Chapter6 HEART
※この小説には流血など、直接あるいは機械に置き換えた軽度の残酷描写が含まれます
玉座に座るべき王は、今やいない。今そこに君臨するのは、偽りの暴君。それに終止符を打とうと、レジスタンスは行軍する。
マティウスを追い詰め、積年の恨みを吠える代わりに、彼らは武器を手に突撃した。
そんな彼らを眺めながらマティウスは不敵に笑い、指を鳴らした。
「AGR=10。抹殺せよ」
玉座の陰から現れたアログはにやりと笑い……
一撃。
わずか〇・一秒。アログの蹴りが、全てを吹き飛ばした。
否、それはもはや、蹴りと呼べるようなものではなかった。正面に蹴り出された脚から強大なエネルギーが放たれたのだ。衝撃波と化したそれはレジスタンスを薙ぎ払い、戦闘不能のダメージを与えた。
「……まだ、そこにいるんだろ?」
そう呟くと、アログは自分の左手をロケットアームとして発射した。柱の奥へと飛ばすと、腕に繋がるワイヤーを引っ張る。それによって、非戦闘員のために物陰に隠れていたミコトが引きずり出された。
「きゃあ!」
「よし……お前を倒せば、オレはキリアのところに行ける。キリアと戦える」
倒れたミコトに、アログは手甲の刃をちらつかせながら言った。
「……それとも、今アイツに助けて~って叫んでみるか? そうすれば、オレがわざわざ出向かなくていいからラクなんだけど」
その言葉を聞いた瞬間、ミコトの表情が曇った。
「……ムダよ」
「あん?」
「キリアは、来ないわ。来てくれるわけない。……わたしが、そうさせたんだから」
俯いたままそう言ったミコトに、アログは露骨に不機嫌な顔をした。
「……そうかよ。じゃあ、さっさと死ね」
アログは、ミコトに刃を振り下ろした。
キィンッ!
「うわっ!」
「……え……?」
その間際、オレの転移が完了した。セイバーを起動させ、アログの刃を受け止める。アログは舌打ちし、飛び退いて臨戦態勢を取った。
「な、なんのつもりだKLA=11!! なぜこのような……!」
「……自分の心に従った」
ミコトの腕を引っ張って立ち上がらせながら、オレは言った。
「こころ? 笑止! 殺戮兵器の貴様に心など……」
「ある。確かに、オレの心は一度お前に消された。だがミコトやレジスタンスの皆が、オレにもう一度心をくれた」
オレは自分の胸に手をあてた。
「この心だけは偽りではない。オレはオレの心に従う。命を……命を守る!」
「貴様……どこまで余に逆らうか……!!」
マティウスは歯軋りし、唯一の部下に命じる。先程までの余裕は、怒りの前に霧散していた。
「何をしているAGR=10! 奴を消し去……」
ズバッ
「……うるせえよ」
アログが無造作に刃を振るった。マティウスの胸が、真一文字に切り裂かれる。
「な……にを……」
「うるせえんだよ。皇帝サマごっこは、もう終わりだよ」
アログがもう一度、マティウスを切った。哀れな偽皇帝は、驚愕と絶望の感情に顔を歪めたまま、無様に倒れ伏した。
「……へへっ。ようやく一対一で闘えるな、キリア」
待ちわびたと言わんばかりに、アログは笑った。
「まったく、あのじじいの皇帝ごっこに付き合うのは大変だったぜ。俺にちゃんと最強の力をくれたからいいんだけどよ……て、まだ一人邪魔者がいた」
アログがミコトを見た。オレはミコトを背に庇い、セイバーを構えた。
「……ふーん。いいこと考えた」
悪戯をする子供のように笑い、アログは玉座の肘掛をいじる。
すると突如ミコトが赤紫の光球に閉じ込められた。
「きゃっ!?」
「ミコト!」
球はミコトを捕らえたまま宙に浮いた。その刹那、周囲の柱から電流が流れ、オレとアログを囲んだ。
「俺に勝てたら、アイツを返してやる。それなら、本気で闘ってくれるだろう?」
ワクワクした様子でアログは言う。これから闘うとは思えない言動だ。
いや、アログにとっては本当に、戦闘こそが唯一の快楽なのだろう。
「さあ、殺り合おうぜ!!」
アログが突進し、刃を振り下ろしてきた。すかさずセイバーで弾く。刃と刃がぶつかり、それを構成する光粒子が飛び散る。流れる電流と、ぶつかり合う刃の音だけが反響する。
アログの攻撃を跳躍でかわす。着地と同時にレガースのスイッチを押す。内蔵されたランチャーからエネルギー弾が飛び、その一つが回避しきれなかったアログの左腕を抉った。内部のコードが千切れ、火花が飛んだ。
「って~、やるな。だったら!」
アログが、壊れて使い物にならなくなった左腕をもいだ。中から現れたマシンガンから、無数のエネルギー弾が襲いかかる。一撃の威力は小さいが、弾幕の中でオレは動きを封じられた。
「おらおら! 行くぜ!」
弾が途切れ、と同時にアログが迫る。切り上げを避けきれず、頬が裂けて血が飛び散った。追撃をセイバーで受け、鍔迫り合いになる。
「……やっぱりいい。キリアと闘うのが一番いい。気が抜けなくてぞくぞくする」
アログがそう言って、歪んだ笑みを浮かべた。
「俺、ずっとお前みたいな好敵手が欲しかったんだ。やっと手に入れた。俺が最強である証を! 俺と死合える最強の敵を!」
「そのために、多くの命を奪ったのか? ……オレは、それを許すことはできない。オレは、命を守るために戦うだけだ」
「ああ、お前はそうだろうよ。だけど俺は殺すのが好きなんだよ! 殺して殺して殺すこと、それが俺の生きる意味! だから俺は、帝国最強の機士であるお前を殺す! 俺が最強になるんだ!!」
オレのセイバーが弾かれ、宙を舞った。
「お前のその守りたいって想いごと、皆ぶっ壊してやるよ!!」
アログの右足が、オレの脇腹に叩き付けられた。
「ぐうっ!」
衝撃波に吹き飛ばされ、電気柵のぎりぎりまで追い詰められる。セイバーは、さっきの一撃で柵の向こう。
「楽しかったな。けど、もう終わりだ。……じゃあな」
勝ち誇ったような笑みを浮かべ、アログが刃を振りかざした。
「……お前がな」
オレの言葉に、アログの動きが止まった。その隙にオレは背後に回り込む。そして渾身の力で拳を叩き込んだ。
吹き飛んだアログの行く先。それは百万ボルトの高圧電流。アログは、紫電の糸に絡め取られる。
「な!? そんな、俺は、まだ……ああああアッ!!」
電流の音と断末魔と共に、アログは倒れた。
電気の柵が、そして、ミコトを捕らえていた光が消える。オレは落ちてくるミコトを受け止めた。
「ミコト、無事か?」
「……どうして?」
俺の腕の中で、ミコトが小さくそうつぶやいた。
「どうして助けに来たの? あんなひどいこと言ったのに」
「……言っただろう。自分の心に従っただけだ」
ミコトをそっと床に下ろし、オレは彼女にそう言った。
「オレがレジスタンスの仲間にならなければ……ミコトがオレを助けてくれなければ、オレは殺戮兵器のままだった。何も知らず、咎だけを積み重ねていた。……オレに心を取り戻させてくれた、その礼だ」
取り戻したばかりの心では、随分拙い言葉だっただろう。それでもオレが、自分の心が思ったことを話すと、ミコトは涙を浮かべだ。
「……ごめん。ごめんね。ありが……」
バシュッ!
「ぐあッッ!」
紅の光がオレを貫いた。全身を走る、激しい電撃。身体が痺れて、動かない。
「マ、だだ……キリあ……オワらセ……ネぇぞ!!」
声のした方を見た時には遅すぎた。立ち上がったアログが、足から放ったエネルギーで自分自身を射出した。
弾丸と化したアログの直撃を受け、オレは吹き飛び壁に叩き付けられた。眼の奥で白い光がスパークする。内部機関が砕ける。血が逆流して口から溢れる。
「がは……ッ!」
「キリアーッ!!」
霞む視界の中に駆け寄ってくるミコトを捉えた。そして、その向こうにアログを。
装甲は剥がれ落ち、身体のあちこちからコードがはみ出している。左目の人工皮膚が剥がれ、むき出しになった真紅の眼球で、オレを見据えていた。
「キリ……あ……き……リあ……」
満身創痍でありながら、アログはゆっくりとオレに向かって歩を進める。火花を散らせて。右手の刃を鈍く光らせて。
「く、来るなら来なさい! わたしが、相手よ!」
震えながら、ミコトがオレのセイバーを手にアログと対峙した。オレは力を振り絞って立ち上がり、そして、彼女を背に庇った。
「キリア? 何を?」
「……大丈夫だ。任せろ」
自分の中に意識を集中させる。自分に残された最後の手段。右肘から下が外れ、現れたキャノンに蒼いエネルギーを収束させる。
「……おモシれエ。ナら、俺も……!」
アログの胸部が開き、空洞の中に集まっていくのは、先刻オレを貫いた真紅の閃光。
「死ネェぇ!!」
「ッ!」
同時に放たれ、ぶつかり合う二つの光。拮抗するが、徐々に紅が蒼を押し退けていく。
「キリア!」
「……くっ」
負けられない。オレの全てのエネルギーを集める。この身体がどうなろうと構わない。それで、守ることが出来るのならば……!
「おおおぉぉぉっっ!!」
オレの全てを賭けた一撃が、紅の光を、そしてアログを飲み込んだ。
「キリあ……殺ス……ツ、ブす……キ、リアアァァァッッッ!!」
断末魔と共にアログは――道を違えた同胞は、何も残さずに、消えた。
「……終わったんだね。全部」
ポツリと呟くミコトに、オレは無言で頷いた。
「結局、最後まで助けられちゃったね」
「……」
「……ねえ。キリアがよかったらでいいんだけど……これからの帝国の再興、手伝って……」
ドサッ
ミコトの言葉が終わる前に、オレはその場に倒れた。
身体が動かない。オレの全てのエネルギーが、命が、尽きていく……
「キリア!?」
「……すまない。エネルギーを、使い果たしてしまった……身体も……もう、限界を……」
「そんな……嫌! 死なないで、キリア!!」
ミコトがオレに縋りつき、泣き叫んだ。
……死ぬ? おかしな奴だ。オレのような機械に、死という概念は無いというのに。
「心配する必要はない。オレは死なない。ただ……」
壊れるだけ……
「……眠るだけだ」
「え?」
「……オレは、眠るだけ……眠りという、旅に出るだけだ。だから……心配するな」
初めて、嘘をついた。気休めにすらならない、下手な嘘。それでも、ミコトは泣きながら頷いてくれた。
……ああ。目が、機能しなくなってきた。ミコトの顔が、ぼやける……
「……ミコト」
オレは、残されたわずかな力で身体を動かした。全身が悲鳴を上げることも厭わず身体を起こした。
そして、ミコトの唇に自分の唇をそっと重ねた。
「キ、キリア?」
「……これが《キス》。《大好き》という意味。そう教えてくれたのは、お前だ」
……あの時の意味が、八年かかってようやくわかった。ミコトを守りたいと思ったのも、嘘をついたのも、全て、この感情の……
力を失い、倒れるオレをミコトが抱き締めた。温かい涙が、オレの頬に落ちる。
「……約束して。必ず帰るって。待ってるから。ずっと、ずっと……!」
答える代わりにオレは笑った。今ならちゃんと笑えると、そう思ったから。
全ての感覚が閉じる。機能が停止する。意識が闇に堕ち、途切れる。
最後の最後に〈人間〉になれた。そんな気がした。
The end