50.もう一息だ
由くん一人称語りです。
人間の出産は、初産の場合陣痛が12時間くらいだと聞いたことがある。つまり、お母さんのお腹が痛い時間が12時間。一日仕事だ。
僕自身のことは知らないけれど、友だちが産まれたときのことを聞いたところによると、陣痛が24時間だったとか36時間だったとか、信じられないほど時間がかかって、やっと生まれてきたヤツがわりといる。てか、そんなこと自慢されてもどう答えていいかわからないけどね。
今、僕が目の前で見ている「出産」も、時間がかかっていた。
とはいえ、僕のお母さんの出産シーンじゃない。
出産しているのは「木」。木だよ?墓地の片隅に立っている普通の木。その木の中に、宇宙人の赤ちゃんがいて、その赤ちゃんを出産するんだ。
はぁ~?って思うでしょ?本当なんだよ。宇宙人って計り知れないね。
「ねえ、まーだー?」
柚がすっかり飽きて、向こう側のベンチから声をかけてきた。暇つぶしにスマホでネット小説なぞ読んでいるようだけど、そろそろバッテリーもヤバいんじゃないだろうか。
時間がかかるので、実は一度柚はここを離れている。
お昼前にここに来たんだけど、お腹が空いて、みんなのお昼を買ってきてくれたんだ。それをベンチで食べて、さらに3時間が経ったころか。さすがに僕も疲れてきたよ。
「もう半分以上過ぎましたよ」
ハニューシカさんがメモリを見ながら確認している。
「どれ、あ、ほんとだ。あと少しじゃないですか」
僕もメモリを見ると、随分とダイヤルは進んでいた。この分ならあと3時間も待たないで産まれてきそうだ。
ハニューシカさんはウロウロと落ち着かないようで、ちょこちょことダイヤルを見たり、産着を確認したり、木をさすったりしていた。
って、木をさすっても、妊婦さんじゃないんだから、ヒッヒッフーとか言わないだろう。気持ちは分かるけどさ。
「赤ちゃんはどうなの?」
柚が木を回り込んで、見に来た。
「あ、随分進んでるじゃない。でも、赤ちゃん死んでるみたいね」
「縁起でもないこと言わないでください」
ハニューシカさんは慌てて鞄を探して、ガラスのコップを取り出した。そのコップを木の幹に当てて、音を聞いてる。
「そんなので聞こえるんですか?」
僕の横で柚がゲラゲラ笑ってた。宇宙人の聴診器がコップって、いきなりコント仕立てだもんねー。
「聞こえますよ。ほら、聞いてみてください」
僕と柚はハニューシカさんに渡されたガラスのコップを順番に木の幹にあてて、音を聞いてみた。
―トクトクトクトクトクトク―
規則正しい、思ったよりも速い心音がガラスのコップを通して聞こえてきた。
コップに耳を当てながら柚が薄ら笑いを浮かべている。分かるよ。なんか幸せな感じがするよね。赤ちゃんの鼓動がちゃんと力強く聞こえて、少し感動した。
柚はそれが気に入ったみたいで、その後もベンチに座って飽きると、こっちに来てコップを木の幹に当てていた。
そして、夕方になった。
「あと少しですね」
ハニューシカさんの目がランランとしている。怖い、怖いよ、お父さん。
そうか、ハニューシカさん、お父さんなんだね。僕たちと大して年が変わらないように見えるけど、もうお父さんなんだね。
赤ちゃんが生まれるまでもう一息だ。