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09話 見え隠れする狂気

「一応新世代なんだし、龍脈エネルギーの扱いくらいは分かるよな?」

「直感的に使ってるから理屈は分からないけど、なんとなくは……」


 あいまいな笑みを浮かべるアカネ。

 あの強さは独学か、と俺は屋上での出来事を思い出す。


「龍脈エネルギーは大きく分けて二パターンの使用法に分かれる。『マギクス』と『ユニクス』だ」

「ま、マギ……? ユニ○ロ?」

「そんな幅広い層に人気の衣類専門店みたいな名前じゃねえよ」


 俺はキョトンとするアカネを無視して話を続ける。


「マギクスとユニクス。それぞれマギとユニって略されることが多いな」

「はあ」

「マギってのは、要は『先人たちによって体系化された龍脈エネルギー運用法』のことだ」

「?」


 どうやら理解が及んでいないらしく、小首を傾げるアカネ。仕方ないので俺は、


紅蓮椿ウィル・アグニ

「わっ」


 花開くは紅色の小さな魔方陣。

 指先から小さな火炎の花を咲き、空へ飛んでいく。いつだかの青年たちが用いた炎を小規模化したものである。


「これがマギだ」


 突然の発火にアカネが身構えるが、炎は三秒と持たずに消えていった。


「つまり、昔誰かが考えた効率の良い龍脈エネルギーの使用法をパクって使うのがマギクス」

『ケイスケは下手だからマギが嫌いなんだよね』


 俺は黙って魔血イコル紅蓮椿ウィル・アグニで加熱した。


『あ~~~~~っ! 熱い! やばい凝固する! 血液が凝固するから!」


 サリアは熱に弱い。


「対してユニクスってのは、つまり固有技術だ。俺の魔血イコルやお前の吸血鬼特性もユニに分類される。俺たちは生粋のユニ使いってことだ」

「なるほど」


 アカネが唐突に手を前に出す。そして、


紅蓮椿ウィル・アグニ


 ぼそりと呟く──と。

 一瞬のことだった。

 俺の顔の真横を、豪速の炎花が掠め飛んで行った。


「……は?」

「うわっ、ごめん! まさか出るとは……」


 自分でも驚いたように、アカネは両手を合わせた。

 さも試し射ち、というように放った一撃は、威力、スピードともに実践レベルの水準に達していた。

 チリチリと、俺の長い黒髪が、焦げている。


「……はは」


 くそ、天才かよ、馬鹿にしやがって。

 そう悪態をつきたくなる気持ちをどうにか心の奥底に押し込めて、乾いた笑い声を澄んだ山の空気に響かせる。


「見たものを頭の中でイメージしながらやってみたら、できちゃった……」

「……そうかよ」

「って、あれ、髪の毛焦げてる!? 大丈夫……?」

「んなことはどうだっていい。話の続きだ」

「う、うん」


 立ち上がりかけたアカネを座らせる。


「マギクスは先人たちによって体系化されたされただけあって汎用性が高い。誰にでもそれなりに使えるし、どんな場面にも対応できる」

「じゃあ、ユニクスは……?」

「その真逆。誰にでも使えない技をまとめてユニクスと呼ぶ。俺はお前みたいな黒い羽は出せないし、お前は俺みたいに血液を操ることはできないだろう」


 うんうんと頷くアカネ。サリアが『ボクはケイスケ専用なのだ!』と自慢げに口を挟んでくる。


「マギと違ってユニは汎用性が低い。型にはまれば圧倒的に強いが、はまらなければ一方的に負けるなんてこともあり得る。弱点や短所も多い。だからこそ、強い潜入者レイダーは多かれ少なかれ、マギの扱いに長けている。……俺とは違ってな」

「ケイスケ君は、強いよ!」

「……慰めのつもりか?」

「いや、そういうわけじゃ……」

「俺のことはいいって言ってるだろ」


 アカネの言葉をはっきりと拒絶し、強引に話を戻す。


「龍脈エネルギーってのは、『万能の新元素』であるってのが通説だ。新世代にはその元素を様々な物質・現象に変換する器官が備わっていると言われている。その器官は使いまくれば発達していく。だから、ひたすらガス欠になるまで使ってりゃ勝手に上達する」


 と、そこでタイミングよく腕時計型のレーダーに反応があった。


「ちょうどいい」


 俺は山間から顔を出したヤギとイノシシを足して二で割ったような迷宮生物を指差し、


「あいつ倒してみろよ。方法は任せる」

「わ、分かった」


 アカネはスッと立ち上がると、くるくると手首や足首を回し、軽く屈伸運動。


「よし」


 鋭く目を細め、軽く腰を落とし。

 瞬間──

 地を蹴ったアカネは、風を置いていった。


「はやっ──」


 俺が言い終わる前に、二十メートルほど先にいた迷宮生物に肉薄したアカネは、勢いそのまま空中で一回転すると、探索用のブーツでそいつの顔面にかかと落としをお見舞いした。

 ドゴォッ! と、地面にめり込んだヤギイノシシは瞬時に絶命。まるで一瞬で風化したかのように肉体は朽ち、後には小さな宝石だけが残された。


『アカネちゃん、すげー……』


 俺は後を追って事件現場に向かう。


「久しぶりだから加減が……」


 アカネは「てへへ」と笑っているが、笑い事ではない。


「なんだこれは……」


 クレーターができている。

 小規模だが、山の斜面にくぼみが……。

 確かに迷宮内では新世代の身体能力が向上する。龍脈エネルギーが体細胞全体に行き渡り、活性化するからだ。

 しかし、どれほどのエネルギー変換効率を実現すれば、これほどの馬鹿力が引き出せるのか。

 吸血鬼特性とは、それほどの力を秘めていたのか。

 ――恐ろしい。

 タイマンでやり合ったとして、俺はこいつに勝てるのか……?


『たぶん勝てるよ、今はまだね』


 サリアが俺だけに聞こえる声で話しかけてくる。


『アカネちゃんには戦術がない。持ち合わせた馬鹿力に頼って、それを振り回してるだけ。弱い敵ならいいけど、強い的に当たったらどうしようもないかな』


 確かに、今の一撃も愚直に突っ込んだだけだ。


『これからケイスケが戦術を教えれば、何か変わるかもね』


 俺より才能のある女に、俺から教えることなんてあるのだろうか……。

 なんと言おうが一ヶ月はこいつが付いて回るのだ。今更遅い。


「こりゃ、攻撃にマギやユニを使う必要がねえな。身体強化全振りで十分戦える」

『脳筋だね』

「のうきん……?」


 アカネが首を傾げているので、俺が補足する。


「頭の中まで筋肉ってことだよ」

「そ、そんなことないよ!」


 プンプン怒るアカネを置いて、俺はヤギイノシシが残した宝石のようなものを拾う。


「これが龍脈エネルギーの結晶。こいつをギルドで売れば多少の金になる」

「ちなみにおいくら……?」

「百円くらい」

「安い」

「こんな雑魚から出る純度の低い結晶なんてたかが知れてる。大規模迷宮の敵なら一体数千、いや数万レベルで売れる」

「ほええ、数万……」


 アカネは跳ね上がった金額に面食らっている。


「もちろん倒すのもとんでもなくキツイぞ。普通の潜入者レイダー一人じゃまずどうにもならない」


 俺は結晶を指でピンと弾き、アカネに飛ばした。


「帰ったらそれでジュースでも買えよ」

「え、いいの?」

「百円なんていらねえよ」

「わーい!」


 無邪気に喜ぶアカネを置いて、俺は踵を返し歩き出す。


「ほら、門を探しに行くぞ。迷宮の核なら一つ千円くらいで売れる」

「千円! 千円ほしい!」


 アカネはパタパタと小動物のように後ろをついてくる。

 気を抜かないようにしなければ。

 見た目に騙されればきっと痛い目にあう。

 黒いフードの奥に見え隠れする怪しい緋色の眼は――

 

 今も俺の背中を狙っているかもしれない。


☆★☆


「アれは……」


 眼下に広がる広大な山々を無感情に眺めていると、二人のヒトが視界に入った。


「ひトだ。メずらしい」


 あまり近づきすぎるとヒトにばれてしまう。奴らにとって私たちは敵だ。見つければ必ず攻撃してくる。

 私は遠間から様子を観察することにした。


「アの男……ドこかで見たこと、が……」


 そこで、気がつく。

 フードの女を引き連れ、ポケットに手を突っ込んで山を下っている男。


「ミたこと、が、ある」


 掠れた声が喉から漏れ出す。


「けイ、ちゃん…………?」


 面影。

 最後に見た彼の姿は、涙で顔を歪め、ひたすらに「ごめんなさい」と謝る姿だった。

 ごめん、ごめん、ごめん──そう繰り返すケイスケの姿が、闇に包まれた瞬間、途絶える。


「ワたしを見捨てて、犠牲にして……。ソっか。生きてたんだね」


 溢れ出るのは、私が私であった頃の記憶。


「アは、ははは」


 鮮烈に痛みが、苦しみが、蘇る。


「アははは、ハハハハハハハあははははは!」


 様々な記憶が、感情が、蘇る。


「ヤっと見つけた。……ワたしの愛しい、ケイちゃん」


 いつ会えるのだろう。今はまだダメだ。こんな姿で会うわけにはいかない。



「ハやく会いたいなぁ、ケイちゃん……」



 疼く身体をなんとか鎮めて、私は再びさまよい歩き始めた。

 いつかの再会を、夢見て。


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