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04話 笑顔の裏に

『この子はおそらく……吸血鬼だ』

「は……!?」


 吸血鬼。空想上の生物であるとされたその種族だが――この世界には、確かに存在する。


『さっきの治療で、ボクがあの子の体内に入った時なんとなく分かった。体内に魔血(イコル)が入ってきた時の一般的な人間の反応と、少し違ったから』


 存在すると言っても、本物の吸血鬼が突然現れた訳ではない。新世代の子供の中には、人の血を吸う『特性』を持っている人間がいる。俺の魔血(イコル)も一種の『特性』である。


「そういうことか……」


 俺は「少女が吸血鬼特性である」という情報から、なぜこの少女が追われているのかを悟った。

 吸血鬼特性を持つ新世代は、政府によって「危険である」と判断され、処分されている。

 吸血鬼特性を持つ新世代は、生きていくために毎日大量の人間の血を必要とする。

 ある時、血を求めた吸血鬼特性の子供が、人を襲う事件が発生した。

「人間に危害を加える子どもを放っておくわけにはいかない」として、それ以降吸血鬼特性であると判断された子供は、見つかり次第即刻処分される決まりとなっている。

 ――この少女。

 吸血鬼特性であるとしたら、この年まで生き延びたのは奇跡としか言いようがない。


「……っ、……はぁ、……はぁ、」


 少女はのどを押さえて苦しんでいる。


「血、血を……はぁ、……はぁ、……嫌だ……死にたく、ない……っ!」


 まただ。あの時と同じ。

 ――死にたくない。

 誰だってそうだ。俺だって死にたくない。死ねない理由がある。

 ――それならば。

 この少女は、なぜ「死にたくない」のだろう。

 地獄のような逃亡生活だったはずだ。いっそ、死んだほうが楽だったのではないか。

 何が、この少女を突き動かしているのだろう。


「…………おい、お前」

「……はぁ、く……ぅあ……」


 ――返事もできないか。


「血を飲ませてやる」


 聞いた瞬間、少女の指先がピクリと動いた。


「聞こえてはいるんだな」


 反応を見て取った俺は、次なる質問をしようと地面に横たわる少女に言葉を投げかけようとしたが――


『ちょっとちょっと! 待ってよ!』

「んだよ。今は取り込み中だ」

『血を飲ますって!? ……ボクを飲ませる気!?』

「何か問題でもあるのか」

『いや、別に、飲ますこと自体に問題はないけど……でもさ! なんか!』

「言いたいことがあるならはっきり言えよ!」

『なんかボクが寝取られたみたいにならない!?』

「ならねえよ」

『なってよ! 何でならないの! ボクが吸われるんだよ? いいの? 本当にいいの?』

「しつけえ! 黙ってろ!」

『……シュン』


 俺の脳内に、座り込んで地面をいじくり回すスーパー美少女のイメージ画像が浮かんだが、無視した。


「おい、聞こえてるんだよな。なら……、俺に攻撃しないことを誓え。あと、事情をすべて話せ。念のため、血を飲み終わった後は拘束させてもらう。その条件でいいなら血を飲ませてやる。条件を飲むなら、体のどこでもいいから動かせ」


 間髪入れず、少女がわずかに首を動かした。


「……いいだろう」


 俺は少女を助け起こすと、いまだに血が流れだす手首の傷を差し出した。

 少女は手首にかぶりついた。チクッという痛みとともに、血が流れだしていく感覚。


「…………ぷはっ」

「ん、なんだ、もういいのか――」


 数秒と経たず手首から口を放した少女は――


「……お願い、もっと……」


 そういって俺に飛びかかり――


「おわっ……っ!」


「かぷっ」と音を立て、俺の首筋にかぶりついた。


「こ、いつ……っ!」

『ぁぁぁぁあああああああああああああボクの血があああああああああああああああ』


 少女は夢中で俺の首筋に縋りつく。

 ぎゅうっと力いっぱい俺を抱きしめ、爪が背に食い込む。俺の足に自分の足を絡め、決して逃がすまいと密着してくる。


「んん、んっ……っ!」


 血を吸うたびにビクッ、ビクッ、と小刻みに少女の体が痙攣する。少女は構わず必死で血を吸い上げる。俺の中にある血液をすべて持っていくつもりなのか――


「お、おい! 加減しろよ……?」

『そうだ調子に乗るなよこのアマあああああああああああああああああああああああ』


 少女は血を吸いながら首を縦に振った。首の動きに合わせ、吸血鬼の犬歯が傷口に深く突き刺さった。そんなことしたら歯が刺さるに決まっているのだ。痛い。地味に痛い。


「んん……んはぁ、すごい、この血……!」

『当たり前だあああああああああああボクの血だぞおおおおうわああああああああああ』


 少女は息継ぎをしながら、何度も何度も血を吸った。


「んぐ……はっ、はぁ、……ぅ……」


 やがて、俺は気が付いた。

 この少女、血を吸いながら――泣いている。

 肩に温かい滴が落ちる感覚がある。

 泣きながら、呼吸を乱しながら、それでも少女は自分の命を繋ぐために、血を吸う。


「…………」


 気が付けば俺は、震える背を宥めるように少女の背中に手を回していた。

 そうしてどれくらい経ったか、ようやく少女は口を放した。


「……ぷはぁっ」

「……ふぅ。終わったか。さすがに貧血で頭がくらくらするな……」


 少女は呼吸を乱し、未だに小さく痙攣していたが、大きく一つ深呼吸して息を整える。

 そして、俺と、目が合った。


「……おわぁっ!?」


 すっかり元気を取り戻したと見える少女は、俺を突き飛ばすようにして後方に跳んだ。

 絶賛貧血中の俺はなすすべもなくぶっ倒れた。


「あっ、ごめん、なさい……」

「いってえ……」


 頭を打った俺は後頭部をさすりながら少女を睨んだ。


「おめえブチ殺されてえのか……?」

「ひぃッ!? ご、ごめんなさい!?」

「……サリア」

『ユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイ』


 俺は手首から縄状に形成した魔血(イコル)を飛ばし、少女の手首を縛った。


「わわっ」


 少女は驚きながらも、抵抗することなくされるがままになった。


『貴様、ボクの血を吸ったな……? この代償は高くつくぞ……?』


 サリアが勝手に手首をギリギリと締め上げる。


「痛っ、痛いです! 許してくださいぃっ」

『……!』

「お、お前、サリアの声が聞こえるのか?」

「え、ええと、はい。たぶん」


 この声は普通俺にしか聞こえないのだが、今少女は間違いなく、サリアに反応して返事をした。


『吸血鬼特性は血に対して親和性があるんだ……。まさかケイスケ以外の人間と話す日が来ることになるとは』

「……まあいい。お前、下手に動いたら飲んだ血を全部吐き出させるからな」

「わ、分かってます。……あの、さっきはごめんなさい。いきなり攻撃してしまって……。渇くと周りが見えなくなってしまうんで……す……あれ?」


 少女は俺の脇腹を見て目を見開いている。

 ――傷は既になく、服だけが破れて肌が露出した脇腹を。


「治ってる……?」

『ボクの魔血(イコル)にかかればこの程度の傷、一瞬で治せるもんね!』

「わあ、すごい……やっぱり特別な血だったんですね」


 少女は驚きに満ちた表情で、


「私、ちょっと『致死量かな?』ってくらい血を吸っちゃったんですけど、なんかピンピンしてますもんね。すごい」

「おい待て」

「……あっ」

「『あっ』じゃねえよ『あっ』じゃ。やっぱ一発ぶん殴っておいた方がいいか?」

『やっちゃえケイスケ』

「ごごごめんなさい! 悪気はなかったんです! 本当に死にそうで、何も考えられなくて……」


 まあ、確かに俺の血は特殊なので、多少吸われようが何ら問題はない。

 俺はサリアの『ぶん殴んないの? 魔血(イコル)メリケンサック付けるけど』という発言を無視し、


「それじゃあ、これから俺の質問に答えてもらう」

「……はい」


 返答次第では警察に突き出そうと思っていたが……それはしなくてよさそうだ。

 謎に包まれた吸血鬼の少女――

 聞きたいことは山ほどあった。


☆★☆


「まず一つ目」


 俺は人差し指を立て、


「名前は?」

「あ、申し遅れました」


 少女は律儀に頭を下げた。


霧沢緋音きりさわあかねといいます」

「……そうか。俺は刃鉄卿介。俺の中にいるのはサリアって名乗ってる」

『どうも〜』


 サリアは、魔血イコルを手の形にして挨拶をした。


「なら、霧沢」


 俺は二本目の指を立てた。


「確認するまでもねえが……お前、吸血鬼特性だよな?」

「……はい」


 ──やはりそうか。

 霧沢は俯き、ぺたりと座り込んだ。


「これも何となく察したが……、どうしてあの男たちに追われていた? あいつらは何者だ?」


 俺は三つ目の指を立て、霧沢に問いかけた。


「あいつらは、たぶん政府の役人……です」


 そこから、霧沢緋音がスラム街の一角で行き倒れるまでの一連の流れが説明された。


「私と、私の家族は栃木に住んでいました。吸血鬼の身に生まれた私を、両親は世間から隠して育ててくれたんです。でもある時……」

「……バレたのか」

「はい。弟が生まれてすぐでした。──その弟は、私と同じ吸血鬼特性でした」


 同じ親から生まれる子供が同じ特性を有していることはよくあることだ。御堂姉妹のように別々の特性を持つこともあれば、彼女のように同一特性であることもある。


「両親も、さすがに子供二人を隠しきることは出来ませんでした。私の弟は生後間も無く──」


 霧沢は一度言葉を切ると、苦痛に耐えるように顔を歪め、


「目の前で、殺されました」

「……!」


 目の前で家族が殺されたという少女は、それでも気丈に振る舞う。


「……なんか、悪りぃな」

「いえ、いいんです。私を助けてくれた貴方には、話を聞く権利があると思いますから」


 俺は「助けたなんて……そんな大層なことはしてねえよ」と独り言のように呟きながら、少女の語りに耳を傾けた。


「弟が殺されて、両親は激怒しました。泣きじゃくる私を連れて三人で逃げて、逃げて、逃げて……。新世代が潜入者レイダーとして生活している東京でなら生きていけるかもしれないと思って、ひたすら逃げました。でも、もちろんお父さんもお母さんも新世代ではないですから、すぐに限界がきました」


 少女の目から、一筋の珠雫が流れ落ちた。


「追っ手は、私という存在を隠蔽した両親にまで罪を着せました。両親は、自分たちを犠牲に私を逃して……捕まりました」

「捕まったって……なら、お前は一人でここまで来たのか……?」

「……はい。東京に来ればきっと何かあると思って。でも……」

「あと一歩、届かなかったってことか」

「貴方がいなかったら私はきっと、殺されていました。本当に……ほんとうに……ありがとう、ございます」


 霧沢は嗚咽を漏らし、何度も目を拭いながら、それでも「ありがとう」と繰り返した。


「……霧沢。お前これから、どうするつもりだ」

「どう、しましょう……。せっかく救っていただいた命ですし、無駄にはしたくない、です」


 俺は迷っていた。

 彼女をどう扱うべきか。もし彼女を匿おうものなら、俺も犯罪者として捕まるのだろうか。そんな打算が頭をよぎる。いつもそうだ。俺は自分の利益になるような行動しか起こさないし、無駄なことをしているような暇はない……だが。


「もしも俺がお前を政府に突き出したら、報償金とかが貰えるのか?」


 霧沢は一歩身を引き、油断なく構えた。


「貴方がそうするというのなら、私は抵抗します。貴方は命を救ってくれた恩人ですから、こんなことはしたくないですけど……私にだって死ねない理由がある。私は逃げます。──貴方を殺してでも」

「……まあ、そんなことはしねえよ」

「……よかった」


 少女は屈託無く笑う。

 人の負の視線に晒され続けて……それでも純粋な、透き通るような笑顔を見せる少女。

 ──お前はなぜ、笑えるんだ。


「……俺は政府が嫌いだ。だから政府の利益になるようなことはしねえ」

「ありがとう、ハガネ君」

「それじゃあ、最後に一つ聞かせろ」


 俺はそう言って四つ目の指を立てた。


「どうして死ねない?」

「両親を救うためです」


 即答であった。揺るがぬ意志を示すように、力強いその緋の瞳で、霧沢は俺を見据えた。


「お父さんもお母さんも一般人です。私と違って、殺されたりすることはない……だから、きっと今もどこかに囚われているんだと思うんです」

「……」

「だから私が救わないといけないんです。それまでは、死ねない。……絶対に」

「救うったって、どうすんだよ。そんなアテもない目標」

「……とりあえずは生きて、情報を集めるしかないと思います。潜入者レイダーになれば、新世代の子供でも生きていけるくらいのお金が稼げると聞いたんですけど」

「迷宮はそんな甘い場所じゃねえ」

「……っ」

「お前みたいな素人が迷宮に潜れば瞬殺されるだけだ」


 霧沢は閉口し、何か思いつめている。──だが、ふと。


「あの、ハガネ君は潜入者レイダーなんですよね?」

「……そうだが」

「なら、私に迷宮での戦い方を教えて頂けませんか……?」

「はぁ? なんで俺が」

「お願いします! 頼れる人が貴方しかいないんです!」


 縛られた手を投げ出して土下座し、霧沢は必死に懇願する。


「奴隷のような扱いでも構いません! なんでもしますから……!」

『ん? 今なんでもって』

「お前は黙っとけ」


 こういう時サリアをぶん殴れないのが腹立つ。


「……女が奴隷とか言うもんじゃねえよ」


 俺は霧沢に近づいていく。頭を地に付ける少女を見下ろし、俺は声をかけた。


「条件がある」

「……っ!」

「一ヶ月だ。それまでに迷宮で戦えるようになれ。そっから先は知らねえ。自分でなんとかしろ」

「……て、ことは」

 ゆっくりと、少女の顔が上がる。

「ついてこい。とりあえずそのボロ布みたいな服をなんとかする」

「ぅ……あぁっ……ぅえ……」

『わあ、女の子泣かした~』

「アァ!? なんで泣いてんだよ!?」

「だっで……だっで……ぇぐっ……うぇええええええ」

「あああああああああ面倒くせえ! 泣くな! 殴るぞ! 黙ってついてこい!」

「怖いよ、ハガネ君……」

「うるせえ!」


 俺は霧沢の腕を縛っていた魔血イコルを回収し、屋上のフェンスを飛び越えた。


「わ、待って!」


 俺は魔血を縄状にして引っ掛けて、ゆっくりと降下していたのだが──


「うおっ!?」


 上から霧沢が勢いよく飛び降りてきた。

 ──背に、黒い翼を生やして。


「っと、と」


 着地した霧沢の背から、コウモリのような翼がふわりと空気に溶けて消える。


「……それも吸血鬼特性の力か」

「あ、はい。普段は人に見せられないからあんまり出さないんですけど」


 恥ずかしながら、ちょっとカッコいいと思ってしまった。


「まあいい。いくぞ」


 とりあえずは自宅に向かう。こんな血塗れの女を連れて歩いていたら何を言われるか分からない。


『……うーむ、意外だなぁ』


 サリアの呟きが聞こえる。


『とっても意外で、不思議で、不可解だ』


 小さく笑い声を漏らし、愉快そうに脈を打つ。


『やっぱりケイスケは面白い』


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