46.聞きにくいんだけど
図書館で読みたい本、3人とも同じような考えだった。
僕と柚は、人体のこと。ハニューシカさんは医療のことだった。つまり、3人とも、ハニューシカさんの娘さんのことをどうにかしたいと思ったんだ。そして、ハニューシカさんを自分の星に帰らせてあげたい。
そうだよね。だって、この際宇宙船は問題じゃない。問題なのは、ハニューシカさんの娘さんが病気、じゃなくて、奇形?だから、星に戻れないんだ。娘さんが五体満足か、少なくとも普通の人並みに健康に暮らせるのならば、何の問題もないはずだ。
あの後考えて、星の方でも、ハニューシカさんが地球に来てしまったことで、若い男が一人減ってしまったということになって、本当ならば帰ってきてほしいんじゃないかと思ったんだよね。
だから、娘さんのことさえなんとかなれば、きっと大丈夫なはずだ。
柚も同じことを考えていたらしい。やっぱりね、僕たちはこういう時だいたい同じこと考えているよ。うん。
読みたい本をそれぞれに持ち、広い机が使い放題だったので、僕たちはそこを陣取ることにした。
集まってみると、だいたい本の傾向が似ていたので、僕は思わず笑ってしまった。
「ねえ、聞きにくいんだけど、娘さんって、どこが悪いの?」
柚は小声で尋ねていた。全然聞きにくそうじゃないのが柚らしい。
「内臓が足りないんです」
ハニューシカさんも小さな声で答えていた。今日は日曜日だけど、まだわりと早い時間で、下の階の勉強スペースはいつも混んでるけど、この一番上の階はいつも空いてて、今日はまだがら空きだった。それでも一応、図書館だからね、小声は基本だよね。
柚は人体の図鑑を開いて、生々しく内臓がめくれて見える、人体図のページを開いてハニューシカさんに見せていた。
「どれ?どれが足りないの?」
ハニューシカさんはその人体図をしばらく眺めて、
「全部です」
と、言った。
「全部?」
おっと、思わず普通の声が出ちゃった。柚にシーと言われて、ちょっと恥ずかしい。
「全部って、全部?内臓ひとつもないの?」
柚が小声で尋ねた。
「いえ、ありますよ。全部ありますが、全部一つずつしかないんです」
ハニューシカさんが答えた意味を、僕と柚はしばらく頭の中で咀嚼していた。全部一つずつあれば、何の問題もないと思うけど?
僕たちがそれについて何も言わないので、ハニューシカさんが言葉を続けた。
「この表も全部一つずつしか描かれてないですね。もうひとつは省略されてるんですか?それとも、裏側にあるものなんですか?」
もうひとつ。って?
「ちょっと待って」柚このセリフよく言うよね。「ねえ、ハニューシカさんって人間だよね?」
しつれい~!失礼すぎでしょ。
「はい、いえ、確かに人間ですけど」
「違う違う、ホラ」
僕が柚の前に手をひらひらさせると、柚も分かってくれた。
「「宇宙人だ」」
二人でゲッツだった。
そうだよね。宇宙人だよね。体のつくりが違っても何の不思議もないよね。いや、不思議だけど、そういう人種ってことだ。
「なぁに、ハニューシカさんってもしかして内臓2つずつあるの?全部?」
柚が楽しそうに聞いていた。
「え、ええ。日本人はないんですか?全部ひとつですか?腎臓も?」
ぐ、腎臓。
「腎臓は普通2つあるわよ。由はなぜか3つあるけどね。ハニューシカさんは?」
「私は4つありますよ。由さんは3つですか。何かその辺にヒントがありそうですね」
「え、ないよ。僕のはただの偶然っていうか、普通は2つなんだから」
そんなことはどうだって良いはずなのに、なぜかハニューシカさんの目が僕のお腹を透視しているような視線で怖かった。あげないからね!いや、必要ならあげても良いけど、今はやめてよね。心の準備ってもんがあるんだから。
僕たちの研究は始まったばかりだけど、ハニューシカさんの珍しく変な目つきが気になって、僕はあんまり本が読めなかった。
僕の内臓のことはとりあえず忘れてほしいよ。娘さんのことだけ、考えてくださーい!




