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メンタル

<メンタル>


『ヘルカンRPG』

剣と魔法と銃が混在する世界で、クエストをこなしていくネットゲーム。


僕は剣爺というキャラで戦っている。

でもジョブは銃がメインのアーミー。


すぐに結衣さんがログインしてきた。

結衣さんのキャラは由比小雪という名前。

ジョブは魔法を使う賢者。


そこにベルセル鬼さんが合流してきた。

ロードという上級職で、剣も魔法も使う。

中の人は、生駒さんの弟さんの晃さん。

ニートの先輩だけあって、キャラの強さは半端ない。


さらに新米僧侶のキャサリンさんは、生駒優奈さん。

ファミレスの話し合い以来、仕事が終わると僕らのパーティーに参加するようになっている。


最初は弟さんとの接点の為にゲームを始めたのだろうけど、今は一番熱くハマッているようにみえる。


思い出すな。

あのドンドンレベルが上がる初期のころは楽しいんだよね。


『剣爺:では予定通り原始龍を狩りにいきましょうか。雑魚は僕にまかせてください。』


『由比小雪:私は大物の足止め重視で行きます。』


『ベルセル鬼:じゃあ俺は原始龍を真正面から受け止める。』


『キャサリン:回復がんばりまーす。課金してパワーアップしたから今日は死なないよ。』


『ベルセル鬼:姉貴、また課金したのか。社会人パワー恐るべし。』


『由比小雪:私も課金しましたよー。今日の私にMP切れはないと思ってください。』


『剣爺:…晃さん、僕らは実力で頑張りましょう。』


『ベルセル鬼:だね。俺達は金の力なぞに頼らず、PSプレイヤースキルで頑張ろう。』


『剣爺:おおおー!』


そして僕ら四人は出発する。


10分後。


原始龍との戦いが始まった。


キャサリン(生駒)さんは動きが悪いのでバンバン殴り飛ばされる。

でも、課金で手に入れた防具が強力で全然死ぬ様子がない。


由比小雪(結衣)さんも、バカバカ大型魔法を放つのに、ガンガン課金アイテムでMPを回復して大活躍。


剣爺(僕)とベルセル鬼(晃)さんは、凄いテクだけどボロボロになりながら戦った。

この原始龍と言う敵は、本来は8人くらいで倒す敵なのだから苦戦はあたりまえ。


でも4人で倒しきってしまった。

周りで見ていたほかのプレイヤー達から『GJ』というメッセージが大量に飛んでくる。

中には『課金アイテムが凄かった』とかいっている人もいるけど、それは僕も同感だね。


金は剣よりも強し。


大事なことだから一生忘れないようにしようっと。


由比小雪(結衣)さんとキャサリン(生駒)さんが、毎週いくら課金しているかの話題で盛り上がっている場所から離れて、剣爺(僕)とベルセル鬼(晃)さんは崖に座った。


『ベルセル鬼:課金の力ってすごいよね。』


『剣爺:ホントですね。社会の縮図を見る思いですよ。』


『ベルセル鬼:ヤベ、ちょっと虚しくなってきちゃったよ。』


『剣爺:正気に戻ってください!現実を見ちゃダメですよ!僕らのリアルはゲームの中です。』


『ベルセル鬼:そうだね、危なかった。危うくハロワに行こうとしてしまった。ふぅ、危ないあぶない。』


『剣爺:部屋の中こそ正義です。』


『ベルセル鬼:だな!』


隣の家から結衣さんが誰かと話す声が聞こえてきた。


『剣爺:あれ、結衣さんがスカイプしてるっぽい。』


『ベルセル鬼:ああ、姉貴も隣の部屋で話してるみたいな声が聞こえるな。』


『剣爺:二入で話し始めたんですかね。』


『ベルセル鬼:きっとそうだよ。こりゃ長くなるな。話が終わるまで2人で軽いのでも狩りに行こうか?。』


『剣爺:そうしましょうか。この2人の話は長いですからね(汗)。』


そして僕達二人は、女性二人を置いて狩りに出た。

二人をおいて戦いに行ったせいで後からあんな事になるとは、このときは思いもしなかったけど。


次の日


僕と結衣さんを乗用車が迎えに来てくれた。

運転しているのは生駒さん。

助手席には背の高い痩せた男性が座っていたけど、一目で晃さんだとわかった。

理由は分からないけど、なんとなく。


結衣さんは今日は車椅子ではない。

長下肢装具という、足を完全に固定するフレームをつけて、杖を突いての移動だ。

危なっかしいので、僕がぴったりついてないと怖くてしょうがない。


結衣さんを抱えて車に乗せてあげると、生駒さんが笑顔で僕を見る。

「健二君は、まるで結衣さんと姉弟みたいですよね。息がぴったりって感じ。あ、私の隣に居るのが弟の晃です。今日はヨロシクね。」


僕も結衣さんも挨拶をすると、晃さんも助手席からペコリと頭を下げる。

「初めまして・・・っていうとなんだか変だな。よろしく。」

僕も苦笑いが出た。

「たしかに変ですよね。毎日ゲームの中では会ってますし。」


結衣さんは座りが安定すると生駒さんに笑顔を向ける。

「優奈さん、今日はありがとうございます。お休みのところわざわざ車まで出してもらっちゃって感謝しています。」

「良いんですよ。それに私も見てみたかったので。昨日から楽しみだったんです。」


晃さんは怪訝な顔で生駒さんを見る。

「姉貴、ところで今日の目的をまだ聞いていないんだけどドコいくんだ?。由比小雪さんの手伝いだってことらしいけど。」


僕も結衣さんを見た。

「そういえば僕も聞いてないんですけど…、ドコいくの?」

それを聞いて晃さんが微妙な表情で僕を見た。


「健二君は理由も聞かずに朝から手伝ってるんだ。ほんと仲が良いね。」

「まあ、毎日12時間以上声の届くところに居ますからね。どこか行くっていうと心配になっちゃうんですよ。」


結衣さんは嬉しそうに僕の頭をガシガシ撫でる。

「用が済んだら、お礼に食事は私もちにしちゃうからね。好きなもの食べていいよ。」

「ういーっす。食べるものを考えておきます。」


そんな事を言っているうちに車は発進した。


発進するなり結衣さんは楽しそうに笑い出す。

「あはは、いつものパーティーなのに新鮮ですね。」


言われて見ればこの4人は週に5回以上は一緒に戦っている。

いつものメンバーといえば、たしかにいつものメンバーだけどリアルだと新鮮だ。


晃さんも不思議そうな顔をしてこちらを見た。

「たしかに不思議ですね。そういえば健二君って何歳?」

「僕ですか?今年で17歳です。」

「そうか、おれより4歳年下か。若いとやり直しもやりやすそうで羨ましいな。」


生駒さんが、信号で車が止まると同時に、ジト目で晃さんを見る。

「晃も充分若いでしょ。」


ふと結衣さんを見てみた。

「そういえば結衣さんって何歳ですか?」

するとニコリと微笑み返された。


「優奈さんと同い年だよ。」

「この場で最年長?」

「言い方!健二君、ちょっとそこに正座しようか?」

「まあまあ、結衣さんはオトナなんだから僕のいう事なんて許しましょうよ。お詫びにコンビニにパシリしますから。」

「なら許す。」


そんな馬鹿な話をしていたら、すぐに1時間ほどたってしまい、僕達は港区にある介護用具を扱う会社に着いた。


結衣さんの肩を組む。そして車の外に出してあげ、松葉杖を渡す。

この足固定型の結衣さんの面倒を見るのは初めてだけど、なんとなく本能的にどうしたらいいか分かるのには我ながら驚いた。

いままで積み上げた経験が、スムーズな補助をさせてくれているのだろうか。

経験って大事だな。


カッツン

 カッツン


両足をいっぺんに前に振り出すように歩く結衣さん。


運動量が凄そう。

基本、食っちゃ寝の結衣さんには大変だろう。

腰を持って手伝ってあげよう。


そうやって会社に入ると、まるで病院のリハビリルームのような作りになっている。

すぐに案内の女性が近づいてきた。

「いらっしゃいませ。本日はご見学ですか?。」


結衣さんはポケットから、家でプリントアウトしておいたらしい紙をとりだした。

「はい、歩行補助の体験を予約したのですが。」


「叶様ですね。はい、用意はできておりますのでこちらへどうぞ。」

係りの女性は手馴れた感じで結衣さんを補助して奥の部屋に案内してくれる。


その部屋に入ったとき、すごい近未来な光景が目に飛び込んできた。

まるでロボットのようなマシーンがいくつも並んでいて、科学者っぽい係りの人が忙しく動いている。


義足や義手のロボットも置いてあり、おもわず足を止めて見渡してしまった。


後ろから晃さんの興奮気味の声も聞こえる。

「すげええ、なにコレかっこいい!」

みると目が輝いている。


多分僕の目も輝いているだろう。

だって近未来的な部屋にロボットみたいなのが沢山並んでいるんだもの。

興奮するよね。


結衣さんは係りの人に案内されるまま、大きな椅子に座る。

そこにはパワードスーツのような脚用フレームが置いてある。


「結衣さんもしかして、今日はそのパワードスーツ体験を?」

「そうだよ。面白いと思ったから生駒さんもさそってみたんだけど、どう?」


すると晃さんが食い気味に踏み込む。

「これは一見の価値が有りますよ。いやあ来てよかったです。凄いですね!」

喜んでくれて何よりです。


そんな話をしてる間にも、係りの人が手馴れた手つきで結衣さんにパワードスーツみたいなフレームを足に設置する。

そして重そうなリュックを結衣さんが背負うとリモコンをとりだした。

「ではユックリ立たせますのでバランスを取ってみてください。」


ウィィィン


モーター音と共に係りの人の補助で結衣さんが立ち上がる。

「おおおお、結衣さんそれ凄いですよ。カッコイイ!」

「あはは、健二君の目がメチャクチャ少年の目になってるね。」


当たり前でしょ。


すると係りの人に付き添われて結衣さんがモーター音と共にユックリ歩き出す。


ウィィィン 

  ウィィィン

    ウィィィン


おお、すげええええ。

近未来感が半端ない。


そこから結衣さんは係りの人に質問を始めた。

「これってどのくらいバッテリーがもつんですか?」

「連続で3時間くらいです。車椅子を併用したり、スイッチを切って長下肢装具として使用することで、かなり長く使えます。」


「どのくらいで慣れるものですか?」

「屋内訓練20時間と野外訓練20時間くらい行っていただくことになっております。」


「予備のバッテリー込みで買うといくらくらいになります?。」

「現在は政府からの補助もあまり出ませんので歩行訓練費込みで、約600万ほどになります。」


結衣さんは少し考える。

「じゃあ買います。」


「「「ええ!」」」


あまりの即決振りに、僕らは声を上げてしまった。

700万ですよ!


係りの人も驚いたようだけど、スグに冷静になる。

「それでしたらローンについて別室でご相談させていただきます。」

「いえ、一括で払います。600万円ですよね。一括で良いですよ。あと電動カートってあります?」


「え・・・あ、はい。そちらに並んでおります。」

「じゃあ、これをつけたまま乗れるのを探したいんで、このまま試してもいいですか?」

「なるほど、それでしたら補助をいたしますのでこちらへどうぞ。」


結衣さんは歩行補助の機械をつけたまま電動カートにのる。

なんか電動椅子と違って四輪スクーターって感じ。



晃さんと一緒に性能表を見て回った。

「健二君、これって凄いね。一回の充電で30kmも走れるみたいだ。」

「しかもエレベーターにも乗れるって書いてありますよ。小回りも効くし免許もいらないんですね。へー、面白いですね。結衣さんが買ったら借りて乗り回したいな。」


「じゃあコレください。」


結衣さんはその場で、一番小回りが利きそうな電装カートを買ってしまった。

もちろん即金で。


電動歩行アシスト装置は、さすがに係りの人に即金で買うことをとめられてた。

というのも、もうすぐ補助金が出るようになりそうなので、まずは訓練を終了させて購入はそれから考えた方がお得かもしれないとのこと。


商売的には今すぐ売りつけたほうが良いだろうに。こういう福祉関連の会社の人は親切だな。


そうしてこの会社を後にする。

当然結衣さんは車まで、さっそくノリノリで電動カートで移動。

楽しそうに結衣さんは指でクイクイと自分の背中を指す。

「そこの少年、乗っていくかい?」

「やっほー」


もちろん僕は迷わず乗った。立ち乗りだけど面白い。

「結衣さん、僕、海が見たいわ。」

「そうかい、飛ばすからしっかり掴まってなよ。」


うぃいいいいいいい。


時速4kmくらいの速度で電動カートは唸りを上げる。

結衣さん上機嫌。

「あはははは、いま私、風になってる。」

微風が頬をくすぐる。


なんか楽しい。


駐車場を一周したところで、生駒姉弟の生暖かい視線と目が合った。

「あ・・・」


あわてて結衣さんはメガネをクイクイ直すフリをして、今のはしゃぎ具合を誤魔化そうとしている。

そうだね、恥ずかしいよね。

大丈夫、きっと生駒姉弟は大人の対応をしてくれますよ。


そしらぬ顔で結衣さんは生駒さんの車に乗り込んだので、僕は電動カートを畳んでみた。

驚くことにこの電動カート、椅子の部分を取り外したら車のトランクに格納できたのだ。

すげー。

便利すぎー。


車内では電動カートが思ったよりも面白いという話題で盛り上がり、お昼を食べる場所に着いた。

大きなお店ではないけど、五反田のハンバーグ店。

キャパ15人くらいの小さなお店だけど、美味しいと評判。

結衣さんはハンバーグが大好きらしいので、ここにしてみた。


それぞれ思い思いのハンバーグを注文して待っている間、晃さんが結衣さんの金払いのよさを話題にしてきた。

そりゃ600万を即金で払おうとしたら驚くよね。

僕も結衣さんが1000万も貯金がある事を知らなかったら驚いたと思うもの。


ちなみに、結衣さんは貯金と運用資金と生活費は別に考えている事を最近知ったんだよね。

貯金と言うのは、本当の意味で「使わずに溜めているお金」のこと。


運用資金2000万を証券口座に残して、

使っていない余っているお金が貯金1000万台ということらしい。


資本金300万からはじめて、4年で10倍以上にしたのだから凄い。


そのことを話したら晃さんが目を丸くしていた。

結衣さんは20歳で半身不随になってから、折れることなく4年でそれだけ稼いだんだ。

普通驚くよ。


それを聞いてショックを受けている晃さんに生駒さんが微笑んだ。

「ね、結衣さんは凄いでしょ。そうやって4年で稼いだ金の力で、こんどは歩こうとしているんだから。私は尊敬しちゃうな。」


結衣さんは照れてグニャグニャになっている。

この人は凄い照れるから僕は言わないけど、逆境に折れなかったメンタルは僕も尊敬する。


晃さんは結衣さんがデイトレーダーな事は生駒さんから聞いていたらしく、興味津々な目になる。

「デイトレードで勝つのに一番大事な事って何ですか?」


そういえば、僕も聞いた事なかったな。

結衣さんは迷わず答えた。


「メンタルね。トレードはマシーンのように淡々とやれれば勝てるんだよ。でもそれが出来ないのが人間の悲しいところでね。メンタルが崩れると損ばかり増えるから大変なんだあ。」


晃さんは混乱した表情になる。

「予測力とか決断力とかではなくて、メンタルなんですか?」


「そう、予測力も決断力もメンタルの上に成り立つものなんだよ。全ての判断の大元のメンタルを支配しないと正しい判断はできないからね。」


そこで注文していたハンバーグが来た、

結衣さんのハンバーグは、チーズクリームinハンバーグ。ジュージュー音を立てて良い匂いがする。


晃さんがさらに何か聞こうとしたけど、もう至福の表情になった結衣さんの耳に声は届かなかった。

「ううう、肉汁がジューシーなだけでなく、ハンバーグに閉じ込められたチーズがクリーミーで美味しいいいい。なにこの美味しさ、ありえないでしょー。」


あかん、この人、麻薬患者級に目が逝っちゃってる。

せめて曇っためがねを拭いてあげよう。キュッキュッ。


生駒さんも釣られて微笑んだ。

「結衣さんは、ほんとうに幸せそうに食べますね。あんまり美味しそうにたべるんで、自分もそれを頼めばよかったって後悔しちゃいました。」

「それは同意します。結衣さんて食いしん坊なんですよね。」


メンタルの話は僕も聞きたかったけど、食べ終わるまで待つしかないな。

今は何を聞いても「美味しい」以外の返事は期待できないから。


そう思いながら僕もハンバーグを食べる。

う、なんじゃこりゃ。美味しい。

ハンバーグにニンニクの風味とか素晴らしい。

しかも、一緒についてきたマッシュポテトもクリーミーで謎の美味しさ。

なんだこれ、なんだこのマッシュポテト。


必死にたべてしまった。

ここ美味しすぎ、また来たいな。


水を飲んで落ち着くと、晃さんがニヤニヤしているのが見えた。

「健二君も結衣さんの事いえないんじゃない。すごい我を忘れた食べっぷりだったよ。」

「う、今日はあんまり言い返せない自覚はあります。。。」


恥ずかしい。


そのあと車から電動カートを持ってきて喫茶店に移動した。

今度はケーキが食べたかったのです。


結衣さんは食後の満足感の中、電動カートで走って幸せそう。

「そういえば、なんで電動車いすにしなかったんですか?」

すると苦笑いされた。


「ほら私は足が全く動かないでしょ。なのに前にスマホをいじった子供の自転車に突っ込まれたことがあったの。もうどうにも出来ずに足に直撃されてさ。そういうとき目の前に身を守るものが何もないのが怖いでしょ。だから電動カートみたいにハンドルや買い物籠が前方に付いていると安心するの。」


僕には想像も出来ない危険が、まだまだあるんだな。


そして喫茶店に入ると、電装カートのまま入店させてくれた。

こういう親切なお店は好感が持てる。

結衣さんを椅子に移してあげると、すぐにケーキとコーヒーを注文。


そして一息ついたので、さっきの話の続きを聞いてみた。

「結衣さん、メンタルの大事さって僕も知ったほうが良いですか?」

「もちろんだよ。トレードっていうのは自分の判断基準をルール化して、厳格に守ることが儲ける一番の近道なの。でもささいな欲でルールをつい曲げてしまうと失敗するものなんだよ。ルールを厳格に運用するのはしっかりしたメンタル。メンタルさえ強ければルールが多少甘くても大丈夫けど、メンタルが弱いと、どんな優れたルールも意味がなくなる。だからメンタルは大事だよ。」


「ルールかあ。それも勉強しなくちゃですね。」

「まあ追々ね。でもメンタルは教えても難しいんだよね。しかもメンタルが歪むとあっけなく事実よりも妄想が優先してしまうの。それが怖いんだ。」


「僕も妄想していることあります?」

「あるよー。たとえばこの前『今日は利益7000円目指すぞ』って言っていたでしょ。あれはメンタルが崩れている前兆かな。」


「ま、まじっすか?どうして?」

「トレードは『いくら儲ける』なんて決められないんだよ。私達が決められるのは値幅の差額を見極めて、『値幅の中で売り買いする』ことだけ。こちらがどのくらい儲けたいかなんて、相場には関係いの。なのに『目標金額まであと3円』とか考えると負けることになることが多いよ。考えるのは『この銘柄はあと何円動くか?』でしかないからね。」


「ちょっとの考え方の違いなのに・・・。」

「そう、ちょっとのメンタルのゆがみから来る、ちょっとの妄想が人生を狂わすのがトレード。気をつけないとね。」


「あ、もしかして損切りの話もそうですか?」

「そのとおりだよ健二君。たとえば『今売ったら5000円損しちゃ』としても『待てば値が戻るかも』と思って値が戻ることを祈ったら負けね。予定の金額になったらパっと損切りをして、すぐに資金回収。それが出来ないと利益は期待できないから。大抵は『一日だけ待てみよう』って考えるとそこが地獄の入り口だったりするの。明確に予想として『明日も値が上がる』と判断して売らないのと、『明日は値が上がってくれ』と祈りながら売らないのは全く意味が違うだよ。祈ったときは終わりの時だね。」


「祈っちゃダメなのか」

「そう。冷静な時に決めたルールは多分正しいの。でも追い詰められたときに考えることは大抵は希望的観測という祈りでしかない。だから辛くてもルールに沿って損をすることが出来るメンタルがないとダメなんだよ。」


「たしかに、後から考えると『なんでそこでこ買おうとした?』ってところで焦って買おうとしたりしますね。」

「たとえば戦争の話とかで、馬鹿な突撃を繰り返す指揮官の話とか時々あるでしょ。冷静な場所では素人でも笑う決断をその人がしたのは何故か?メンタルが追い詰められすぎて定石というルールを放棄してしまったからなの。追い詰められた状況でないとその愚かな行為の意味はわからないんだよね。

今出してしまっている被害を『しょうがない』って切り捨てるのは怖いから、一か八かさらに攻撃をしてみちゃんだけど、それで軍が壊滅するとしても。株のトレードをやっていると、そういう事を自分の金でしょっちゅうやるんだよ。

メンタルさえ冷静ならばその将軍は『ここまでの被害を捨てないともっと被害がでる』と判断する状況も、メンタルが崩れると『こんなに被害を出したのに今退いたら被害が無駄になる。せめて相手にも同じ被害を出さないと』とか考えたりする。

こういうメンタルの差はちょっとの差だけど、利益や損としては大きな差になるんだよ。それがメンタルの効果だよ。」


「欲にも恐れにも左右されないメンタルが大事・・・・ってことですね。」

「そのとおり。大事なのは淡々と犠牲も利益も無視して堅実にトレードをすること。」


「時々、このままじゃ100円くらいしか利益が出ないってとか思って『せめてあと1000円は利益が欲しい』とか思っちゃうんですよね。」

「あるよねー。さっきも言ったけど、でもトレードはいくら儲けるかは考えちゃダメ。大事なのは差額を見抜いてプラスになったら勝ちってこと。100円しか利益がないのがしょぼいとか思って欲を出すと、すぐに1000円くらいのマイナスがでるから。ルールを信じて強いメンタルで運用しないとね。最終的に1円でも利益が出れば勝ちだって忘れないことも大事ね。」


晃さんが難しい顔で頷いている。

「言われて見ると俺の失敗もそういうのが多いな。HPが三分の一になったら回復しようと決めていても、MPをケチってあと少し頑張ろうと思うった時に限ってHPがゼロになって死んだりするんだよな。死んだほうが損なんだからMPをケチったほうが馬鹿なのにさ。そこで強い気持ちでMP消費して回復するのもメンタルなのかな。」


結衣さんは嬉しそうに頷く。

「そうですよ!そいうことなんですよ。希望的観測をせずに損を恐れずルールを守る。それが大事なんです。私もメンタルの重要性に気づかいていなかったときは失敗をくりかえしました。ゲームと違ってトレードだと大金を失いましたよ・・・。」


生駒さんが興味深そうに話をうながす。

「結衣さんでも失敗しているんですね。私達の経験のためにも是非教えてください。」


「そうですね。一回30万ほど一瞬に失ったことがあるんです。」

「まあ、それは大金を…」


「わたしは焦りました。で、さらにお金をツッコンだんです。でもこの時の正解は『その日は取引を終わりにする』です。なのに焦った私は失敗を選んだ選んだので、当然そのせいで被害額は50万に増えました。泣く泣く損切りをしたんですが、その50万を早く取り戻したくて、次の日から無理して大きくポジションを取ったんです。それがまた大崩の原因になりました。

今考えれば利益を得るためにギリギリを狙いすぎれば危険が増すのは当然なのに。そうやって焦って取り返そうとすることを続けたら一週間で200万円失いました。そこでやっと冷静になって利益を求めずコツコツトレードをする方針に変えて、10週間で取り戻せましたが。あれは本当に馬鹿な行動でした。でもそういうメンタルの状態だと、馬鹿をしているって気づけないんです。恐ろしいことです。」


恐ろしい話を聞いた。

僕だったら200万円も失ったら立ち直れないね。

くわばらくわばら。


そのあと車で家まで送ってもらい、おやつを食べた後くらいにゲームにログインしてみた。

すぐにさっきの四人で合流し、黄金龍という敵を倒しに行くことになる。


『ベルセル鬼:黄金龍は攻撃力が強いから、HPが半分くらいになったら即回復すること。では突撃!』


晃さんの合図で突撃開始。


確かに黄金龍は攻撃力が高い。

でも、一撃で受けるダメージは精々25%程度。


結衣さんはHPが三分の一も減ったら神経質に回復している。

だけど、見ると生駒姉弟はHPが半分近く減っているのに戦い続けていた。


そこで黄金龍がブレス攻撃をしてきた。

その攻撃で、あっけなく生駒姉弟は死亡。

戦力不足なったので、僕と結衣さんも耐え切れず、パーティーは全滅してしまった。


生き返ったあと、酒場で反省会。

『ベルセル鬼:自分で言っていたのにHPを回復させずに死んでしまってごめん。』


『キャサリン:これが結衣さんが言っていたメンタルの問題なのね。冷静な時と緊急時は思考が変わるから、冷静な時に考えたルールを守るメンタルが大事って事、思い知りました。』


『剣爺:僕もいい勉強させてもらいました。なるほどね。』


『ベルセル鬼:あれだね。つまり俺たち姉弟は株には手を出さないほうが良いタイプだって事かな。

結衣さんくらいチキンな回復するメンタルが大事だってって言うのも分かったよ。』


『キャサリン:そうね、それは間違いない気がする。結衣さんは神経質なくらい回復していたけど、株のトレードにはああいう、神経質な防御のメンタルが必要だってことね。』


『剣爺:つまりチキン最強ですね。結衣さん最強。』


『由比小雪:ちょっと、おかしくない?私がディスられてるよね?』


怒れ由比小雪。

僕達への怒りを次の敵にぶつけるのだ。


そして今夜もパーティーは奇妙な連帯感で戦い抜くのだった。

僕の自慢は、欲や恐れで軽々曲がるマイメンタル。

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