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03話 やっかいごと

 ギルド周辺に設けられた『迷宮発生地域』を抜けるとスラム街に出る。ここには、家族に恐れられ、捨てられた身寄りのない『新世代』の子供たちが集まっている。

『新世代』――それは、龍脈エネルギーを操ることができる子どもたちの総称である。

 その力はもはや超常現象だ。先ほど遭遇した青年たちが使った力もその一つだ。俺たちはこの力を利用し、次元の裂け目――『迷宮』に潜る潜入者(レイダー)として生計を立てているが、『新世代』の中には、迷宮で戦えるほどの力を持っていない人間も多い。

 家族には力を恐れられ、しかし迷宮に潜る力はない。そういう中途半端な奴らがここに集まっている。

 できれば通りたくないのだが、買い物ができる歓楽街に行くためにはここを通るのが一番早いのだ。俺は足早にスラム街を通り抜けようとするが――


「……なんだか、騒がしくねえか」

『そうだね、怒鳴り声みたいなものが聞こえる』


 普段は静かなスラム街なのだが、何かもめ事でも起きたのだろうか。俺は「面倒ごとには関わりたくねえな」と呟き、無視を決め込もうとしたのだが、


『ねえ、ケイスケ』

「なんだよ」

『声、こっちに近づいてきてない?』

「……マジ?」


 サリアの言う通りだった。怒鳴り声がだんだんとこちらに近づいてくる。


「っ……追え! ……向こうにッ…………」

「……逃がすな! そっちに……」


 近づいてくるごとに、その物騒な怒号がはっきりと聞こえてきた。


「何だってんだよ一体……」


 困惑している俺をよそに、事態は展開していく――俺を巻き込みながら。

 少し先の路地裏から、黒い塊がスッと飛び出してきた。

 俺は、それが何か判断するのが一瞬遅れた。

 ふわりと風に舞うのは――黒く、長い髪の毛。

 血に濡れ、赤黒く染まった布きれを身に纏ったその体は痛ましく。

 二、三歩歩いたところで力を失ったのか、「それ」は、どさりと地面に崩れ落ちた。

 どこかへ向けて必死に手を伸ばすが、その手は何も掴むことなく、力なく地に落ちた。


「もしかして……こいつが追われてたのか?」


 恐る恐る近づく。

 ――少女だった。

 俺と同い年くらい。やせ細り、頬はこけて血の気がない。致命傷ではないが体中に傷があり、元は服だったであろう布切れはかろうじて体を覆っていいる程度だ。

 どうやら少女は気を失っているらしく、起きる気配はない。


『……ケイスケ、どうするの?』

「どうするって言われてもな……」


 この少女が追われているとするならば、今もこちらに近づいてくるこの声の主は追っ手ということになるだろう。

 どうしてこの少女が追われているのかは分からないが、追われているからには相応の理由があるはずだ。関われば俺も犯罪の片棒を担ぐことになるかもしれない。悪いが、ここは無視させてもらおう――と、横を通り過ぎた瞬間だった。



「………………死にたく、な……い……」



 俺は弾かれるように振り返った。

 少女は、目を覚ましていなかった。気を失ったまま言葉を発したのだ。

 でも確かに今、「死にたくない」と。そう口にした。


『……ケイスケ、どうするの?』

「……」


 先ほどと全く同じ問いかけ。

 俺の脳内では、少女の「死にたくない」という一言がぐるぐると回っていた。

 その一言が、ゆっくりとあの時の俺に重なって――――


「ちくしょう、なんで俺が……っ!」


 俺は毒づきながら手首を切り、少女を小脇に抱えると、魔血(イコル)を糸のように太く編み上げ、その先端を手近な建物の屋根に向かって飛ばした。魔血(イコル)が屋上のフェンスに絡みついたのを確認し、俺は魔血(イコル)を巻き上げた。

 ギュルギュルギュルと体が引き上げられていく。俺はその勢いのままフェンスを飛び越え、危なげなく屋上に着地。少女を地面に横たえた。

 直後、俺たちのいた路地に男が二人現れた。追っ手と思われるその男たちは、周囲を見回すが、しかし目的の少女を見つけられず、舌打ちをして別の路地に入っていった。

 二人分の足音がだんだんと、遠くなっていく。


『珍しいね、ケイスケが人を助けるなんて』

「うるせえ、気まぐれだよ」


 自分でもなんでこの少女を助けたのか、分からなかった。

 他人なんてどうでもいいと思っている俺なら、こんな面倒ごとに足を突っ込むなんておかしい。


『死にたくないって、はっきりと言ってたね』

「……そりゃ誰だって死にたくなんかねえだろ」

『ボクは死ぬとか生きるとか、そういうのは分からないから』


 確かに、サリアに生死の概念は分からないかもしれない。


「……死ぬのは、怖えよ」

『うん、ケイスケの感情越しに伝わってくるよ。恐怖とか、怯えとか』

「……人の感情を勝手に覗くんじゃねえ」

『……ごめん』

「……謝られるとペースが狂うんだよ、ったく」


 俺は少女を見下ろした。


 俺と同い年(十六歳)くらいの少女。呼吸に合わせ、浅く胸が上下している。

 きっと長い間逃げ続けていたのだろう。足の裏の皮膚は剥がれ、血だらけだ。身体の傷も膿んでいたり、放っておけば容体は悪化する一方だろう。


「サリア、治せるか」

『うん。時間はかかるけど、たぶん間に合うよ』

「なら、とりあえずここでしばらく回復させる。それで目を覚ましたら事情を聞いて、話し次第では警察にでも突き出す」

『悪いことしてなかったら?』

「……それはその時考える」

『そっか』


 そう言ったサリアだったが、きっとこれも心を読んでいるのだろう――

 俺はこの少女が犯罪を犯していたり、追われるような何かをしているとはとても思えない。

 単に罪を犯しただけで、こんなに死に物狂いで逃げ回るはずがない。

 何より、「死にたくない」という言葉が無意識に出てくるなんて。

 きっとこの少女は、何かとてつもない理不尽から逃げている。そんな予感があった。

 そして俺は――

 この少女から、理不尽から逃げまどっていたあの頃の『刃鉄卿介』を感じ取ったのかもしれない。


☆★☆


「じゃあ頼む」

『任せて』


 俺は少女のとなりに屈み、手首を切る。吹き出した血は空中に漂うと、ぎゅんと渦を巻いて極細の針へと形状を変えた。

 俺は少女の細い腕を持ち上げ、その針を血管に刺した。

 少女の体がビクンッと跳ねる。


『これは……』

「どうした? 何か問題でもあったか」

『いや、問題はないよ。だけど……』


 サリアがなんだか歯切れの悪い言葉を返してくる。

 だが、どうやら治療は滞りなく進んでいるようだ。魔血(イコル)がゆっくりと少女の体内に流れ込み、自然治癒力を上げて傷を高速で治しているのだ。

 酷かった傷が目に見える速度で塞がっていく。同時に少女の顔にも血の気が戻っていく。俺は魔血(イコル)を回収し始めた。これは目を覚ますのも時間の問題か――そう思った矢先だった。

 バッ! と、少女の両眼が見開かれた。


「お、目を覚まし――」


 そこに現れたのは、長いまつげによって飾り立てられた、血より鮮やかな緋色の虹彩だった。

 そして、吸い込まれるようなその瞳の焦点が――今、定まった。


「――――――――ッッ!!!!」


 感情が見えなかった少女の瞳の中に、どす黒い何かが見えた。

 瞬間。

 脇腹に、激甚な熱が生まれた。


「なっ――」


 俺は反射的にその場から飛び退き、距離を取った。

 少女は跳ね起き、こちらを鬼の形相で睨み付けている。右手の指先からは、俺の血が滴っている。

 俺は脇腹を抑える。急所は外しているが、確かにあの指で貫かれ、穴が開いていた。


「っ……何しやがんだてめェ」

「……ぁあああ……っ!」


 少女は聞く耳を持たず、超高速でこちらに突撃してきた。


「チッ……!」


 俺は脇腹から流れ出た血を操って鎌の形にし、構えた。

 ――が、しかし。

 少女の体は、限界であった。

 途中で足をもつれさせると、そのまま態勢を立て直すこともできず、ドサリと地面に崩れ落ちた。


「何だってんだ……?」


 少女はそれどもこちらに手を伸ばし、かすれた声で何か呟いている。恐る恐る近づくと――


「血……、血が……く……ぁ……」


 ――血? 血が、どうかしたのか……?


『ケイスケ』


 そこで、サリアはぼそりと、衝撃的な事実を口にした。


『この子はおそらく……吸血鬼だ』


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