは不思議そうな顔をしていた娘だったが、すぐに信じられないという顔になった。
「ええ、貴方のことは知っているわ。でも、記憶の中の貴方は、その」
「ああ、あの時はもっと質素な成りをしていた」
王子はこのとき、立派な服を着ていた。
光沢のあるベルベットの生地。金のカフスが袖で光り、ブーツはぴかぴかに磨かれていた。
「あの時、振り続く雪と寒さに僕は、ずっと母のように世話をしてくれた乳母のことが心配でこっそりあの村に来ていた。君と会った時は目立たない恰好でいなければならなかったんだ」
「じゃあ、貴方はあの時の青年なの?」
「ああ、そうだ。リーリャだ」
そう、王子はあの森で少女が助けた青年リーリャだった。
そしてこの、北の村を助けていた娘の名はルーツィンデ。
二人はその夜、朝日が昇るまでずっと話した。
お互いの今までのことを。
ルーツィンデは叔母から小人のコートを奪われ荒野へと追いやられたあと、この村に辿りついた。
村についてからしばらく、ルーツィンデはずっと泣いていた。
悲しくて泣いた。
寂しくて泣いた。
小人から言われていたことも出来なくなり、申し訳なくなって泣いた。
でもそのうちに、泣いているばかりでは何も変わらないと思うようになった。
自分でできることを、やれることをやろうと思うようになった。
不思議なコートがなくなっても、コケモモは夏に実をつけ、キノコは秋に生える。
人々に分け与えられるほど、ルーツィンデ自身がかき集めればいい。
コートだって、毛皮を集めてみんなに配ればいい。
不思議なコートは一着だけで、ルーツィンデとその隣り合った人にしか、ぬくもりを与えてくれなかったけれど、ルーツィンデが毛皮を縫えばたくさんの人を暖められるのだ。
「君は、強いんだね」
話し終えた後、王子リーリャは感心したようにルーツィンデを見つめた。
「やっぱり君はこの国で一番心の温かな人だ」
そう言って、リーリャはルーツィンデに優しくキスをした。
「どうか僕と結婚してくれませんか」
突然の告白にルーツィンデは驚いた。
けれどもその真摯なまなざしは、少女が助けたあの日の青年のものとまったく同じで、体の芯からぽかぽかと春のぬくもりに似た熱があふれてくる感覚も同じだった。
ルーツィンデは頷き、リーリャの手を取った。
あの暖かなコートはもうない。
でも、もっと暖かくで心の底から嬉しくなれるコートをルーツィンデは手に入れたのだ。
心優しい娘と王子は結婚した。
国中が二人を祝福し、二人はすべての人々に分け隔てなく愛を与えた。
そして誰もが羨むくらい睦まじく、末永く暮らした。
めでたし、めでたし。