65.誰か来るんじゃないの
よし君一人称語りです。
ハニューシカさんが日本に残ることになって、僕たちはとても安心した。少ししか関わりのない宇宙人かもしれないけど、仲良くなったんだ。急に帰るとかって、しかも、たいして思い入れのあるわけでもない故郷に帰るなんて、必要ないと思うし、何よりも、そらちゃんのためには、日本にいた方が良いと思っていたんだ。
だから、彼が日本に残ると言ってくれて安心した。日本で暮らすのは大変だろうけど、彼ならきっと大丈夫だと思う。
僕たちがそれぞれ家に帰って、あの事故の日から5日ほど経った日だった。
「ちょっと出かけてくるわねー」
部活から帰ってきたところで、お母さんとすれ違った。
「え、どこ行くの?」
僕は玄関で靴を脱ぎながら聞いた。お母さんはもう急いで出かけたい様子だった。
「昨日、言わなかったっけ?病院よ。あら、柚おかえりなさい」
「ただいま、どこ行くの?」
「だから、昨日言ったじゃない。行ってくるわね!」
お母さんは大急ぎで駆けて行った。
こんな夕方に、病院?お見舞い?
僕たちはハテ?と頭をかしげながら家に入った。
「あー、つっかれた!ご飯は?あ、うわ、なにこれ」
居間に入って、僕たちは一瞬呆然とした。テレビは付けっぱなし、部屋は散らかっていて、なんか変だった。お母さん、どうしちゃったんだろう?
「病院行くって言ってたけど、昨日そんな話したっけ?」
僕は大きな段ボール箱から飛び出している「レンジで簡単消毒」とか書いてあるなにかを中に押し込みながら柚に聞いてみた。
「病院~?葬式って言ってなかったっけ?」
柚は冷蔵庫を漁っている。お腹すいたよね。
「葬式は一昨日。とっくに終わってるよ。うわ、ちょっと。お母さんどうしちゃったの」
居間と続いている6畳の客間に、座布団セットのような荷物が届いていた。
「・・・気でも狂ったんじゃない?」
柚、そこまで言うか。
でも、気が狂ったと思うほどに、家の中が奇怪しかった。
お釜の中には、水の量を誤ったとしか思えないゆるゆるのお粥が入っていたり、家じゅうのガラスのコップや箸類がのきなみ鍋で煮込まれている。それに、トイレにバケツが置きっぱなしになっているし、お風呂場前の洗面所にもなぜだか座布団が。さらに、編み物までした形跡がある。ウソだ。お母さんが編み物なんてするはずがない!
本当に気が狂ったんだと、僕と柚は内心動揺していた。
「とにかくお腹すいた。ご飯はこんなだし、なんかしよう」
というわけで、僕たちはインスタントラーメンを作って、簡単に夕飯にすることにした。もうお腹空いてるから食べられりゃなんでも良い。幸い、お味噌汁だけはまともなものが作ってあったので、それをいただいた。
「お母さんどうしちゃったんだろうね?」
「編み物してた形跡があったよ」
「編み物!?マジで?」
僕が教えてあげると、柚は相当驚いていた。口の端からワカメが出ている。僕が指でちょいちょいとしてやると、無言でツルンと飲み込んだ。
「誰か来るんじゃないの?ほら」
柚が客間のまだ梱包されている荷物を指しながら言った。
「アレは客用布団じゃないよ。小さいもん。多分座布団だね」
「まあ、大きさ的にはそうだけどさ」
「それに、お客さんが来るなら、もう少し片づけるでしょ」
「そうだよね」
僕たちは、混沌としたこの家を眺めながら食事をして、途方に暮れるしかなかった。
食事を終えて片づけをして、出しっぱなしのアレやコレやも片づけようかと思った。いくらなんでもひどすぎる。
「触んないほうがいいって」
柚が顔をしかめながら言った。そうかなぁ。でも、なんか気になるじゃん。自分の部屋が散らかってるのと、意味が違うっていうか、なんか不気味なんだもん。
そんなことをしていると、玄関が開く音がした。お母さんが帰ってきたんだ。
「ただいま~」
呑気というか上機嫌な声をしている。酔っ払ってるの?
だけど違った。
居間に入ってきたお母さんを見て、僕たちは驚いて声も出なかった。