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53.帰れば良いんです

ハニューシカさん一人称語りです。

 私は(そら)を家に連れて帰りはしませんでした。

 駅で由さんと柚さんと別れてから、私はあるところへ行き、(そら)をある人に託しました。その時の私の顔は、きっと仮面をかぶったかのように動かなかったに違いありません。

 そうしていないと、とても離れられそうにありませんでした。

「さようなら、そらちゃん」

 娘の姿が見えなくなって、私はポツリと呟きました。何の感情もないような、私の星の住人のような機械的な声でした。

 私は星に帰るのです。

 これで良いのです。

 感情もほとんどないような人間になって、平和で長生きする星へ帰るのですから。これで良いのです。

 娘は幸せになるでしょう。日本人の夫婦に育てられて、幸せになります、きっと。

 その夫婦は、長い間子どもができなかったご夫婦で、やっと妊娠したところ、つい先ごろ、死産したという方です。その方たちの記憶を少しばかり操って、死産ではなく(そら)が産まれたことにしてもらいます。

 どんな人か、顔も知りません。勿論名前も知りません。娘がどんな名前になるのかも、知りません。

 これで良いのです。

 娘のためにも、私のためにも、これが一番良いのです。

 私は星に帰るのですから。



 私の心はぽっかりと穴が開いたようでした。悲しくて、空しくてたまりませんでした。


 娘を養女に出した次の日、私は家で寝ていました。起きるのもおっくうで、身体が重くていられなかったのです。

(ゆー)さん?」

 家の入口から隣の家の(てー)さんが覗いていました。

「どうしたんだい?体操にも、炊き出しにも来ないで。具合悪いなら、お粥もらってきてやろうか?」

「大丈夫です。風邪じゃなくて、ただのサボりです」

 なるべく元気な声になるように答えると、Tさんは「そうかい」と笑いながら行ってしまいました。

 優しい人です。こんな時は、他人の優しさが心に染みます。

 でも今は、その優しさが辛くてたまりませんでした。



 帰ろう。

 もう帰ろう。ここにいる意味はありません。娘は無事出産して、養女に出しました。他に私になにができるでしょう。結局彼女のためにできることは、私が早く帰ることしかないんです。

 星からは早く戻るように命令を受けています。

 帰れば良いんです。


 私は最小限の荷物を鞄にしまい、宇宙船を折りたたんで片手に持ち、もう片方の手に星から届いた黄色い手紙を持ちました。

 それ以外の荷物は置いて行くことにしました。もう使いませんし、しばらくここに置いておけば、使いたい人が見つけて使ってくれるでしょう。布団も冷蔵庫もまだ使えるものばかりです。


 家を出て、心の中だけでブルーシートゾーンに別れを告げました。

 さて、では、どこから飛び立てば良いでしょうか。

 こんな真昼間に、日本人から見れば大きな段ボールボックスに入り込んで、そこから飛び立つのは、怪しさ満点です。

 というか、絶対見つかっちゃいけないことですよね。

 この公園は広くて人の来ないところもありますが・・・ここはよした方が良いように思いました。

 私は電車にのり、娘をしばらく育てていたあの母体の木のある高台に行くことにしました。そこならば、公園よりも人は少ないですし、夜になれば誰もいません。見つかることなく、私は宇宙に飛び立てるでしょう。

 重い足取りで坂道を登り、やっとの思いで高台に着くと、私はあの木の下のベンチに座りました。

 そして夜が来るのを、ジッと待ちました。誰も私のことなど気にも留めない居心地のよさに、ただ静かに座って夜を待っていました。


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