9.魔法使いなんじゃない
由君、一人称語りです。
とりあえず町内を自転車でザーっと周って、あの販売員がいなかったことを確認すると僕はすぐに家に戻ってきた。てか、無理だろ。よっぽど波長が合うか何か縁がなけりゃ、もう二度と会うこともないはずだ。
ところが、家に戻って自転車を置いていると、柚が帰ってきた。柚は誰かを連れていた。
「マジで~!」
僕は双子の姉の執念を思い知った。普通無理だと思うよ。押し売りを町で見つけるなんて。それを、販売員見つけて連れて帰ってきちゃうんだから。ありえない。
「図書館で会ったのよ」
と、柚は言っていた。なるほど、それなら分かる気もする。かな。
それで結局、僕たちは再度押し売りを自宅に招き入れることになり、なんと柚は押し売り相手にお茶まで出していた。さすがに今度は柚が連れてきたのだから、玄関じゃなくて居間で話を聞こうということらしい。
販売員はちょっときょどっていた。そりゃそうだろうな。世間慣れしてる顔つきではあるけれど、年は僕たちと変わらないんじゃないかってくらい若く見えるし、しかも、押し売りで売りつけた家に戻ってこさせられるなんてね。それで、販売員は自分から話しを付けたくなったのだろう。
「俺の正体が分かったって、ゆずさん、一体何なんだい?」
と言ってきた。すると柚はダイニングテーブルの反対側に座って、乗り出して言った。
「あなた、魔法使いでしょう」
勝ち誇った顔の柚と対照的に、販売員は豆鉄砲を食らった鳩のような顔になっていた。でも、しばらく考えて、急に笑い出した。
「何を言うのかと思えば、はははは、あんた面白いねぇ」
その反応に、柚は目を細めて販売員を睨んでいた。
「しらばっくれてもダメよ。私たち、あなたが売ったゴム紐の秘密を知っちゃったんだから。アレは魔法道具でしょう?」
販売員はちょっと考えたようだった。それから
「まあ、良く考えな、よ」販売員は余裕顔で言った。「魔法道具がメーター600円で手に入ると思うかい?」
なるほど。確かに、そんなはずないよな。僕は素直に納得して頷いた。でも、柚は納得していない。
「じゃあ、何なの?あれは、切っても切り傷が直ったわよ」
「ははぁ、そりゃ、企業秘密だね」
販売員はしらばっくれてきた。知らぬ存ぜぬより、企業秘密と言う方が説得力はある。こう言われては、柚だって引き下がるしかない。
でもやっぱり柚は諦めていなかった。当然。販売員を連れ帰ってきた時点でそんなこと、僕には分かってるけどね。
「へぇ、じゃあ、あのゴム紐、切っても傷が直るんですよって、みんなに見せびらかそう!それで、ハニューシカっていうロシア人の魔法使いが売ってくれたって言ってやる。あんたのことなんて信じないかもしれないけど、あのゴムに傷がつかないのは事実なんだから絶対話題になるから。そうしたら、あんたのことだって洗いざらいみんなにバレるわよ」
ゆ、柚、怖いなぁ。
ていうか、この人ロシア人なのか。なんでロシア人で僕くらいの若いのがこんなところで押し売りしてんの?そっちの方がずっと怪しくない?いや、でもだから、この人どっか言葉づかいが変なのか。なんて納得したりして。
「へ、そんなことしたって、無駄だわね。そんときゃ俺はもうトンずらこいてる、よ」
ああ、ロシア人、動揺してるな。益々言葉づかいがおかしくなってる。
「とんずらって何よ。ロシアに帰るっての?パスポートは?ビザは?日本の警察は優秀よ!あんたなんてすーぐ見つかるんだから」
「やってみれば?別にご自由、に」
そんなに追い詰めたから開き直っちゃったじゃん。
「やってやるわよ」柚も開き直った。さらに「あの鞄だって魔法道具でしょう?あんな長い物が出てくるんだから。ちょっと見せなさいよ」と、畳みかけた。
柚はひったくるようなことはしないけど、獲物を狩る猛禽のような目つきでロシア人・ハニューシカさんの鞄を見ていた。さすがにハニューシカさんはコレはマズイと思ったようだ。
「魔法道具じゃない!関係ない、だろ」
「魔法道具じゃないってわかれば関係ないけど、魔法道具なんだったら、ばらしてやるから」
柚、めちゃくちゃだよ。
「ああ、わかったよ。魔法使いだよ、魔法使いって思いたいんだったら、そう思え、よ。もう何でも良いよ!」
ハニューシカさんはもう諦めたらしい。柚が魔法使いだって思い込んでるので、そう言うしか相手が黙る方法がないと悟ったようだ。賢いな。
「ほら、魔法使いなんじゃない。ね、私が言ったとおりでしょ?」
と、柚はドヤ顔で僕の方を向いた。