63.家の一部が
私が途方に暮れているその時でした。高台のベンチに人がいるのがわかりました。こんな暗い時間に人がいるのを初めて見ました。
「お、やっぱりUさんかい」
そのベンチの人は、私を見つけると声をかけてきました。その声は
「Tさん?どうしてここに」
驚いていると、Tさんはこちらにやってきました。由さんと柚さんは私の後ろに小さくなっていました。大丈夫ですよ?別に怖い人じゃないですよ?
「お前さん、探してたんだよ。さっき、このお嬢ちゃんたちがお前さん探してたからよ。そんで、ちょっと俺もさがしてたらよ、お前さんとすれ違ったんだよ。気づかなかったか?」
「全然」
気づきませんでした。どの辺ですれ違ったのでしょうか。あの細い道だったら絶対わかると思うのですが。
「ま、いいや。とにかくここに来たら、お前さんの家の一部が残ってたからよ、まだここに戻ってくるだろうと思って待ってたのよ」
「そうだったんですか。すみません・・・で、私の家は?」
「それがよ、中に猫が入っちまってよ、そしたらそのままシューって言って、ヘロヘロ飛んで行っちまったんだよ」
「は?」
由さんと柚さんが声を出しましたが、私は息を飲んだだけで何も言えませんでした。
「お、俺は何もしてねぇよ?ホントよ、猫が悪いんだよ、猫がお前さんの家入って飛んでっちまったんだから」
Tさん・・・その話し、誰にも言わないでくださいね。
私の宇宙船、猫が乗って行ってしまったみたいです。
私はなんだか、笑いがこみあげてきました。
私はクスクス笑いが止まりませんでした。
「す、すみません、Tさん。ちょっと実験していたんです。猫が乗ってしまったのは予想外でしたけど、飛んだなら大成功です。明日日が出たら、どこに行ったか探してきますね」
「はあ、なんだ実験だったのかい。じゃ、Uさん、また帰ってくるよな?」
「え・・・」
「俺んちの隣」
Tさん。Tさん、もしかして知っているのですか。私がどこかへ行こうとしていたことを。そんな顔でした。
「はい、勿論」
「そうかい、じゃ、俺は先に帰ってるな」
Tさんは笑顔になって帰って行きました。
Tさん、私のこと心配して探しに来てくれたんですね。何も言わないで出てきた私のことを、気づいて探してくれたんですね。
しかも、私の家が置きっぱなしになっているからって、ずっと見ていてくれたなんて。
良い人ですね。
本当に、日本人はこんなに良い人ばかりです。少なくとも、私が出会った人たちはみんな優しい人ばかりです。
私がしんみりとTさんを見送っていると、由さんが聞いてきました。
「で、ハニューシカさんの家に猫が入って飛んでっちゃったって、どういう意味?」
はあ、そのフレーズだけ聞くと、さっぱり分からないですよね。
家に猫が入って飛んでった。って、ねえ~?
「つまりですね・・・宇宙船を置きっぱなしにしたらですね、猫が入ってしまって、スイッチを押してしまったようなんですよ」
私の説明では分からないようで、二人は口をポカーンと開けたままでした。少しの間そのまま止まっていたお二人は、ブルっと頭を振って、まずは柚さんが生きかえりました。
「ハニューシカさんの家っていうのは?」
「家が宇宙船なんです」
私は事実を言うだけです。だけど、お二人はまたポカーンとしてしまいました。
「ハニューシカさんの家って、段ボールハウスですよね?」
やっと由さんが生きかえりました。
「そうですよ?」
「段ボールが家で、宇宙船で、猫が操縦して、飛んでっちゃった、ってことですか?」
「そうです」
さすが由さん、実に順序立てて説明してくれました。私はにっこりと頷きました。
「ん~~~~~・・・」
由さん、大丈夫ですか。
と、思ったら彼は全然大丈夫でした。この双子は実に前向きなんですよね。
「分かった!段ボールに見える宇宙船ってことだ。それは分かった。それは分かったよ。だけど、宇宙船が飛んでっちゃったって、つまり、ハニューシカさんの宇宙船がなくなっちゃったってことでしょ?どうすんの?帰れないじゃない!」
その通りです。
ま、この場合、一番取り乱さなければならないのは私のはずですが、私は意外にも冷静でした。