Chapter3 REAPER
※この小説には流血など、直接あるいは機械に置き換えた軽度の残酷描写が含まれます
「て、敵襲! 敵襲ー!!」
偵察部隊からの緊急通信が、レジスタンスベース内に響き渡った。
「落ち着け! 戦況報告を!」
リオレストの指示が飛ぶ。
「て、敵は、一体。機士一体です!」
「単独で襲撃!? そんな、いくら何でも……」
「第一防衛ライン、第二防衛ライン突破されました! バ、バカな、こんな……ウワアァッ!!」
「おい!? どうした、応答しろ!」
悲鳴と雑音を残して、通信は途絶えた。リオレストの呼びかけに答えるのはノイズのみ。正体不明の敵は、着実に近付いている。
「……キリア」
オレは静かに頷いた。
「ひどい……」
ミコトの言葉通り、地上の光景は凄惨だった。
負傷した人間、破壊された機人が倒れ伏す中、その襲撃者は動揺する様子もなく立っていた。
奴はオレの姿に気付くと、ニヤリと笑った。朱色の瞳孔が細くなり、短い黒髪がわずかに揺れた。
「ようやく見つけたぜ。裏切り者のキリア」
「……何者だ」
オレはセイバーを構えた。
奴から強大なエネルギーを感知できた。さらに、あの明確な敵意の無さ。それが逆に、奴が危険な存在だと察知させた。
「俺はAGR=10。Angelic Grim Reaper=10。ま、気安くアログって呼んでくれよ」
襲撃者、アログはまた笑った。無邪気に。面白い玩具を見つけた子供のように。
「こんなザコじゃつまんなくってよ。お前、少しは強いんだろ?」
そう言いながらアログは傍に転がっている機人の残骸を踏みつけた。残骸はぐしゃっという音をたて、無残に潰れた。
「貴様、帝国の者か!?」
「あ? あ~、うん。そんなとこ。皇帝サマに、レジスタンスと裏切り者の話を聞いてさ。ま、聞いていたより脆かったけどな」
リオレストの問いに答えると、今度は傍の人間を蹴飛ばした。深い傷を負っているのか、蹴られた者は呻き声さえ上げなかった。
「くっ!!」
今にも飛び出しそうなリオレストを制し、オレは前に出た。
「下がれ。オレが倒す」
「そ~そ~、ザコは引っ込んでろ。俺が戦いたいのはキリアだけだ」
アログは笑いながら両手を振った。手甲から光粒子の刃が、カタールのように出現する。
「おしゃべりは終わりだ。さあ、殺り合おうぜ!!」
言うが早いか、アログは一気にオレとの間合いを詰め、刃を振るった。
刃と刃がぶつかり、硬質化した光粒子が金属音に似た音を立てた。右手を弾き、そのまま胴へセイバーを薙ぐと、アログは反対の腕でそれを防いだ。右腕の追撃を後退して避け、そこから跳躍してセイバーを振り下ろした。
ガギンッ!
オレの斬撃は、交差されたアログの刃に阻まれた。弾かれた勢いを利用し、もう一度距離をとる。
「ハハハッ! やっぱ強いな。あの皇帝サマが最強だってべた褒めしてただけあるぜ」
アログは心底楽しそうに笑った。
「なあ、こんな奴らと遊んでないで俺と来いよ。一緒に全てを壊そうぜ!」
「断る。もう帝国へは戻らない。無意味な争いはしない」
「……そっか……よかった」
アログの口元が歪んだ。先刻までとは違う、歪な笑みが浮かんでいた。
「完全に敵、なんだな? だったら、壊していいはずだ。全力で、粉々にしてやる!!」
アログが一気に距離を詰めた。
速い。先刻とはスピードが全く違う。斬撃を防ぎ切れず、無数の裂傷がオレの身体に刻まれる。
「オラオラどうした!? このまま切り刻んでやろうか!?」
「……ッ」
「なら、お望みどおりにしてやる!」
刃に気を取られていたオレの脚を、アログの蹴撃が襲った。
「なっ!」
「もらったー!」
バランスを崩したオレに、アログの刃が振り下ろされた。
ドッ
「ぐはっ!」
倒れたのはアログだった。
オレが左手から放った、高密度に圧縮したエネルギー弾。それがアログの胸部を容易く貫通した。
「キリア!」
「よし。やった!」
皆の喜びの声が背後から聞こえてくる。ひとつ息を吐いてから立ち上がり、オレはミコトのもとへ歩き出した。
その刹那。
「キ、キリアアッッ!!」
「何!?」
ミコトの叫びを認識する前に、アログが立ち上がって背後からオレを捕らえた。
「ふざけんな……お前なんかに……この俺が負けるはずねえんだ……!!」
「くっ!」
振りほどこうとするが、とてつもないパワーでしがみつかれ、それができない。
「俺の全エネルギーを使って……へへっ……一気に爆破してやるよ!」
「ッ! 正気か!? そのような行動、お前も無事では!」
機人は通常、自身のエネルギーの80%を使用して活動している。全エネルギーを使用すれば、再起動もできず、最悪の場合エネルギー放出時の衝撃で、自身の機能を破壊してしまう。
機人にとって、絶対に避けなければいけないというのに、アログはそれを実行しようとしているのだ。
「道連れにしてやる!!」
アログの身体が発光する。まもなく、臨界点を超えたエネルギーが爆発する。
「嫌! キリア!!」
「ミコト危ない!」
駆け寄ろうとするミコトの叫びと、それを必死に押しとどめるリオレストの声が聞こえた。
ビュッ!
「がっ!」
アログによる拘束が、唐突に解けた。
背後を見ると鞭状の光がアログを縛り上げていた。
「くそ、くそ! キリアー!!」
最後の力で解き放ったエネルギーも、その鞭が全て吸収し、エネルギーを失ったアログはぱたりと倒れ、機能を停止した。
「やれやれ。勝手なことをしてくれる」
鞭を振るった男。それは、誰も予想しなかった人物。後ろに機兵を引き連れたその男は、オレ達の敵である……
「余の新たな僕が騒がせたな」
「「マティウス!!」」
ミコトとリオレストが同時に叫んだ。
「久しぶりだな、リオ。もう、伯父上とは呼んでくれんのか?」
「ふざけるな! お前は父や同胞達の仇! もはや親類ではない!」
通常からは想像出来ない怒りの表情で、リオレストは叫んだ。対して皇帝は、余裕を崩さず笑みを浮かべていた。
「ふん。まあよい。今は勝手に戦場に飛び出したこやつを回収に来ただけだ」
言うが早いか、後ろに控えていた機兵が、アログを抱えあげた。
「……ところで、まさかこんなところにいたとはな、KLA=11。……いや、今はキリアと名乗っているのだったな」
オレに視線を向けたマティウスに、オレはセイバーを構えてみせた。
「オレを破棄したのはお前だ。破棄された機士がどこにいようと、お前には関係ないのではないのか?」
「ああ……そのことに関しては非常に後悔しておるのだ。お前を裏切ったのは余だ。だが、それは間違いだった」
一歩、皇帝はオレに近づく。
「今一度、余の配下とならぬか?」
答える代わりに、オレはセイバーを握り締めた。
「我が下で殺戮の限りを尽くす……それこそがお前に相応しい……」
「勝手なこと言わないで!!」
その言葉を遮ったのはミコトだった。
「キリアはあなた達の所には戻らない! キリアはもう破壊兵器じゃない! たくさんの人を傷つけた……お母さんの命を奪ったあなた達とは違うんだから!!」
ミコトの叫びが、戦場に響いた。
「……そうか、そうだったな。お前は、あの女の……」
一時の沈黙を破った皇帝の肩が小刻みに震えた。そう認識するや否や、彼は突如目元を手で覆い、笑い始めた。
「フハハハハハッ! 余とその機士が違う? 否、所詮は同じだ」
「違う! あなたにキリアの何が……」
「お前こそ何を知っている、小娘? 余はお前が知らぬ……キリアさえ知らぬ真実を知っておる」
ミコトの否定は意に介さず、皇帝は不敵に笑う。
「奴は所詮殺戮の道具に過ぎん。何故なら……」
「まさか……やめろ!!」
リオレストの制止も、届かなかった。
「……お前の母を殺したのは、キリア自身だ」
「!?」
「……え?」
その言葉にミコトは、そしてオレは停止した。
今、何と言った? オレが、ミコトの母親を、殺した?
「それは違う。オレが創られたのは三年前で……」
「ああ、KLA=11としてはな。だが、〈キリア〉としては、それ以前に存在していた」
「……どういう、意味だ」
頭が痛い。聞くな、耳を塞げと、誰かが警鐘を鳴らす。それでも、本当に耳を塞ぐことは出来ない。思い出せという、もう一つの声が、それを許さなかった。
「そうだな……こうなった以上、いっそ思い出させてしまった方が良いかもしれん」
「何を言って……」
オレの言葉を待たず、皇帝は懐から小さなスイッチを取り出した。それが作動すると、外せないはずのオレの耳のインカムが、ぽとりと地面に落ちた。
ズキンッッ!!
「ぐあっ! っ、ああっっ!!」
突然の頭痛に平衡感覚を失い、オレはその場に倒れた。
何だこれは? 痛い! 頭が、割れる!!
「キリア!? ねえ、どうしたの!」
「キリア! おい、聞こえるか!? しっかりしろ!」
ミコトやリオレストの声も、反響して痛みを増幅させるばかり。まともに思考さえできない。ただ、痛みにのたうつことしか、もうできなかった。
分からなくなる。今の状況も、自分自身の存在さえも。
――キリア
「ッ!!」
この場にいる誰のものでもない声が響いた。その瞬間、オレの目は、現実に起こっているものとは違う風景を映し始めた。
何なんだ? 一体何が起こっている!?