株売買の勘違い
<株売買の勘違い>
結衣さんは、僕がコンビニで買ってきたWEBマネーで早速ゲームに課金をしていた。
「うーん、1万円じゃたいした拡張ができないんだね。思い切ってもう5万円くらい突っ込むべきかな。」
あまりの金額にちょっとビビったす。
「いやいや、いきなりそんなに課金しないで様子を見たほうが良いですよ。もっと気に入るゲームが出てくるかもしれないですし。」
「うーん、でも10万や20万くらいなら無駄金になっても良いから大丈夫だよ。」
「まじですか・・・。大人の資金力はすごいな。」
「稼いでいるけど使わないからね。それにデイトレードを続けているとお金がただの数字に思えてくるの。そうなると10万やそこら惜しくなくなるんだよね。」
「すげー。デイトレすげー。」
その後は僕は自分の部屋に戻り、課金でパワーアップした結衣さんと共にゲーム内の強敵と戦った。
次の日、なんとなく結衣さんの部屋から聞こえる音楽で目を覚ますと、7時だった。
そういえば昨日も結衣さんが寝るって言い出した1時にゲームをやめて、風呂に入ってから寝たんだよな。
お陰で朝からスッキリ目覚められた。
なんとなく、そっとカーテンの向こうの気配を探り、カーテンを開けても大丈夫か確認してみたら。
結衣さんのお母さんの声もしたので、今はカーテンを開けない事にした。
やることも無いので、朝ごはんを探しに1階に降りる。
すると、久しぶりに出社前のお父さんと顔を合わせる。
一ヶ月ぶりくらいかな。
お父さんは何とも気まずそうな顔をしたが、一応挨拶はしてきた。
「おはよう。」
「んー。」
適当に返事だけして、自分の分のパンを焼く。
そこで、少し気なったので聞いて見た。
「ねえ、お父さんは株とかやったことある?」
「ん?なんで急にそんな事に興味を持ったんだ?」
「最近、そういう話をよく聞くからさ。」
「そうか。一応勤めている会社の株は2000株ほど持っているぞ。ま、退職するまでお金に換えないと思うが。」
以外に身近にも株はあったんだな。
「株のトレードをやってみたいんだよね。」
その言葉に、お父さんは顔をしかめる。
「株みたいな危ないものはやめておけ。お父さんの取引先の社長も、FXや商品取引とかしていたんだが、先日の暴落で5億円も損失をだしたらしいぞ。」
「5億とか想像もできない損だな。」
「ああ、だからやめた方がいいぞ。」
そういうと、お父さんは時計を見て急いで玄関に向う。
そのお父さんの背中を見送ってから、ゆっくりパンを食べ始めてみた。
トレード怖いな。
お母さんはコーヒーを淹れてくれた。
「今日は早いんだね。なんか出かける予定でもあるの?」
「いや、隣の結衣さんとネットゲームをしてたら、結衣さんがさっさと寝たから釣られて寝ちゃったんだ。」
するとお母さんは、なんともムカつくニヤニヤをする。
「随分と仲良くなったねえ。お隣の奥様からも『遊びに来てくれてありがとうございます』ってお礼言われたんだよ。やっぱり影響あるもなんだね。」
「何が言いたいんだよ。」
「社会復帰には、他人と接点を持つのが一番だねって話だよ。」
なんかイラっとしたから、さっさと食事を終わらせて二階に上がる。
何も考えないでカーテンを開けてしまった。
そこに結衣さんは居なかった。
まあ、居ないときもあるよね。
そう思っていると、結衣さんの部屋のドアが開いて車椅子の結衣さんが入って来た。
「あ、健二君おはよう。今日は早いんだね。」
「おはようございます。昨日は結衣さんに釣られて早く寝ちゃったんで目が覚めたんです。」
「そうかそうか、それは良い事だね。」
ニコニコそんな話をしながらも、結衣さんは車椅子からズリズリとベッドの上を這う。
足が使えないって、僕が思っていたよりも大変そうだな。
いつもの位置まで来ると、手で自分の足の位置を動かして体勢を安定させている。
その様子を見ていて、結衣さんは体が不自由だという事を今更実感した。
「トイレとか大変ですね」
言ってから無神経な事を言ったと思った。
だが結衣さんは表情を変えずに頷く。
「そうなんだよね。でも部屋にオマルを置くとリハビリにならないから、せめてトイレは頑張ってるの。」
なんとも返事に困った。
多分苦笑いが出ていると思う。
その空気を呼んだのか、結衣さんは急に照れる。
そこで結衣さんの部屋のアラームがなった。
ピピピ、ピピピ、ピピピ
「おっと、お仕事の時間5分前だ。」
そういうと手早くパソコンの操作を始める。
「開始時間は大事なんですか?」
目を爛々とさせてこちらを見る。
「開始直後が一番大事なんだよ。そこで判断を誤るかどうかで、儲けは大きく違うから。」
すぐにまたパソコンを操作し始める。
ぶつぶつ『NYダウが下がり気味か』とか『お、円が2円も上がってる』と独り言を言い始めた。
邪魔しては悪いので、僕は自分のパソコンをつけて日課のWEB巡回を始めた。
しばらくボーっとWEBの漫画を読んでいたら結衣さんの声がした。
「おーい健二君、元気ー?」
みると11時。
「元気に漫画読んでいますよー。今日は早いですね、もう予定金額に行ったんですか?」
「その逆。もう今日は無理そうだから諦めたの。場が滅茶苦茶なんだもの。」
ふと朝のお父さんとの会話を思い出す。
「先日の暴落のせいですか?」
「おお、勘が良いね。中国大暴落のせいで一気にみんな下っちゃってね。なんかわからなくなったから、売りを入れて14時くらいまで放置することにしたんだよ。もう読めないもの。無理無理。」
「そうですか。そうそう、今朝お父さんに株の話をしたら、お父さんの取引先の人がFXや商品取引とかいうので5億も損したらしいです。株って怖いですね。」
すると結衣さんはメガネをキランとさせて位置を直した。
「ああ、それは素人さんが良く間違えるんだよね。FXや商品取引は株取引じゃないんだよ。」
「え、違うんですか?」
「うん、FXって言うのは為替の差額を儲けるもので、商品取引は先物取引とも言うんだけど、野菜や果物の輸出入の差額で儲けるものなの。システムも全然違うけど、株取引以上に身を滅ぼす人が多いんだよ。」
「株より怖いんですか。じゃあ超怖いってことですね。」
「それは取引の仕方次第だね。ちゃんとした知識さえあれば怖くないとだけ言っておこう。それに株で5億も損できる人はそんなに居ないから、その危機を自分に置き換えなくても大丈夫だよ。一晩で5億損できる人は50億以上は持っていると思うから。」
「そうですか・・・安心しました。そうですよね僕が頑張っても5億損するのは無理ですよね。」
「そうそう、だって5億損するためには5億以上運用しないといけないんだから。」
「なるほど。ついでですが、株と勘違いされるものってFXや先物取引以外にも何かあります?」
「そうだね。信託とか債権購入かな。」
「なんか時々聞く名前ですね。」
「CMとかもしているからね。信託っていうのは銀行や証券会社にお金を預けて『あなたの力で株運用してお金を増やしてください』てお願いするシステム。債権って言うのは国にお金を貸して利子を貰うことね。」
「債権はイメージできますけど、信託っていうのがあるなら個人で株のトレードをする必要はなさそうですね。」
「ノンノン。私みたいに自分で判断する人間にとっては信託って怖いんだよー。だってお金を預けた後は手も足も出ないんだもの。しかも沢山儲かっても決められたパーセンテージ以上の金は銀行や証券会社のものになるし。運用に失敗して元金が減ってもそれに関しては補填してくれないし。」
「すいません、わかりやすく・・・。」
「うん要は、信託は沢山儲けてもコチラには少ししか利益をくれないのに、向こうのミスで元金が減ったら『テヘッ』って言われて損はコッチもちって事。」
「ひどくない?」
「ひどいかもね。だから私は怖いから信託なんてしないんだ。」
「なるほど、納得です。」
なんか微妙に理解できなかったから、あとでWEBで調べて復習しておくか。
「じゃあ結衣さん、今日は早いですけどコンビニに行こう思います。なんか買うものあります?」
結衣さんは少し考えてグーを握って答える。
「じゃあコンビに弁当が食べたい。ハンバーグ的なやつ。あと無糖紅茶。」
「わかりました。じゃ着替えていってきます。」
すると、滑らかに財布と鍵をコッチに投げてきた。
「健二君も好きなもの買っていいよ。健二君のお弁当も買ってきなよ。」
「やった、じゃあ買ったものは事後報告で。」
さっそく着替えた。
コンビニに行く。
なんかこのごろ毎日外出しているな。
日光に当たると生活リズムが整うって言う説もあるらしいから、コンビニパシリのせいで最近の僕は早寝なのかもしれない。
コンビニでお弁当と飲み物を買って、ガチャリと叶さんちに入る。
「お邪魔しマース」
ズンズンに買いに上がりノックをした。
コンコン
「健二です。」
「どーぞー。」
ガチャリとはいると、早速買ったものを見せた。
そして失敗に気づいた。
「あ、電子レンジであっためて貰うの忘れてた・・・。あのー、電子レンジを貸してもらっていいですか」
結衣さんに笑われてしまった。
「キッチンにあると思うけど、私は自分で使わないから場所はわからないな。適当に探して使ってもらっても良い?」
「はい、では温めてきます。」
1階に降るとスグに電子レンジは見つかった。
温めていると、二階から結衣さんの大きな声が響く。
「健二君ごめん、コップも適当に探して持ってきてもらって良い?」
「はーい。」
横に洗ったコップがあったので、あっためたお弁当と一緒にそれを持って、二階に戻った。
「お待たせです。」
そしてお弁当をモグモグ食べる。
「これこれ、久しぶりに食べると懐かしくていいよね。一人暮らししていたころは毎日コレだったんだよ。」
結衣さんは嬉しそうだけど、毎日コレって言うのはどうなんだろう。
食べおわったら、お茶を飲みながら窓を見る。
よく見ると、僕の部屋のカーテンが空いていた。
・・・・ん?
なにか違和感を感じる。なんだろう?
そして気づいて結衣さんを見た。
「あの、もしかして僕はカーテンを開けたまま着替えてました?」
「・・・うん。気にしない人なのかと思って何も言わなかったけど、もしかして教えたほうがよかった?。」
・・・気まずい。
もうこれは無かったことにしよう。
諦めて話題を変えることにした。
そこで結衣さんが恥ずかしそうにこっちを見る。
あ、この話題を変える気がないのかな。
でもそうではなかった。
「あの健二君、恥ずかしいお願いなんだけど、着替え見た間だし少しくらい恥ずかしいお願いをしても良いよね。」
よくわからないけど、速攻でうなずいた。
「ええ、なんでもどうぞ!」
「悪いんだけど、トイレまで補助お願いしてもいいかな。」
なんか、どういう顔をしていいか悩んだ。
少しやらしい事のようにも感じたので、可能な限り表情に出さないように答える。
「いいですけど・・・車椅子をそこに移動させましょうか。」
「うんお願い。あ、車椅子はベッドと平行に並べてもらえる?」
車椅子を横に並べると、結衣さんはズリズリと上手に乗る。
「あの、なんか手伝うことあります?。」
「ありがとう。そしたら足を車椅子に乗せて貰って良い?」
たしかに体は車椅子に来ているけど、足は置いてきぼりになっている。
結衣さんにあわせて、足も車椅子に乗せてあげた。
特に指示されなかったけど、車椅子を押してトイレまで移動する。
しかし、ここからどうしたらいいんだろう。
トイレのドアを開けてみた。
すると結衣さんは器用にバックでトイレに入る。
「あの・・・ついでのお願いなんだけど。肩を貸してもらっても良い?」
僕はちょっとキョドったと思う。
でも、何故かキョドっては恥ずかしいという見栄のような気持ちが働き頷いた。
「わ、わかりました。」
でもどうしたらいいんだろう。
すると結衣さんは説明しなれているのか、わかりやすく教えてくれた。
「まず私がつかまるから、お姫様抱っこみたいに横に動かして欲しいの。」
緊張した。
矢作健二16歳。女性をお姫様抱っこするのは初めてです。
抱えようとすると、結衣さんはしっかり僕の肩に腕を回し、がっちり僕の首を抱く。
そこで僕は結衣さんの足を抱えてお姫様抱っこ。
二歩ほど下って結衣さんを便器の上に乗せた。
ちょっとの事なのに、滅茶苦茶緊張した。
結衣さんを凄く女性として意識してしまったかも。
「ここからは1人でできるから、外でちょっと待っててね。」
「はい!」
僕は素早くトイレから出ると、ドアを閉めた。
ふう、緊張した。
しばらくして、トイレの中から声がした。
「ごめんね健二君、じゃあまたお願いします。入ってきてもらえますか。」
トイレのドアを開ける瞬間、一瞬躊躇したが開けないとしょうがないんだよね。
「失礼します。また車椅子に移動させればいいですか。さっきと同じ要領ですよね。」
「うん、お願いします。」
またお姫さん様抱っこモードで車椅子に移すと、部屋に戻ってきた。
なんかベッドにもお姫だっこで移動させてあげると、動かない足を手で移動させながら結衣さんはこちを見る。
「男の子に変な事させちゃってごめんね。お願いしておいて何だけど、嫌だったら嫌って言ってね。」
「僕は大丈夫ですよ。それよりも毎回アレじゃ大変ですね。体が不自由な人の大変さをナメてました。」
「私も足が動かなくなって初めてわかったんだ。みんな大変だって。」
「僕だったら、時々間に合わなくて床を汚しそうです。」
すると、結衣さんはスッと目をそらす。
「時々そうなることもあるんだよ。コッチの家ではまだないけど、前の家の時はこの体に慣れていなかった事もあって何度かやっちゃたの。一回そそうしちゃうと、ずっと匂いが取れないからコッチの家では絶対そうならないように頑張るつもりだけどね。」
今までは、電車とかで身体障害者の人を見ると『邪魔だな』とか考えていたけど、今日の出来事はかなり僕にとって、ショックだった。
こういう大変な生活をしている人を邪魔だとか思っていた自分が、恥ずかしくなる思いだった。
時々、株売買は怖いってことを言うために先物取引やFXを引き合いに出して話す人がいます。
そういう人がいたとき、突っ込むべきか悩みつつ、いつもスルーしています(汗。