66.そ・・・それは
お母さんが抱えているもの!
「そ!」
柚が叫びそうになって、ゴクっと飲み込んだ。
「そ・・・それは、赤ちゃん!」
「ほら、お姉ちゃんとお兄ちゃんですよ~」
お母さん、ナニ、どうしたの。病院行くって、お産?出産?妊娠してたの?陣痛が来て急いで病院に行ったってこと?
お母さんは呆然とする僕たちなど全然気にしないで、その赤ちゃんを抱っこしたままダイニングの椅子に座った。
「ちょっと~、どういうこと?」
柚が隣に座って聞いた。
「産んだの?」
と僕が言ったら、二人に睨まれた。あ、違ったらしい。
「こないだ、お母さんのお友だちが亡くなったのよ」
「うん」
そういえば、お葬式に行ってたよね。
「それで、この赤ちゃんだけが残されたのよ」
「うん」
「親戚も誰もいないんですって」
「うん・・・って、まさか」
僕と柚は目がランランとしている。自分で分かる。発光しそうだ。
「だから、お父さんとも相談して、ウチで引き取ることにしたの」
「ホントに!?」
僕たちは手を取り合って飛び上がった。
「やったー!」
それを見てお母さんは嬉しそうに笑った。
「良かった。あなたたちに反対されたらどうしようかと思ったのよ」
「お母さん、名前はそらちゃんよ。そらちゃん!」
「そらちゃん?名前まだ付けてなかったみたいだけど、多分みっちゃんって呼ばれていたみたいよ?」
「ダメ、そらちゃん!絶対、そら!」
柚、うるさい。だんだん声が大きくなってきた。そうなるともうお母さんも言うことを聞かざるを得ないね。
「じゃあ、みっちゃんとそらちゃんを合わせて、みそらちゃんは?」
「やだよ、そんな演歌歌手みたいなの」
「そうかしら、可愛いと思うけど」
赤ちゃんが顔をしかめている。自分の名前が「みそら」になりそうだと分かっているのかな。
「お母さん、僕もそらちゃんが良いと思うよ」
そう言うと、赤ちゃんはにっこりと笑った。それを見てお母さんも納得してくれたみたいだった。
「わかったわ、じゃあ、お父さんと相談して決めるから、あなたたちはそらちゃんが良いのね?」
「うん!」
僕と柚が近年まれに見る良い返事を披露した。
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僕には妹ができた。宇宙の宙と書いて「そら」ちゃんだ。
宙ちゃんが着ていたお包みの小さなポケットには、不気味な宇宙人のチャームが入っていたので、お母さんが「そら」ちゃんの名前の漢字を「宙」にしたってわけ。
あのチャームはどういう経緯で、宙ちゃんのお包みに届いたんだろう。僕と柚にはわからなかったけれど、うまく宙ちゃんの手元に届いていて嬉しかったしとても驚いた。
宙ちゃんが産まれたときの本当のことは、誰も本人には教えられないけれど、これから大きくなっていくのを、僕たちは全部覚えているから、もう少し大きくなったら教えてあげるね。
たとえば、宙ちゃんはミルクを飲むのがとっても上手だってこととか、夕方になるといっつもすごく大きな声で泣くこととか。だけど、柚が抱っこするとすぐに泣き止んでニコニコすることとかね。
宙ちゃんが少し大きくなって、僕たちはよく散歩に行った。
ベビーカーに乗せると、宙ちゃんはいつもすごくご機嫌になる。僕と柚が代わりばんこにベビーカーを押して、電車に乗って、大きな公園へ連れて行った。
公園に行くと、ハニューシカさんが待っていて、僕たちは一緒に公園を一周した。大きな公園だから、ゆっくり歩いて行くとそれだけで小一時間もかかる。
噴水の水を眺めたり、咲き誇るバラ園を歩いたり、時にはベンチに座って、サッカーをしている子どもたちを見たりする。
「ほら、おいで」
ハニューシカさんがベビーカーから宙ちゃんを抱き上げると、宙ちゃんは手足をパタパタとさせて喜ぶ。
ハニューシカさんが本当のお父さんだよって、教えることはできないけれど、僕たちにとって大切な友人で、ハニューシカさんも宙ちゃんにとって大切な人なんだってことは、いつか教えてあげたいと思う。
「ぷわぁ、うー、だーぁー」
宙ちゃんの喃語は少し鼻にかかったような赤ちゃん特融の優しい可愛らしい声だ。宙ちゃんはハニューシカさんに抱っこしてもらうと、たくさん喃語でお喋りする。ハニューシカさんったら、目じりが下がりっぱなしだ。お父さんの顔だよね。
「ぱーぱ!」
宙ちゃん、その人は本当に君のパパだよ。
偶然に出た喃語だけど、僕たちは思わず目を見開いて驚いて、それからたくさん宙ちゃんを褒めてあげた。ハニューシカさんもすごく嬉しそうだった。
その人が本当のパパだよ。これからもずっと、そばにいて君を愛しているからね。
爽やかな風が吹いて、ハニューシカさんと宙ちゃんを幸せで包んでいるようだった。




