Chapter1 KILLER
※この小説には流血など、機械に置き換えた軽度の残酷描写が含まれます
「ミッションの遂行、ご苦労だった」
壁一面を多くモニターに次々と表示される数字が、視界の隅で明滅する。室内のほぼ中央に位置する玉座に腰掛けた初老の男は、そう一言オレに告げた。
皇帝マティウス。嘗ては一介の科学者でしかなかったこの男は、八年前に兄である前皇帝を殺害し、自身が皇帝の座に収まった。以来近隣諸国を次々に併合、このギルバン帝国を前例のない大国へ成長させた。
そして、彼は……
「さすがは、余の創りし機士だな、KLA=11」
……オレの、制作者だ。
機人。人間に限りなく近いロボットであるそれは、科学技術の発達したこの世界で重要な労働力だ。特に機兵と呼ばれる戦闘用機人は軍事に不可欠となっている。
その最たる特徴は、《人工精神》と呼ばれる、人の心の活動を模した特殊なプログラムだ。
この超高性能AIの搭載により、感情表現や高度な思考判断を可能にする。しかし同時に機人の暴走や犯罪をも誘発させ、このギルバン帝国だけが感情の抑制プロテクトを用いることでようやく制御を可能にした。
それによって構成された機兵のみの部隊、そして機兵の中で群を抜いたスペック故《機士》と呼ばれるオレが、この国の一方的な侵略戦争の要因となっている。
「これでダイス共和国も我が国と一つとなり、より一層の繁栄を得た。お前の働きのおかげだ」
「……オレは自分に与えられたミッションを遂行するまでだ」
平然と言うオレに皇帝は満足そうな笑みを浮かべ、そしてオレの腰に提げられたセイバーに視線を向けた。
「……して、その光粒子の刃は、一体どれほどの血と血を吸った?」
……討伐数を問われているのか? 全滅させた敵軍の総数は瞬時に回答できるが、オレ一人が討伐した数は、一度メモリを検索しなければ……
「ああ、よい。正確な数が知りたいわけではない。ただ、余の覇道には少々犠牲が多くてな……」
集計を始めたオレを制止し、皇帝はそう発言した。悲観的な内容とは対照的に、彼の表情は歓喜とも認識できるものだった。
「まあ、破壊と殺戮の申し子たるお前には、喜ばしいことであろう?」
ズキッ!
「……っ」
突然頭部に痛みを感じ、オレは思わず額を押さえた。金属音に似た音が聴覚センサーを刺激し、それと共に増幅する痛みに瞼を閉じた。
「どうした」
「……問題、無い」
ほんの数秒で収まり、オレはひとつ息を吐いて、異常が無いことを報告した。
「ふむ……エネルギーを消費し過ぎたのかもしれん。お前には、もうひとつ任務をこなしてもらわなければならんからな。十分に機能を回復させたのち、出立せよ」
その言葉のままに、オレはその場を後にした。
「……そろそろ潮時か……」
その言葉をオレが感知することはなかった。
その翌日、オレは皇帝の指示通り、ある工場へ向かった。浮遊しながら巡回する警備ロボットを素早く破壊し、内部へ潜入する。
目的はメインコンピュータからの情報の奪取。現在帝国で活動している、レジスタンスの一掃のためだという。
この国の領地の大半は、武力によって制圧した地域だ。その上現皇帝は、皇家の血筋の者とはいえ、正当に皇位を継承した者ではない。そのことが国民に不満を与え、レジスタンスを生み出した。
現在マティウスは、レジスタンスの壊滅を最優先事項として捉えている。そのため、裏でレジスタンスと繋がっている工場からレジスタンス関連の情報を入手する必要がある、ということだ。
セキュリティシステムをハッキングし解除、時には巡回する機械を破壊して道を拓きながら、奥へ奥へと進んでいく。
なるほど。流石は高度エネルギー兵器の製造工場。警備は非常に厳重だった。本来戦闘用で、潜入ミッションをあまり与えられないオレが単独でミッションに臨むよう通達されたのも頷ける。
足元のライトを頼りに慎重に進んでいく。地図によれば、もうすぐメインコンピュータルームのはずだ。
その時、ふと声が聞こえた。
通路の角の壁に張り付き、奥を伺うと、見張り番らしき機人が二人、立ったまま会話していた。
「早く交代の時間にならないかな~」
「こんな辺鄙な場所に真夜中に来る物好きはいないだろうしな」
どうやら退屈しているらしい。同じ機人ながら、その感覚は理解できそうにない。ただ淡々と、坦々と、与えられたミッションを遂行するだけだというのに。……まあ、番人が注意散漫な点は、こちらにとって都合がいいことではあるが。
「そういや昼間に、新作のエネルギードリンクの試供品もらったんだ。一杯どうだ?」
「お、いいな」
そう言うと一方が小さな缶を取り出し、もう一方に投げ渡した。
「「かんぱーい!」」
缶を開け、二人同時に中身に口をつけた。それが致命的なミスだと気がつくことは、おそらくないだろう。
「ぷはあ! うまいなこ……」
その感想は、最後まで声になることはなかった。
オレが背後から首を切断したからだ。
頭部が転がり、切断面から血を流して胴体が倒れる。床に落ちた缶から流れる液体が、血と混ざって床を覆っていく。
「ひっ! て、てきしゅう……!」
助けを呼ばれる前に、床を蹴って一気に距離を詰める。そして、同僚の血が未だに纏わりついているセイバーを、逃走しようとするその背中に振り下ろした。
「た……たす、け……」
懇願は誰にも届かず、斜めに大きく切り裂かれた背から飛び散る血が、オレの頬に付着した。
無言のまま右手の甲でそれを拭った時には、眼前の床は二体分の血と飲料で水溜りができていた。
無意識のうちに、視線が倒れている機人に向いた。修理は不可能、もはや唯の鉄屑でしかないそれ。傍らに転がった二つの缶が、それらが数瞬前まで人間と変わらぬ言動をしていたことを示していた。
胸部付近に、ちくりとした軽い痛みを覚えた。……おかしい。攻撃は一切受けなかったはずだ。
『破壊と殺戮の申し子として創られたお前には、喜ばしいことであろう?』
「つ……」
不意に、皇帝の言葉が蘇る。また耳鳴りがして、額を押さえた。
「……異常は、無かったはずだ」
〈破壊と殺戮の申し子〉。そう呼ばれた瞬間に生じた、軋むような頭痛。
これが初めてではない。ここ最近、殺戮兵器と呼ばれる度に生じている。何度かメンテナンスもしたが、回路には全く異常が無かった。このような痛みが生じる要因など、何もないはずだというのに。
オレは首を振った。今思考するべき事項ではない。ミッションに集中しなければ。
ドアを破壊し、部屋全体を埋め尽くすほど巨大なコンピュータを起動させる。額のバイザーから伸ばしたコードを接続し、データのコピーを開始する。青いモニターに数字とグラフが高速で流れていく。
その時だった。
『コンピュータニ不正アクセスアリ コンピュータニ不正アクセスアリ 機密保持ノタメ 爆破システムヲ作動シマス』
サイレンとアナウンスが、コンピュータルームに反響する。赤に変更されたモニターには「Error」の文字がひたすら羅列されていた。
ここまで来てセキュリティが……やむを得ない。コードを外し、右耳と一体化しているインカムをから簡易転移システムの起動コマンドを入力し、撤退しようとした。
「あぐっ!?」
その瞬間、突如全身に電流が走った。何が起こったのか理解できぬまま、がくりと膝が折れ、その場にうずくまった。
「な、何故……」
脱出しようにも、全く自由が利かない。けたたましいサイレンの音に、思考回路が押し潰されていく。
『爆破シス……ガガッ……作……マス……バ……ガガガッ……サ、ドウ……』
ドガンッッ!!
「……マティウス様、工場の爆破、完了しました」
「うむ、ご苦労。……これでよい。真実を知るぐらいならば。お前は永遠に、余の操り人形なのだから、な」