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07話 霧沢緋音と​刃鉄卿介の長い一日

 歓楽街。

 潜入者レイダーの子供達が必要な物資を買い集めるための市場であり、単なる娯楽の発信地としても賑わう場所でもある。

 メインストリートは歩行者天国となり、両サイドにそれぞれ多種多様な店が並んでいる。基本的に町並みはかつての東京のままなので、高層ビルの一階部分に場所を借りて店を構えている場合が多い。

 廃墟と化した迷宮発生地域とは違い、この付近はしっかりと人間の手が加えられ、整備が行き渡っている。


「ひ、人が多い……」


 霧沢はフードを深く被り直した。


「あまり目立つなよ」

「分かってます」


 潜入者レイダー自体の人口はさほど多くないが、この地には全国の潜入者(レイダー)が集まっているため、人は多い。

 やはり人の目は気になるのか、霧沢は俺の後ろに引っ付いて縮こまっている。長年逃亡生活を続けていれば当然の反応だろう。だが、この地──東京は、迷宮管理局、つまりギルドの統治下にある。日本政府とは異なる管轄だ。

 ギルドは新世代を潜入者(レイダー)として働かせる代わりに、その生活を保障している。それは霧沢であろうと変わらないだろう。──つまり、追っ手がかかるとしたら、外部からやってきた政府の人間ということになる。

 まあ、しばらくは気にしなくても問題ないとは思うが。常に警戒はしておいた方がいいかもしれない。


「で、お前は何を買いたいんだ」

「ええと、服と……迷宮で必要な物、とかでしょうか」


 背後から聞こえるか細い声。


「……霧沢さぁ」

「はいっ」


 俺が振り返ると、霧沢はビクッと跳ねた。


「別に敬語じゃなくていいよ。同い年なんだし」

「そ、そうですか、そうですよね」


 霧沢は「よしっ」と意気込むと、


「え、えと、ハガネ君!」

「なんだよ」

「あ、えーと、私のことも緋音って呼んでくれていいよ!」

「やだよ」

「えっ!?」


 霧沢は「ガーン」と効果音の出そうな悲しげな表情をした。


「別にお前と馴れ合うつもりはねえ」

『とか言って、本当は恥ずかしいだけだよ』

「あ、なるほど」

「なるほどじゃねえってかサリア!」

『ひゃあ怖いぃ』

「……んあああもう!」


 俺は懲らしめようのないサリアに歯噛みしつつ、


「アカネ! これでいいんだろう」


 一言、名前を呼ぶと、アカネは満面の笑みを浮かべた。


「うん! よろしくね、ケイスケ君!」

「なっ、お前、ケイ、おま、」

「……ダメ?」


 上目遣いでこちらを不安げに見つめるアカネ。

 絶対にわざとだ。こやつ、キャラを演じている。

 ──だから、そのキラキラした瞳をこちらに向けるのをやめろ……。


「何でもいいよ、行くぞ……」


 頭に響くサリアの笑い声が、いつにも増して腹立たしかった。


☆★☆


「女物の服屋って、どこにあるんだよ……」


 俺たちは道端のベンチに座り、休憩していた。


「歓楽街、ごちゃごちゃしててよく分からないね」


 隣に座ったアカネが苦笑いを浮かべた。

 俺たちはアカネ用の服を探しに街を歩いていたが、普段服なんて全く買わない俺が服屋に詳しいはずもなく、案の定というべきか、目的の店を見つけることもできずにベンチに座りこんでいた。

 アカネがいる関係上、人に聞いて回るのも避けたかった。そのため俺たちは、どうすることもできずにこうして疲れ果てているのだ。


「とりあえず迷宮用装備だけ買っていくか……」


 ──と、諦めかけていたそこに。


「お、あれあれ、ハガネ君だ!」

「……また会いましたね」


 通りかかったのは御堂姉妹だ。手にはスーパーの袋が握られており、買い物を済ませての帰り道のようだ。


「……あれ、ハガネ君」


 そこでカンナが、隣に座るアカネの存在に気がつく。


「その人誰? 女の子みたいだけど……あ、まさか」


 アカネの肩がビクッと跳ねる。俺も身構える。何を言い出すか分からないが、まさか事情に気がついて──


「ハガネ君の彼女だ!」

「……は?」

「堅物だと思っていましたが……なかなか隅に置けませんね」

「……は!?」


 御堂姉妹は突然訳の分からないことを言い始めた。


「私が、ハガネ君の彼女……!?」


 アカネも驚愕に顔を引きつらせている。


「あれ、違うの?」

「違うに決まっ──」

『ねえケイスケ』


 そこで口を挟んできたのはサリアだ。俺とアカネにだけ聞こえる声で、サリアは言った。


『彼女ってことにしちゃえば?』


 …………………………。

 ――この女、きっと今最高に悪い顔をしているに違いない。

 アカネが慌ててこちらを向く。俺の方を向かれても、これは俺の提案ではないのでどうにもならないのだが……。


『彼女ってことにすれば、同じ家に住んでるのも、一緒に行動してるのも納得がいくじゃん』


 ……言われてみれば、確かに理屈は通っている、のかもしれない。『にしし』と笑っているサリアが気にくわないが……アカネの素性を説明する上で、俺の彼女ということにしてしまえば都合がいいのは確かである。

 ちなみに俺は、効率が良ければ手段は選ばない主義である。


「ああ、そうだ。俺の彼女だ。霧沢緋音という」

「んにゃっ!?」


 アカネの短い悲鳴が聞こえたが、無視。


「ほーやっぱり! 可愛い子連れてるじゃんハガネ君!」


 カンナが脇を突いてくるのが腹立たしくて仕方ないが、俺は年下に寛大な器の大きい男なので優しくその腕をとって思い切りひねり上げた。


「痛い痛い痛い!? なんで!?」

「きっと照れ隠しだよカンナ」


 レイカの冷静な指摘が入る。照れ隠しではなく単純に煩わしかっただけだが。


「っはー、肩が外れるかと思った……」


 解放されたカンナを捨て置き、レイカはアカネに色々と尋ねている。


「霧沢さん、でしたっけ。私、御堂冷華みどうれいかといいます。あっちの悶え苦しんでいるのが御堂神奈みどうかんなです。お二人はデートですか?」

「え、あーそう、かな? そうなるのかな?」


 アカネは必死に笑顔を取り繕って話を合わせている。俺はそれに割り込み、


「そうだ。お前ら、女物の服を売ってる場所知らねえか? こいつは最近東京に越してきたばかりで、準備も何もしてねえんだ」


 彼女としてしまえば、このように上手いこと説明することが出来るという訳だ。


「……なるほど。そういうことでしたか」

「遠距離恋愛!? アカネちゃんどこから来たの!?」


 早速復活したカンナがアカネをグラグラ揺すりながら出身を尋ねると、アカネは若干後ずさりしつつ「と、栃木です……」と答えた。

 やはりいきなりカンナのテンションについていくのは難しいのだ。俺も最初は苦労した。


「うわー栃木! 遠距離恋愛! すごい! 応援するね!」

「おい、あんまり言いふらすなよ」

「分かってるよー! 恥ずかしいんだよねっ?」

「……」


 まあ理由は別にあるが、言いふらさないなら都合よく利用させてもらおう。


「恋人を追いかけて東京に……健気でいい彼女じゃないですかハガネ君」


 レイカのじっとりとした視線が俺に突き刺さる。


「ちげえよ。アカネは潜入者(レイダー)になりに来たんだ」

「え、そうなの?」「そうなんですか?」


 二人の視線を受けたアカネは「は、はい」と苦笑いしつつ答えた。


「女の子の潜入者(レイダー)ってすごく少ないんだよっ! うわー嬉しいな! これからよろしくね!」


 カンナがアカネの手をとってブンブン振り回している。その間俺はレイカに、


「服屋、分かるか?」

「当たり前です。任せてください、私たちが彼女さんをコーディネートしてあげますから」

「おう、んじゃよろしく」


 もう任せて平気だろうと俺はどこかで休もうとしたのだが、


「どこに行くつもりですか」


 ガシッと服を掴まれ。


「彼女さんの服ですよ? あなたに見てもらわなくてどうするんですか」

「……」


 俺はレイカに強制連行される形で服屋に連れて行かれた。



 ────二時間後。

 俺は悟りへと至っていた。

 両手にはよく分からないブランドの紙袋含め、その他もろもろ本日の購入物。女三人寄れば姦しいと言うが、全くその通りである。

 御堂姉妹と完全に意気投合したアカネは、買い物が楽しくて仕方ないのかキャッキャ騒ぎながら談笑している。「女物の服は売ってるところが少ないから」と言われ、二時間も歓楽街を歩き回り続けたにもかかわらず、この女たちは元気が有り余っているようである。

 何が楽しいのか。全く分からない。服に金をかけるくらいなら迷宮用装備に金を使った方が何倍も合理的である。俺に「どっちがいい?」などと聞かれても、分からないものは分からないのだ……。

 そうして俺は、一分ぶり五十回目のため息をついた。


「それじゃあ私達はこっちだから!」


 分かれ道に差し掛かり、そう言いながら手を振るカンナ。


「またね、二人とも」


 微笑み、小さく手を振り返すアカネ。すっかりお友達である。


「末長くお幸せに」


 レイカは去り際にウインクを決めてカンナの後を追った。


「仲のいい姉妹だね……」

「……あいつらはずっと二人で迷宮に潜ってるからな」


 俺は肩に掛けた袋を背負い直した。


「帰るぞ。……今日は疲れた」

「……お疲れ様、ケイスケ君。少し持つよ。力はあるから」

「……別にいいよこの程度」


 明日から迷宮探索を再開する。俺は「なんでこんなことやってんだ、本当に……」と独り言を漏らし、再び歩き始めた。


☆★☆


 家に着き、疲れ果てた俺は購入物は全てアカネに託してすぐに睡眠態勢に入った。

自室のドアを閉め、ドアノブに魔血(イコル)を絡ませ、細い糸で俺の体とを繋ぐ。念のための警戒だ。

 ドアノブが回った瞬間、サリアが俺を叩き起こす。サリアは俺が見たものしか見えないが、魔血(イコル)を自らの感覚器官として扱えるのだ。

 睡眠を必要としないサリアは、警戒に立たせるのにうってつけという訳である。


「つーわけで俺は寝る。頼むぞサリア」

『そんなに疑ってるの? アカネちゃんは大丈夫だと思うよ。すっごくいい子じゃん』

「……そう見せてるだけかもしれないだろ」

『……まあ、ケイスケがそう言うならボクは逆らわないよ。じゃあ、おやすみケイスケ』

「……ああ」


 俺は適当に返事をしてベッドに入った。

 本当に、今日一日でいろいろなことが起こりすぎた。

 謎の少女と出会って。

 いつの間にか迷宮での戦い方を教えることになり。

 果てには名目上彼女、などと。

 ──まったく、俺らしくない。

 人と関わるのを避けて生きてきた、俺らしくない。

 他人と関わっていいことなんて一つもない……そんなこと、ずっと昔に知ったはずなのに。痛いほど、理解したはずなのに。


「……分かんねえ」


 なぜ俺はアカネの存在を許しているのか──結局、考えても答えは出そうになかった。

 そうしているうちに、睡魔はゆっくりと忍び寄り。

 気がつけば俺は、眠りに落ちていた。


☆★☆


 目覚めは唐突だった。


『ケイスケっ!』


 サリアの声とともに体内の血液が一瞬、爆発するように脈打つ。

 ──これは、緊急でサリアが俺を起こす時の合図だ。

 眠気は吹き飛び、俺は跳ね起きた。

 ──まさか、本当に来たのか……? 俺を殺して金目の物を奪って逃げるとかか……?


『ま、まさか、そんなこと……』


 分からないが、疑念はじわじわと膨らんでいく。俺は電気が消えた暗闇の中、ゆっくりと動くドアノブを凝視する。

 心臓の鼓動が早くなる。

 俺はいつでも魔血(イコル)を出せるように構えた。

 そしてギギ、とドアがゆっくりと開き始め、顔を出したのは──


「はぁっ、は、あれ、起きてる……?」


 買ったばかりのパジャマを着て、そしてなぜか酷く息切れしたアカネが、床に座り込んでドアノブに手をかけていた。


「……は? なんだ?」

「あ、あの、すみません、ちょっと、欲しくなっちゃって……」

「ほし、く……!?」


 ──何を言っているんだこの女は……?


「ちょっとでいいので、血を……」

「ああ、そういうことかよ……」


 なるほど、こいつをうちに住まわせるとこういうことがあるのか……。俺は納得し、構えを解いた。


「一日にどれくらい必要なんだ?」

「えと、一リットルあれば、ありがたい、かな……」

「サリア、行けるか?」

『僕が血を作るスピードを速めて、一日三リットルくらい作れるから行けないことはないけど……毎日やるの? 血を作るのってすごい疲れるんだけど』

「知らん」

「ごめん、サリアちゃん……」

『んー、まあ仕方ないかぁ』


 サリアの了解も出たようなので、俺は手首を差し出そうとして──前回のことを思い出し、それならもういいかと首筋を出した。


「ごめんっ」


 もう耐えられないとばかりに飛びつくように首筋へかぶりつくアカネ。


『……ぁぁぁぁぁあああああああ吸われてるよおおおおおおおおおおおおおおおおおおお』


 うるさい。

 アカネは血に夢中なのか、恥ずかしがる様子もなく俺に抱きついてくる。

 あの時とは違い血生臭くない。むしろ、丁寧に梳いてある長髪からはシャンプーの良い匂いがする。

 そうして密着しているので、血を吸う度に小さくビクッと痙攣するアカネの反応が直に伝わってくる。

 嫌でも意識してしまう。異性と肌を合わせた経験など、一度もないのだから。

 俺はベッドに腰かけて時が流れるのを待つ。

 俺の体内にある血液は七リットルほどだ。体外に魔血として放出する場合、血はサリアの能力によって血は増幅されるが、吸血によって吸われるのは純粋な俺の血だ。一リットルも吸われれば貧血は免れない。

 俺はクラクラしながら、きっちり一リットル吸われたのを感じ取ってアカネを引きはがした。体内の血液残量の確認は、今の俺にとっては最も重要なことの一つだ。


「んあっ、もう少し……っ」

「ダメだふざけるな。こっちもしんどいんだぞ」

「だってケイスケ君の血、ものすごく美味しいから……」


 暗闇でよく分からないが、アカネが「はぁ、はぁ」と荒い息で物欲しそうにこちらを見ているのはなんとなく分かる。だが、これ以上血をやる気はない。


「知らねえよ。お前が生きていくのに必要な分だけだ」

『ボクは全然かまわないよ』 

「おい」

『褒められて悪い気はしないよねっ』

「お前が良くても俺がダメっつったらダメなんだよ!」


 俺たちがいつものように言い合いを始めそうになったところで、アカネが口を挟んだ。


「あの、サリアちゃんって何者なんですか?」

「……!」


 いつかは来ると思っていた質問だった。俺は一言、「お前に教える義理はねえ」とだけ答えて、アカネを部屋から追い出した。

 バタン! と勢いよく扉を閉め――


「俺も、知りてえよ」

『……』

 俺は、誰へ向けたものでもない呟きをした。

 サリアは、無言だった。


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