45.元気そうで
44話と同時間で、由くん一人称語り。
雨が降ってきたので、僕たちは帰った。
ハニューシカさんは駅から電車で、あの公園へ。
僕たちは、あの公園に自転車を置きっぱなしだけど、まあ、雨だからしょうがない、そのまま家に戻った。
雨はどんどん強くなった。
ハニューシカさんの娘さんのこと、住んでいた星のことを聞いて、僕たちはなんだかとても遠くに来たような気がした。
世の中には僕たちが知らないだけで、色んなことがあるものだ。星もそれぞれ、人もそれぞれ、考え方もそれぞれだ。だけど分かり合えないわけじゃない。
僕たちは彼のあの声を忘れない。苦しそうに号泣するあの声と、その後の「もう良いんです」と言った時の表情。
全然よくない。良くないよね。彼は好きで日本にいるわけじゃないんだ。できることなら、家族3人で、故郷の星で暮らしたいはずだ。奥さんを残してきて、娘さんは病気。おまけに、正体をバラせない宇宙人が、日本で幸せでいられるとは考えられない。彼の言った「もう良いんです」はただの強がりだって、僕たちにはよく分かっていた。
言いたくなかっただろうな、こんなこと。
よく言ってくれたよな。
僕たちは嬉しかった。
彼の役に立ちたいと思った。僕たちはただの高校生で何もできないかもしれないけど、だけど、もしかすると何かできるかもしれない。
だから、何か、良い方法があるんじゃないか、考えようとした。
時間が必要だよね。
僕たちは家に戻ってからも、特にハニューシカさんのことを話しあうようなことをしなかった。自分の心の中だけで考えていた。柚には柚の考えがあるだろうし、僕ももう少し自分なりに考えて整理したいと思った。
夜の間考えて、いつの間にか眠ってて、次の日の朝になっていた。
ああ、日曜日だ。
「由、自転車取りに行こう!」
せっかくのお休みだから、図書館に行って調べものでもしようかと思っていたら、先に柚に誘われた。
「自転車か。忘れてた」
「忘れてたの?由ってば、あんまり自転車使わないからねー」
柚はケタケタ笑っている。確かに柚は自転車大好きだからね、僕のことあんまり乗らないと思ってるけど、そうでもないよ?ちゃんと使ってるよ?
二人で電車に乗って、例の公園に行った。
「寄ってく?」
昨日の今日だけど、ハニューシカさんに会いたい気もする。まだ落ち込んでるんじゃないだろうか。
「えー?いいよ、今日は。私この後図書館行きたいし」
柚の考えは、僕にもよく分かる。やっぱり図書館だよね。同じこと考えてら。
「僕も行くよ」
それで僕たちは、公園のハニューシカさんの家には行かずに、そのまま自転車に乗って、図書館に行くことにした。
柚の激チャリは相変わらずで、僕もかなり必死に漕いでったんだけど、途中で完全に見失って、結局別行動で図書館を目指した。
公園から図書館までは、電車で3駅分くらいは離れているから、チャリで15分くらいの道のりだ。あと少しというところまで来て、足が疲れてきて、住宅街を少しタラタラ流していた。
角を曲がって、まっすぐ下るとすぐに図書館というところで、柚の自転車を発見した。アレ?自転車降りて押して歩いてる。パンク?と、思いながら近づいてびっくりした。
「ハニューシカさん!」
「あ、由!遅いって!もうちょっと早くに来てれば、面白いもの見れたのに」
柚はゲラゲラ笑っていた。
「何?面白いものって?」
「ハニューシカさんとデブったおばさんのすごいシーンがね!」
「柚さん!」
ハニューシカさんの顔が真っ赤だ。どうした!すごいシーンって何!?
「違うんですよ。私の売った痩せ薬が効かないって、追いかけてきたお客さんがいたんですけどね、柚さんが来てくれて助かったんですよ」
ああ、ありそう。だけど、ホントにそれだけ?柚が笑ってるけど?
「そうなんだけど、そのお客さんがすごいんだって!もー、ハニューシカさんに抱きついちゃって、ほとんどブチューってしてたよね?あはははは!」
どんな客だ。
「薬が効かないってクレーマー?抱きついちゃうって、ストーカー?」
「どちらかというとストーカーの方なんです。毎回、会うと大変なんですよ。お宅がわりと近いのですけど、こんなところで会うとは思いませんでした」
ハニューシカさん、真っ赤だよ。よっぽどだな、その客。
「たまたまハニューシカさんを見つけたみたいで、すごい勢いで突進してきたところを目撃しちゃったのよ。いや~、アレは見ものだったわ」
柚は大笑いだった。
「僕も見たかったな」
「やめてください、由さんまで!」
ハニューシカさんは悲鳴のような声をあげていた。ああ、でも、元気そうで安心したよ。
色んなお客がいるんだなと思いながら、僕たちはその足で、図書館に向かった。




