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鋼の心  作者: 共晶秋桜
4/8

Chapter2 RESISTANCE


 ――……を殺せ! 破……せよ!

 

 ――おねが……を……って……


 ――……ア……



 これは……夢? それとも……






「……う……」

「あ、気が付いた?」

 負傷による機能停止から自動再起動し、目を覚ました場所は、見知らぬ白色の部屋だった。

声をかけてきたのは、十代後半と推測される、茶色の長髪の少女。ハーフタイプのメガネの奥の、薄桃色の大きな瞳が印象的だった。

身体を起こそうとすると、全身に電気が走った。

「くっ!」

「だめ! まだ安静にしていないと」

 少女に押され、ベッドに寝かされる。

「でも、あの爆発に巻き込まれてその程度で済むなんて。よっぽど運がよかったのね」

「……お前は?」

「あ、わたし? わたしはミコト。これでも科学者なのよ」

 彼女……ミコトは笑い、これまでの経緯をオレに説明した。

 曰く、爆発が起こった際偶然近くにいたミコトが現場に向かい、そこで倒れているオレを発見、救出したらしい。

 まだ十六歳だというのに、オレの複雑な機体を修復したミコトの技術には驚いた。しかし、何より……

「レジスタンス、だと?」

「ええ、ここはレジスタンスの本部。わたし達はここを拠点に、ギルバン帝国と……マティウスと戦っているの」

「……そうか」

 オレはベッドにもたれ、ミコトに悟られぬよう、思考を巡らせた。

 まさか、敵対勢力に助けられるとは。これからどう行動する? オレが帝国の機士だと発覚すれば行動が阻害されることは明白だ。転移も通信も使用不可能となっている以上、早急にこの場を離れなければ……

「ミコト。彼が再起動したんだって?」

 部屋に一人の少年が入ってきた。淡い水色の髪と金の光彩。どこかで見たような少年だった。オレが自身のデータベースを検索する前に、彼の方から自己紹介を始めた。

「僕はリオレスト。リオと呼ばれている。レジスタンスのリーダーだ」

 リオレスト。その名も聞きおぼえが……

「……八年前のクーデターで行方不明になった皇子だよ、帝国の機士」

「っ!」

 その言葉に、反射的にベッドから飛び出してセイバーを構えた。しかし、再び身体に走った痺れに耐えきれず、がくりと膝をついた。

「だ、だめだってば動いちゃ!」

「そうだよ。それに、僕達は君を壊すつもりはない」

 ミコトとリオレストに手をひかれ、ベッドに座らされる。

「君のことは知っているよ。三年前に現れてから、強大な力で他国の重要拠点を次々に制圧している〈殺戮の申し子〉KLA=11。そうだね?」

「……ああ」

 少し痛む頭を押さえ、答えた。

「じゃあ訊くけど、君はあの工場に何をしに行ったんだ?」

「……ミッションに関する情報は公開できない」

「そのミッションというのがおかしいから、訊いているんだ」

 オレが拒絶の意を示すと、リオレストがそう言った。

 おかしい? オレの与えられたミッションが?

「あの工場、確かに僕らと協力関係にあったけど、帝国に感づかれたから破棄したんだ」

「……何?」

「データは全て削除したし、帝国もそれに気づいているはずだ。あの工場は、君のような機士を送り込む価値なんてない」

 その言葉で、オレの中にばらばらに記録されていたデータが、一線で連結された。

 戦闘用の機士に課せられた諜報任務。存在しないデータ。突如起動した爆破システム。そして、転移システムのエラー……

「……オレは、破棄されたということか」

 工場は、オレを排除するための罠。強大な力を持つ機士を排除するには、強行手段を選択して抵抗されるより、ミッションと装った方が効果があると判断したのだろう。

「おそらくそうだろう。伯父上……マティウスのやりそうな、卑劣な手だ」

 リオレストが拳を握り締めながら言う。彼にとって皇帝は既に親族ではなく、憎むべき敵と認識されているようだ。ミコトも、表情に嫌悪感が表れている。

 ……しかし、どうすればいい? 城に戻ることはもう不可能だ。オレが破壊されていないと知られれば、完全に機能を停止するまで追われ続けることになる。だが、帝国の侵略に大きく関わってきたオレが、今更他の勢力に加わることができる可能性は……

「ねえ、どうかしら?」

 突然ミコトに問い掛けられた。実際には、オレが会話を感知できていなかったようだが。

「レジスタンスに入って、わたし達に協力してくれないかな?」

「……は?」

 思わずそんな返答をしていた。提案の意味が分からない。

「帝国に追われているんでしょ? なら、わたし達と一緒に帝国を倒せばいいわ」

「今レジスタンスは劣勢なんだ。機士である君が協力してくれると、とても心強い」

「しかし、オレは……」

 返答を躊躇するオレに、ミコトが手を差しのべた。何も言わずに、微笑んで。リオレストも、静かに頷いた。

「……」

 身体が勝手に動いた。それ以上思考する前に手が伸びた。ミコトがその手を取り、握り返す。

「……よろしく頼む」

「ええ。よろしく、えっと……」

 何故かミコトが考え込む。

「あなたのこと、なんて呼べばいい?」

「……呼ぶ?」

「ああ。確かに、今のままじゃ呼びにくいし、堅苦しいね」

 リオレストに「そうでしょう」と同意するミコト。そう……なのだろうか。その感覚はよく分からない。

「オレは今のままで構わない」

「そう言わないで。う~ん、K、L、A、11、……1、1……」

 ミコトはしばらく考え込み、そして指をパチンと鳴らした。

「うん、〈キリア〉。キリアはどう? 1をIに変えて並び変えたんだけど」

 ……キリア?




――おはよう、キリア

――キリ、ア?

――あなたの名前よ。あなたは……




「キリア?」

「……!」

 ミコトの声で我に返った。

 今のは、一体……?

「……やっぱり、嫌?」

「あ、嫌というわけでは……」

「じゃあ、キリアって呼んでいい?」

 恐る恐る尋ねるミコトに頷いた。……これでいいのだろうか。このような状況での返答パターンなんて、記録していない。

 だがミコトは満面の笑みを浮かべた。リオレストも笑顔だ。今度はリオレストがオレに手を差しのべた。

「歓迎するよ、キリア。ようこそ、レジスタンスへ」






 そうして、オレのレジスタンスとしての活動が開始した。

 レジスタンスの構成員は、人間と機人が半数ずつ。いずれも、敗戦国の出身者や、皇帝に排除された帝国の者ばかりだった。ミコトも、母親を殺害されたため、レジスタンスに身を置いているらしい。

 オレは主に帝国軍の兵器工場や基地の破壊を任された。既に内部構造を把握している分、ミッションの遂行は容易だった。

 ……ただ……

 メンテナンスの最中、オレはミコトに呟いた。

「……理解不能だ」

「何が?」

 ミッションで受ける損傷は少なく、自力で修復可能な範囲だ。しかしミコトは、オレがミッションから帰還すると、半ば無理矢理オレのメンテナンスを実行している。最初は拒否したが、効果がなかったため今は黙認している。

「ここのメンバーの言動だ。オレには、意味がわからない」

 リオレストはミッションの前に「その成功を祈る」と言う。祈りという非科学的な行動の有無など、ミッションの成功率を変動させることなどないというのに。

 他のメンバーもそうだ。ただミッションを一つ成功させただけで、大袈裟なほどの喜びを示す。基地内で顔を合わせれば、用も無いのに話し掛けてくる。

「帝国には、あのような行動を実行する者はいない。何故、無意味な行動を……」

「無意味じゃないよ」

 コンピュータを操作するのをやめ、ミコトが言った。

「リオの『成功を祈る』は、『信じているから必ず帰ってこい』って言う意味なの」

 首を傾げるオレに、ミコトは続ける。

「それに、皆がキリアを気に掛けるのは、あなたが……最後の希望だから」

「……希望?」

「あなたのおかげで、わたし達は少しずつ優勢になっているの。今までからは考えられないくらい。そのことに感謝しているし、これからの期待もしている。でも、同時に心配でもあるの」

 そう言うと、ミコトがオレの傍に歩み寄り、向かい合って座った。

「わたし達の期待が重いんじゃないのかって。キリアに、無理をさせているんじゃないかって。だから、皆少しでもキリアを楽にしてあげようとしているの」

「……ならば、尚のこと無意味だ。オレは、与えられたミッションを完遂するだけ。そこに苦痛も無理も無い」

「キリア……」

 ミコトの表情が陰った。

「……ただ、ざわつくだけだ」

「え?」

 オレは、胸に手を当て、そう告げた。

「オレの人工精神が、ノイズが走ったように乱れる。皆に『ありがとう』と言われる度に、理解不能な感覚が発生する」

 理由を問うミコトに、オレはただ分からないと首を振った。

「回路に異常はない。その感覚も、不快ではない。……ただ、胸が、異常に熱くなる……」

 それを聞くと、ミコトはふっと笑った。

「それはきっと、《嬉しい》って感情よ」

「オレに、感情など……」

 その言葉を遮るように、ミコトがオレの右手を握った。

「わたしからも言わせて。ありがとう、キリア。わたし達の力になってくれて」

 彼女の言葉と満面の笑みを認識した瞬間、オレの人工精神はこれまで以上のノイズに襲われた。

「あ、ああ……」

 ミコトの瞳を見ることができず、オレは顔を背けた。

胸の奥が、顔が、ミコトに握られた手が、そこだけ熱暴走を起こしているかのように熱かった。

 何も言わずにメンテナンスに戻ったミコトの表情を確認する余裕さえなかった。







 少しずつ、オレはレジスタンスに馴染んでいった。帝国よりも遥かに心地良い空間。自分の作られた意味さえ、忘却できるようにさえ思えた。



 それが許されないことだと気がつくのに、時間はかからなかった。


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