44.絶体絶命のピンチ
最愛の娘を、この日本に残して行く。これが苦しくないはずはありません。だけど、私は大切なことを教えてもらいました。
それは“手を尽くして送り出す”もとい“残す”ことです。
娘が日本に一人で残っても、幸せに生きることができるために、私は何かをしなければなりません。
まずは、娘をただ置いていくのではなく、うまく日本人の子どもとして育ててもらえるよう、手を回しました。こういう情報操作は、私の星では普通にあることです。それに、日本人はその情報操作がどのようになされているかを知りようがないので、きっと娘は日本人から生まれた子として何の違和感もなく育てられるでしょう。
そのために、なるべく良い人を探してもらうことを頼んできました。
それから娘のためにできることは、彼女の身体の奇形がどれほどのものかを調べることです。日本人の身体の造りと大きく違う場合、また手を打たなければならないでしょう。
見た目は同じでも、中身が全く違うということもありますから。
それは、すぐに調べなければなりません。
朝になると私は、すぐに図書館へ向かいました。
日本の図書館は優秀です。おおよそ、一般的な本は何でもあり、専門書もそれなりにあります。医学の本だって、一般人には必要すぎるほどの専門的な本がいくらでもあります。その図書館にはなくても、近隣の図書館からも取り寄せてもらえますし、これが無料っていうんですから、たいしたものです。私の星も図書館はありますが、こんなにたくさん本はありません。まあ、星の場合は“本”という紙媒体でないことも多いのですが。
少なくとも、一般的な日本人の身体の造りのわかる本は絶対にありますし、もしかすると娘のような奇形の場合の治療法が載っているものもあるかもしれません。
私がそんなことを真剣に考えながら、図書館への静かな住宅街の中の道を歩いていると、いきなり背後から甲高い声が聞こえました。
「まあああぁ、Uさん!ちょっとぉ、嬉しいわぁ!?」
その声は、私のお客さんの1人で、よく化粧品を買ってくださるお金持ちの奥様のものでした。
「あ、奥様!」
ヤバい!
と本能的に思いました。走って逃げ出そうとしたその時、
「Uさああああああん!」
と、お客さんがものすごい勢いで突進してきて、私の腕をガッチリと掴みました。
「ひ!」
な、なんでこの方、こんなにたっぷりした体形をしているのに、素早いんですか!日本人は光速で移動できるのですか!
「お忙しいのは、分かるけれど、もっと、ウチに来てくださらないと困りますわ~ん。ね、Uさん」
お客さんは、こんな住宅街の道端で私の腕に絡まって、なんというか・・・今にも獲物を食べようと舌なめずりをする獣のように私のことを見つめました。ひい、へ、変な汗が・・・
「すす、すみません。忙しくて、なかなか・・・あの、あの?」
なになになになに!?なんか、手が、尻に当たってますけど!?もしもし?うわ、太い腕!って、怖い怖い!このまま食べられる!
「そんなに固くならないでぇ~?ね?Uさん、あのお薬、なかなか効いてこないみたいですの。だから、相談したいことがたくさんあるから、ウチに寄ってくださいな」
「ははははは」笑っているわけではありません。まともに声が出ないのです。「はひ」
本当にもう、食われそうです。
奥様の大きな口がスローモーションで私に近づいてきます。いえ、きっと彼女はスローで近づこうなどとは思っていないのでしょうが、私がそれをさせまいと腕で押しのけているからこその、スローモーションです。
迫る奥様。のけ反る私。
く、口がでかい口がぁ!
と、その絶体絶命のピンチに、自転車がチリリンと通りました。
うわ~、神の助け!
ところが、
「げー、何あれ、キモ!」
という、チャラい女子高生の声が聞こえました。それから
「写メ撮っておこ!」
という声が聞こえて、カシャ!カシャ!と音がしました。
やーめーてーくーだーさああああい!ていうか、助けてください!
と思っているのに、声が出ません。
誰だか知らないけれど、そこにいるなら、助けてください!写真撮ってないで、お願い!助けてー!
「ちょっと、やめてくださらない!」
私をガッチリと絞めているお客さんの太い腕が、私の首から外れました。
ホッと息を吐く私。奥様はぷんぷんと怒っています。まあ、そうでしょうね。いきなり、女子高生が現れて、写真撮られたら、そりゃ、怒りますよね。
ところが、女子高生は負けていません。
「おばさん、こんなところで高校生襲ってたら、通報されるのはアンタよ」
「お、おばさんですってぇ!?」
「違うの?何歳?25歳以上でしょ?ま、多分38歳。お、ビンゴ?」
お客さんは真っ赤になって怒って、そして「んまあああ!」という声を残して走って去って行きました。
おー・・・あの方、本当に機敏な動きをしますね。
まあ、とにかくこの女子高生のおかげで助かりました。あのままだったら、私本当に食べられていましたよ。危ないところでした。
「ありがとうございました」
と、お礼を言おうとしてその女子高生を見ると、なんとその人は、
「あははははははは!良いもん、見ちゃったー!」
と、大笑いの柚さんでした。
げぇー!見られた!とは思いますが・・・助かったのは確かです。いや、助かってないような気もします。
とにかく、柚さんは笑い続けていました。




