Chapter5 LOST
…………
……何が、あった?
(……ア……)
何か……すごく……嫌な思いを……した気がする……目を……覚ましたく……ない……
(……リア)
このまま……ずっと……
「キリアッ!」
「キリアさん!」
「……!」
自分の名を呼ぶ声で、意識が蘇った。ここは……レジスタンス基地?
「よかった~、キリアさんが起きた~」
「具合、大丈夫か?」
その場にいた皆が次々と話しかけてくる中、リオレストがオレのもとへ近づいてきた。
「大声で叫んで突然倒れて、三日も機能が回復しなかったから、心配したよ」
「……すまない」
なんとか謝罪の言葉を発音し、オレは頭を押さえた。
疼く。あの光景が再生される。鮮明に。それが真実なのだと告げる。
オレは皇帝……マティウスに創られた存在じゃなかった。オレが記録させられたことは、全て偽造されたものだった。そして、オレを創ったドクターは……オレが殺したあの人は……
「……ミコトの母親だよ。君があの時殺したのは」
リオレストの言葉に、はっと我に返った。気が付けば、室内にはオレとリオレスト以外誰もいなかった。
「君の噂を聞いた時、もしかしてと思ったけど。本当に〈キリア〉だったとはね」
「……お前は……何を知っているんだ?」
「君の知らないこと……忘れてしまったことを」
そう言うと、リオレストは壁に寄り掛かった。
「……君は本来、ミコトの母親であるマリア博士に創られた存在だ。暴走し、犯罪を起こす機人を止めるために。しかし八年前、君は突然マリア博士の研究所を襲った。マティウスのクーデターが起きたのは、その直後だ」
彼は眼をつぶり、天を仰いだ。
「国は突然のことに揺らぎ、あっさりと乗っ取られてしまった。君は行方不明になり、僕とミコトは、家臣の手引きで何とか逃げ延びた。しかしミコトはこの事実にショックを受けて、記憶を失ってしまったんだ。君にとてもなついていたから、受け入れられなかったんだろうね」
「……ミコト。ミコトはどうした?」
「研究室だよ。記憶を取り戻してかなり沈んでいたけど、今はだいぶ落ち着いた」
その言葉が終わる前に、オレは立ちあがり研究室へ向かおうとした。
だが、リオレストがそれを制した。
「邪魔しない方がいい。最後のミッションの準備をしているから」
「最後?」
「……三日後、レジスタンスが城を襲撃する。国を、マティウスから取り戻す」
リオレストは淡々と言った。オレにとっては、信じ難いことを。
「な、何を考えている。時期が早すぎだ!」
「だが、これ以上戦い続ける余力もない。キリアのおかげで、向こうの戦力は大幅に落ちている。あのアログも戦闘不能だ。……チャンスは、今しか無いかもしれないんだ」
リオレストはまっすぐオレを見た。
ミッションの阻止は不可能、そう理解した。するしかなかった。
「……了解だ。オレも最後まで……」
「その必要はない」
オレの言葉は遮られた。
「君は、今回のミッションには出ないでくれ。命令だ」
……なん、だと?
理解できなかった。思考回路が空回りする。リオレストの発言の意図が、全く把握できない。
「何故だ? オレは……」
「確かに、今の君はレジスタンスの一員だ。だけど、君がギルバン帝国をマティウスに支配させる原因を作ったこともまた、変えようのない事実だ。たとえ操られていたとしても」
あくまでも冷静に、リオレストは言った。
「君を仲間と信じてくれている者達もいる。だが同じくらい、君を疑い始めた者もいる。この状況で、君を最重要ミッションに参加させるわけにはいかない」
そこまで言って、リオレストはふっと表情を緩めた。アログとの戦闘の際受けた損傷を直せ、と言って、その場を後にした。
……また、頭痛がした。
当ても無く、オレは基地内を歩いていた。自分でも、この行動の意味を理解できなかった。
ただ、リオレストの懸念は正しいと言わざるを得なかった。
多くのレジスタンスのメンバーは、オレに気まずそうな表情を見せた。話しかける者はいない。あからさまにオレを避ける者もいる。普段とは違うと感じた。
オレの足は、自然と研究室へ向かっていた。
何故か分からない。本当に分からない。が、オレはとにかく、ミコトに会いたかった。
オレが扉を開ける寸前、一瞬早く扉が開いた。室内から出てきたミコトは、オレの姿を見て目を見開いた。
「……ミコト」
オレは彼女の名を呼んだ。努めて、普段と変わらないように。
だがミコトは、逃げるようにオレの傍を通り過ぎた。
「待……」
「来ないで!!」
追いかけようとするオレを、ミコトの叫びが停止させた。
「……信じていたのに。お母さんを奪ったあの卑劣な帝国の奴らとは違うって。機士でも、あなたは違うって……信じてた、のに……」
「ッ……! ……オレは……」
「言い訳なんて聞きたくないッッ!!」
振り向き叫んだミコトの瞳からは、大粒の涙がこぼれていた。
「あなたがお母さんを殺したんじゃない! 帝国がおかしくなったのはあなたのせいじゃない! あなたが皆壊したのよ! わたし達の大切なものを全部、全部……!!」
怒りのままに叫ぶミコトに、オレは反論する余地さえ与えられなかった。
「ミコト……」
「……あなたなんて……助けるんじゃなかった……!」
「……!」
思考回路が、止まった。
ミコトはそのまま走り去った。引き留めようとしても、足が動かない。声が、出ない。
伸ばした手だけが、ただ空を切った。
ミコトと、他のメンバーとまともに会話できないまま時は過ぎて行った。
そして、ラストミッション決行の日。
メンバーは幾つかの小隊に分かれ、転移装置で持ち場へ向かっていく。
最後に、リオレストの隊に所属するミコトが装置へ向かい……その足を止めた。
気が付くと、オレはミコトの手を握り、彼女を引き留めていた。
何か、何か言わなければ。脅迫にも似た思考が自分の中に湧き上がった。
だが、こんな状況で一体何を言えばいい? オレのメモリの中にその答えが記録されているはずがなかった。
「……ミッションの成功を祈る」
結局、リオレストがいつも言うセリフしか発音できず、オレは手を放した。
ミコトは少し戸惑っていたようだが、リオレストの呼びかけで転移装置に乗り込み、姿を消した。
オレは右手を、ミコトの手を握っていた掌を見つめた。
微かな熱を感知している。ミコトの体温。生命の熱。機械が望んでも得ることの叶わないその温かさを失いたくなくて、オレは右手をきつく握りしめた。
自覚した。不要と奪われた感情が、ここで過ごすうちに蘇っていたのだと。笑うことを、悲しむことを、怒ることを、たくさんの感情を微かに、だが確実に、オレは思いだしていた。
だが、こんな感情に襲われるくらいなら、オレは、心無き殺戮者のままで……
どれほどの時間こうしていたのか。鳴り響いた電子音で我に返った。
音の発生源はすぐにわかった。机に置かれたインカム。オレがマティウスに洗脳される元凶となったもの。その通信機能が作動していた。それを視認した瞬間、身体が硬直するのが自分でもわかった。
……大丈夫だ。耳に完全に触れなければ問題無い。そう自身に言い聞かせ、オレはスイッチを押した。
「……よう。一体どこで何してんだよ、キリア?」
その声を感知すると同時に、人工精神にノイズが走った。
「アログ!? 馬鹿な、お前はオレが……!」
「まっさか、俺が八年も前の機士にやられるなんてな。油断したぜ」
他人事のように、アログはそう笑った。
「ま、あん時の俺は試作品の、最低限の兵装だけだったからな。やられて当然。今の……完全な俺なら、お前をボロボロにできる。自爆機能は取り上げられちまったがな」
「な……!?」
「その前に、お前の前にレジスタンスのザコどもの相手しなきゃいけないわけだが……オードブルだと思えば、悪くねえ」
人工精神が乱れる。異常など、どこにも無いというのに、視界が暗くなり逆転する。手足が機能しない。わずかな声さえ、自由にならない。
「じゃ、そろそろ行くぜ。……次はお前だからな。逃げんなよ」
通信は一方的に終了した。再び室内を支配した静寂に、耳が痛くなる。
失敗だ。ミッションは成功しない。それどころか、アログを相手にした場合、脱出できずに全滅する確率が極めて高い。
なんとかしなければ。オレは転移装置に手を伸ばし……その手を止めた。
……なんとかする、だと?
何が出来る? このオレに、何が出来ると言うんだ?
八年前の記録が再生された。ドクターを守ろうとして、そのドクターを己が手で殺害したあの日。
オレは所詮戦闘のための兵器。破壊と殺戮しかできない存在。オレは、誰も、守れない……
『――命は消える』
「!?」
声が頭に響いた。どこか聞き覚えのある、女性の声。だがそれが誰なのかを調べる前に、次々と声が襲ってくる。
『命は儚く、そして脆い』
頭が割れるように激しく痛み、感じないはずの吐き気を感じる。
『失われた命は、二度と帰ってこない』
足がもつれる。視界が揺らぐ。
『だから命は、守らなければならない』
「やめろっ!」
オレは頭を抱えてうずくまった。耳を塞ぎ、声を拒絶しても、効果はない。
分かっている。理解している! だが、だからこそ、オレは……。
『……でもね』
声が急に優しくなった。
『本当に大切なのは、自分の心に従うことよ。自分が、どうしたいのか……』
それが全ての答えのように感じた。
オレの、心……
「オレは、命を、命を……」