51.アナログな音
それからしばらく待っていると、木に取り付けてあるダイヤルが、急に音をたてはじめた。
音に気づいて、柚もこちら側に来た。もうすぐだって、みんな分かった。
木を見ると、赤ちゃんはずいぶん上に上がっていて、なんだか窮屈そうな顔をしていた。
大丈夫、もうすぐだよ!
3人で木の幹とメモリを見つめる。僕と柚は息をつめているのに、ハニューシカさんだけはハァハァと荒い呼吸をしていた。興奮しすぎだって。
―ジジジジジジジジ・・・-
トースターみたいなアナログな音がする。それから
―チーン♪―
と高い音がした。焼けた焼けた・・・って違う!
赤ちゃんは初めに見たときより、少し上に移動していた。その赤ちゃんの、上半身の部分の幹が、バカンと宇宙船の扉のように開いて、中からモクモクと水蒸気が出てきた。
最新式のオーブンレンジみたい。
ただ違うのは、赤ちゃんの泣き声がするってこと。
― フニャ、フンニャ、フンニャ ―
思ったよりも小さな声だ。
ハニューシカさんが恐る恐る、赤ちゃんを抱き上げて木の幹から取り出そうとしたとき、ブワっと木の中から風圧がかかって、濡れていた赤ちゃんの身体を一瞬で乾かした。
「うわ!」
びっくりして3人で叫んだ。
だけど、ハニューシカさんは赤ちゃんを離さなかった。さすがお父さん。
とにかく、コレが感動の宇宙人出産シーンだったわけだ。
「それ、取ってください!」
ハニューシカさんはぎこちなく赤ちゃんを抱きながら、僕に目線でタオルを指した。
「はい!」
僕が赤ちゃんを包むようにしてあげると、ハニューシカさんは不器用な手つきで、とりあえずはタオルを赤ちゃんに巻きつけた。
それから、大事に抱えてベンチの方へ回り、そこへ置いた。
産まれたての赤ちゃんは、思ったよりずっと小さくて、儚げで、そしてなんだかホカホカとあったかかった。
「うわ~、可愛い~」
3人で猫なで声だ。だって、本当に可愛いんだからしょうがない。
僕が産着をハニューシカさんに渡すと、ハニューシカさんはそれを赤ちゃんに着せようと、汗だくになって奮闘した。
「ちょ、ちょっと、そんなにしたら、手がもげちゃう!」
柚がハニューシカさんの腕をつかむ勢いで、叫んだ。
「あ、そうですよね。こ、こうですかね?」
「ひえー!待って、私やるから」
意外にも、柚は赤ちゃんに衣服を着せるのが上手かった。ていうか、どこでそんなこと覚えたの?
「保健の授業でやった」
「へ~」
僕とハニューシカさんは、柚を尊敬した。
赤ちゃんのお世話をしながら、柚はちょっと首をかしげた。
「ねえ、赤ちゃんって、赤いから赤ちゃんっていうのは分かるんだけど、時々赤ちゃんのこと、みどりごって言うじゃない。どこも緑っぽくないのに不思議よね。だいたい赤と緑って反対色じゃない」
そこ?
今、そういうことが気になるってどういう神経してるんだろ。柚ってば、いつもこんな感じだよね。せっかく尊敬したのに、これだもんね。
なんて思ってたら、ハニューシカさんが真面目な顔をして頷いた。
「柚さん、みどりというのは、色を表す言葉ではなくて、若いとか初々しいといった意味だそうですよ。そう、本に書いてありましたけど」
「そうなの?へ~、だから、みどりごって言うんだ。初めて知ったわ。ハニューシカさんったら物知りね」
「え・・・普通の日本語じゃないんですか?」
ハニューシカさんはキョトンとしていた。
確かに普通、そんな日本語知らない。昔の言い回しだと思うよ。もしかして、ハニューシカさんって、ものすごく古い本を読んだんじゃないのかな。
どっちにしろ、僕と柚はハニューシカさんを尊敬した。
柚は赤ちゃんに衣服を着せて、大きなタオルで包むと
「はい」
と、ハニューシカさんの腕に赤ちゃんを乗せた。
赤ちゃんを抱いたハニューシカさんの顔が、驚いた表情から、すぐにホロホロに溶けちゃって、しまりのない、いやいや、優しいお父さんの顔になった。
ハニューシカさんの腕の中で、赤ちゃんはすやすやと眠っていた。