56.商店街の方には行かなかった
公園から駅へ走り、ちょうど発車しようとしている電車に飛び乗った。
「ハァハァハァ」
ヤバ、飛び乗ったから吐きそう。
生唾を飲み込んで、青い顔して冷や汗を垂らしてる僕の肩を、柚が何度か撫でてくれた。柚はよく僕が乗り物に酔うとこうしてくれる。ただ肩を撫でるだけなんだけど、僕はいつもそれでなんとかなるんだ。
すぐに僕たちの家の最寄駅に着いた。
柚は僕のことを考えてか、走らなかった。本当は僕だって走って行きたいんだけど、今は無理。でも、墓地まですぐさ。坂を登ればね。
駅を出ると、なんだか騒然としていた。いつもより人が多い。
その中で、駅に入ってきた人たちはみんな興奮した様子で大声で話していた。スマホで動画を撮ったらしい人たちが、それに見入っている。
「事故があったみたいね」
柚がキッパリとした声で言った。
事故。だけど、今はハニューシカさんを探す方が先だよね。
そう思ったのに、柚はなぜか商店街の方には行かなかった。僕の家の方の改札から出て、それから大通りの方へと歩いて行った。
「柚、行くの?」
「うん、行った方が良いような気がして」
よく分からないけど、柚は時々こういうことがある。僕はそれを知っているから、どうしてかは聞かなかった。柚にも理由なんてないことが多いんだけど、だいたい柚のこういう勘は当たる。柚の真剣な顔を見ていればすぐにわかるんだ。
大通りに出ると、すごい人だった。お祭りでもあるみたいな人出。だけど、お祭りの騒ぎじゃない。もっと火事場みたいな感じだ。
通りには緊急車両があっちを向いたりこっちを向いたりして、何台も停まっている。それにただの救急隊員だけじゃなくてハイパーレスキューみたいな人もいる。
その先には、大きな交差点があって、そこはすごい人だかりだった。
「煙が上がってる」
「火が出そう」
僕が言うと、柚がかぶせてきた。
それって、ひどい事故なんじゃないの。
僕は柚のシャツの裾をひっぱった。行きたくない。怖い。行きたくない。
柚の勘も当たるけど、僕のこういう勘もよく当たる。きっと、絶対に怖い。何か良くないことがあるよ。
「由、怖いならここで待ってて。私見てくるから」
いつもヘラヘラしている柚の顔が、引き締まっていた。僕は何も言えず、思わずその柚の真剣な目に見られたら動けなくなった。
バカ。こんな時に、柚だけ行かせられるか。
僕は根性で、足を踏み出した。もう柚は3歩も先を歩いている。しかも速い。負けるもんか。柚にじゃない。自分の恐怖心にだ。怖いけど、柚だけ行かせることなんてしないよ。姉弟じゃないか。柚にはきっと何かやらなきゃならないことがある。だから僕も行くよ。
事故現場に到着すると、あまりの人混みに、僕たちは進めなくなった。前を見るのもできないほどだ。警官が笛を吹いて、交通整理をしているけれど、コンサート会場みたいに、みんながキープアウトのテープに群がっている。だけど、それ以上は近づこうとはしていない。明らかに危険だと分かるからだ。
僕たちはほんの少しずつ、前に出ていった。身体を前の人と人の間にねじ込ませる。僕たちは細っこいから、結構こんなので前に進んでいった。
もう前に一人しかいないところまで来た。ここからなら、事故現場がちゃんと見える。前の人の頭を避けるようにして覗き込むと、トラックと乗用車がぶつかっているのが見えた。乗用車は前部分がぐしゃぐしゃだ。運転席がぶっつぶれている。
後部座席は何とかなっているらしくて、今ちょうど、ハイパーレスキューの人が後部座席のベビーシートを引っ張り出したところだった。
赤ん坊が救出されたんだ。
周囲から拍手が沸き起こった。
―バウン!!―
その時、その乗用車が火を噴いた。
一斉に低い驚声が上がった。レスキューの人がベビーシートごと転がった。
僕はもうそれ以上見られなかった。柚の服の裾を握って震えるしかできないなんて、男としてどうかと思う。だけど、見られないものは見られない。
「由・・・そらちゃんよ」
柚が呟いた。