60.日本人のこと好き?
僕の心が分かったのか、柚が笑顔でハニューシカさんに聞いた。
「ね、日本人のこと、好き?」
「は、はい」
ハニューシカさんはなんだか少し赤い顔をしているように見えた。照れてるんだろうか。それから続けて言った。
「日本は素晴らしい国です。どこへ行っても清潔で整っています。でもそんなことよりも、日本人のことが私は好きです。人はみんなとても誠実なんです。
私が初めてお世話になった日本人の少女も、私のことをすぐに宇宙人だと見抜きましたが、そのことを誰にも言わず黙っていてくれました。
お金持ちのお客さんたちも、私にとってはカモでしたが、私のことを訳ありだと察してくれて、随分と良くしてくれました。怖そうな人も高飛車な人もいましたが、その根本はみんな優しくて、だから私は彼らを信じて星の物を売ることができました。時には驚くほどの愛情表現をしてくる人もいましたが、それだって、とても温かくて、困りながらも少し嬉しくもありました。
それに、由さんと柚さんに会えて、本当に良かったです。勘が良くて、初めのうちは少し怖かったですけど、私のことを友人だと思ってくれて、心配してくださって・・・そんなことは、初めてで」
ハニューシカさんは少し言葉を切った。彼の演説の途中だったから、僕たちは敢えて何も言わないで、静かに聞いていた。
だって、日本人のことをこんな風に思ってくれて、好きでいてくれたなんて嬉しいじゃない。さっきの、自分の星のことや奥さんのこととは違って、彼がすごく熱を込めて日本人のことや僕たちのことを語ってくれるのを聞くのは、なんていうか感慨無量だった。
「娘に名前を付けてくださって・・・こんなに素敵な贈り物を作っていただいて・・・言葉で言い尽くせないくらいに、感謝しています。私にとって、あなた方は宝物です。本当に、別れるのは、とても辛いです。娘のことを諦めるのと同じくらいに、あなたがたにもう会えないと思うことが・・・悲しいんです」
彼は泣きはしなかったけれど、心の中が号泣だったことは僕たちにも分かった。彼の星では喜怒哀楽を感じる心が僕たちよりずっと少ないみたいだし、それを表現することはさらに希薄だ。だけど、今は彼の心の中の悲しさや苦しさが、その口から溢れているみたいに見える。だから、彼が泣かなくたって、心の中が辛さでいっぱいなのは僕たちにも分かった。
「ねえ、どうして星に帰るの?」
柚は、また同じことを聞いた。
「どうしてって、だって、私の故郷ですよ?それが普通じゃないですか」
ハニューシカさんは、逆に柚に聞きたいようだ。どうしてそんなバカげた質問をするのかって。だけど、僕だって、聞きたいよ。どうして星に帰るのかを。
「普通?ハニューシカさんの星の人は、引っ越しとか転勤とか海外進出とかしないの?」
「引っ越しくらいはありますが」
「じゃあ、日本に引っ越して来れば良いじゃない」
柚がかる~く言うと、なんだか変な感じだけど、僕もそう思っていたよ。
「日本に引っ越し?」ハニューシカさんは少し考えた。「いえ、ダメですよ。だいたい、私は私の星に身分登録されているんです。日本の・・・戸籍っていうんですか?私にはそれが認められないですから」
「良いじゃない。そらちゃんだって、日本人になったんだから」
「そ、そうかもしれませんが、私は6万日生きるんですよ。日本人の中で6万日生きたら、ギネスどころの騒ぎじゃないでしょう」
ギネス知ってるんだ・・・。柚がプっと吹き出した。
「じゃあ、良いじゃない、あの公園でも」
「ダメですってば。私には星に家族も友人もいるんですから」
「私たちだって、ハニューシカさんの友人だし、そらちゃんはハニューシカさんの娘じゃない」
柚、強い。ハニューシカさんはたじたじだった。
「だから!星から命令されてるんです。すぐに帰ってくるようにって!」
追い詰められたハニューシカさんはついに叫んだ。その迫力に、今まで面白がっていた柚もさすがに黙った。
「命令なんです。人のこと流刑にしておきながら、娘を置いて帰って来いと命令されたのです。そうしなければ、星の人数のバランスが崩れてしまうんです。しょうがないじゃないですか!命令なんですから!
あんな星、故郷だと言ったって、平和で長生きできると言ったって、身分登録があるから保険も保証もあると言ったって、私にとっては冷たい星です。だけど、それが故郷で、帰らなきゃならないんです。命令なんですから!」
僕たちはやっと、ハニューシカさんの本心が聞けた。
彼は全然、星に帰りたいわけじゃなかったんだ。僕と柚は目を合わせて、少しだけ頷いた。




