11話 崩れゆく迷宮の中で
「せぇええええええええいッ!」
乱打。
「やぁああああああああああああああああッ!」
裂帛の気合いとともに繰り出されたアカネの拳が、脚が、ゴーレムの身体の隅々を破壊していく。アカネは翼を利用して空中に留まり、ひたすら攻撃を打ち込んでいた。
『やるねぇアカネちゃん!』
「力はゴリラ並みだな」
「ちょっとぉ! 聞こえてる、よッ!」
ゴーレムの右腕を吹き飛ばしたアカネが、器用にこちらに文句を言ってくる。
「核は見つかったのか?」
「それが全然、見つからないん、だけどっ!」
「'Fw'e#m&s.ggbiOegty」
奇怪な言語を発し巨体を駆動させるゴーレム。軽い身のこなしでゴーレムの腕をかいくぐるアカネ。一見アカネの一方的な展開に見えるが、状況は膠着状態にあった。破壊と再生が拮抗しているのだ。
洞窟内の小部屋に、アカネの声と岩石の身体が破壊される音が絶え間なく響く。
「こいつ、どこに核があるの……ッ!?」
戦闘開始から三分ほど経過しただろうか。アカネはその間手を休めることなくゴーレムを攻撃し続けたが、未だ体内の結晶を発見するに至っていない。
「おそらく、身体の中で核の位置を移動させている」
「そんなのアリ!?」
俺が答えると、アカネはふざけるなという顔でこちらを見てきた。残念ながら、迷宮のボスならその程度のことは平然とやってくる。
『ケイスケ、そろそろ手伝ったら? だいたい小規模迷宮って言っても、一人で攻略する潜入者なんていないじゃん』
静観する俺をサリアが呆れたような声で咎める。
「俺はいつも一人なんだが」
『それはケイスケに友達がいないからでしょ』
「大きなお世話だ」
そこでサリアは唐突に声のトーンを落とし――
『これからもずっと、アカネちゃんと組めばいいんじゃない?』
おそらくアカネには聞こえていない声で、俺に話しかけてきた。
『ケイスケが指示を出して、アカネちゃんが力で押し切る。いいコンビになれると思うけどな』
「あんな何を考えているのかわからない女に背中を預ける訳にはいかねえよ」
『じゃあ、信頼できるならコンビを組むの?』
「そういうことじゃ……。そもそも、なんでお前は俺にコンビを組ませたいんだよ」
『それは……』
サリアは言葉に詰まった。サリアが俺の心を読むことはできても、俺がサリアの心を読むことはできない。だから俺には、こいつが何を考えてそんなことを言っているのか、分からない。
「俺はお前の力を借りる代わりに、お前を体内に住まわせる。契約はそれ以上でも、それ以下でもないはずだ。そうだろう――居候」
『……』
「まあ、」
俺は、依然無意味な攻撃を続けているアカネを見て、
「このままだと埒があかないからな。少しぐらい、助言をしてやる」
「rGGg'aw(ja.##aA(cgMz,k(A(oD#A―――――ッ!!」
喧しい叫び声をあげるゴーレムに顔を顰めつつ、俺は声を張り上げた。
「アカネッ!」
「は、はいっ」
「頭を使えと言っているだろう! ゴーレムだって生物だ。即死の危険性を孕んだ弱点をそのままにしておく訳がない」
「それはそうだけど……」
「敵を観察しろ! 奴が一番念入りに守っている部分に核はある!」
「……ッ!」
アカネは一度身を引くと攻撃の手を緩め、牽制しつつ様子をうかがい始めた。
そして、答えはすぐに出ることとなった。
「左足……、左足を、まったく使ってない!」
「そこだ! やれ!」
敵の攻撃リズムの中に生じるわずかな違和感。それを感じ取ることができれば――
チェックメイトは、近い。
「せりゃぁぁぁああああああああッッ!!!!」
一閃。
アカネのサマーソルトキックが、ゴーレムの左足を根元から叩き切った。
「『よしッ!』」
思わず拳を握って、漏れ出た声が……重なる。
『って、あれれ、どうしたのケイスケ~? アカネちゃんの成長がそんなに嬉しかったの~?』
「ち、違う。条件反射的に声が出ただけだ」
『ふ~~~ん』
ゴーレムの本体は核を失ったことで体を保てなくなり、ガラガラと音を立てて崩れていく。
「おお……、おお……、すごい達成感」
アカネは呆然と突っ立っている。
「アカネ、左足の中に核が埋まってるはずだから抜き取れ。門番の核は五百円だ」
「安くない!? 私めっちゃ頑張ったんだけど!?」
「いや、最初から冷静に観察していれば三十秒で倒せた相手だよ」
「そ、そんなぁ……」
「ほれ、行くぞ。落ち込んでる暇があったらもっと脳を使うことを覚えろ。お前は脳みそまでゴリラなのか?」
「女の子に向かってゴリラはないと思う!」
「ないと思うならないと思わせるような行動を心がけろ」
「ウッ……」
「そこで痛いところを突かれたような顔をしていいのか……?」
『虐めちゃだめだよ』
「そうだよ」
「そうだよじゃねえよ。だからなんでそんなに息ピッタリなんだよ」
アカネはブスッとした顔でゴーレムの左足の残骸から核を抜き取った。その瞬間、糸が切れたように足が崩れ落ちた。
「……まあ」
俺は門へと足を向けながら、
「初めてにしては上出来だと思うぞ」
「……」
アカネがついてこないので振り返ると、口もとに手を当て小悪魔的な笑みを浮かべ、
「……ツンデレさん?」
「違う!」
『いやー、やっぱりアカネちゃんは面白いね!』
「お前たちと話していると、本当に疲れる……」
俺は門を開け、岩石に囲まれるようにして壁にはめ込まれている核をさっさと抜き取ろうと手をかける。
「待って」
背後から聞こえた声に、俺は手を止める。
「私も一緒にやりたい」
横に並んだアカネが、そっと核に手を添えた。
「初めての攻略だし、せっかくだから、やりたい」
「……勝手にしろ」
『え、ボクも一緒にやりたい』
「お前は合図を出す係だ」
『ま、まあそういうことなら……。それじゃ、いくよーっ! せーのっ』
その声に合わせ、俺たちは核を引き抜く。
ベキン、という音とともに、透き通った宝石のようなそれは、壁から剥がされた。同時に、ぐにゃりと風景が歪む。
「……ケイスケ君」
「なんだよ」
迷宮が崩壊していく中、アカネは小さく呟いた。
「――ありがとう」
と、ただ一言。
しかしそこには、五つの音以上の何かが秘められているような気がして。
「いきなりなんだよ、改まって」
核を介して触れ合った手から、何か混じり気のない、すがすがしい気持ちが流れ込んでくるような気がして。
「家族以外の人に褒められたのって、初めてだったから」
「……そうか」
「だから、自分でもよく分からないけど――」
その時だけは、嘘偽りのない、仮面越しではない、本当の彼女が見えた気がして。
「この気持ちはきっと……ありがとう、なんだと思う」
視界が白に染まっていく。物の輪郭が消え、色が消失し、世界が失われていく。
――それでも。
彼女の言葉だけは、いつまでも耳に残って、消えなかった。