58.全然魅力を
救急車が行ってしまったことで、野次馬は少し減りましたが、まだトラックが道の半分をふさぎ、乗用車は見るも無残な姿で、チカチカと赤く点滅するいくつもの暗い明かりに照らされていました。
「柚、もう行こう」
由さんは顔色が悪く、具合が悪そうでした。
「大丈夫よね」柚さんは由さんに小さく声をかけると、今度は私に言いました。「ね、少し話したいから、公園に行きましょう」
「はい」
私は(宇宙船も置きっぱなしですし)本当は高台に戻りたかったのですが、由さんの様子を見て、放っては置けません。一緒に公園に行くことにしました。
自分が当事者でなくても、あのような現場は心をざわつかせます。
事故現場を離れて、もう赤いチカチカの光りが届かなくなると、やっと辺りは静かになり、私たちは少しホッと息をつきました。
住宅街の静かな道は、誰もいませんでした。時々車が行き違うだけなので、広い道を3人で並んで歩けました。
「ハニューシカさん、星に帰りたい?」
歩きながら、突然由さんが尋ねてきました。
「え、はい」
「どうして?」
どうしてって、当然ではないですか。
「私の生まれ育ったところですし、友だちも家族もいますから」
「みんなに会いたい?」
「それはもう」
と頷いてから、考えました。私の星の人たち、友人、家族に会いたいでしょうか。会いたい、とは思います。でも、会えなくてものすごく辛い、とは思いません。だって、私の星の人たちは、仲が悪いことはありませんが、日本人のように、なんていうか、温かくないのです。
「奥さんってどんな人?」
だから、急にこんな質問をされて、思わずこう答えてしまいました。
「冷たい人です」
「え?」
由さんと柚さんが、目を見開いて私に向きました。怖いですって。
「あ、ああー・・・そういうと語弊がありますかね。なんていうか、当たり障りがないって言いますか、つまらない人って言いますか」
「全然魅力を感じないんだけど?」
柚さんが斜め上を見るようにしながらツッコんでくれました。
「そうですか?」
「嫌われてんじゃないの?」
「柚、ひど」
そう思いますか・・・
「嫌われてはないと思います。私の星では、日本人のように喜怒哀楽の表現が豊かではないんです。だから、みんなそんな感じです」
「そうかなー」
「でも、ハニューシカさんは、喜怒哀楽普通にありますよね?」
腑に落ちない柚さんを、由さんがフォローしてくれました。
「でも、日本人より、アジアのあっちのほうは怒ったり泣いたりするとき、めちゃめちゃ激しいよ?欧米人の愛情表現だって日本人には絶対ついてけないし」
「日本人より激しい感情表現があるんですか?」
「あるねー」
お二人のハモりを聞く限り、相当怖そうです。そんなところに降りたたなくてよかったです。
「でもさ、違うんじゃない?」
少しの沈黙のあと、柚さんが口を開きました。
「何がですか?」
「ハニューシカさんの星の人は、感情表現が薄いんじゃなくて、感情自体が薄いんじゃない?そうじゃなかったら、試験管の中であれだけ育った子どもを殺すなんて、少なくとも親に見せてから殺そうとなんてしないと思うよ?」
「そうだよね。奥さんのこと、冷たい人って言った意味がなんとなくわかるよ」
私には分かりませんでした。私の国の常識は、彼らにとって非常識だからこそわかるのでしょうか。だから、私は何も言えませんでした。
「ハニューシカさんは、どうして星に帰るの?」
柚さんが聞きました。
今更そんな質問ですか?だって、分かってるでしょう?自分の育った星に帰りたいと思うのは、自然なことではないですか?
当たり前の感情だと思って、あまりよく考えていませんでしたが、彼らはどうして同じような質問を繰り返すのでしょうか。
そう思った時、公園につきました。前に来たことのあるあの小さな公園です。
前と同じように、お二人がベンチに座って、私はその前に立ちました。由さんの顔色はもう随分良くなっているようでした。




