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42.親もなく

 娘のことを由さん柚さんに見せて、全てを話したことで、私は少しばかり心の重荷が降りたような気がしました。しかし、それは由さん柚さんとのことであって、娘のことは何一つ解決しておらず、結局娘を置いて行かなければならないことを私の頭の中で強調しただけで、むしろ心は暗くなりました。


 帰り道、1人で電車に乗り、娘のことを考えました。

 この地球に、置いて行かなければならない娘。

 愛しい娘を。


 殺されるより、ずっと良い。そう思ってさらったはずなのに、助けなければ良かったと思う私もいました。

 だって、娘は1人で置いて行かれるのですから。

 親もなく、自分が何者であるかも知らず、たったひとり。

 親もなく、たったひとり。

 お前は宇宙からやってきたんだよと、誰も教えず、知ることもなく、異星人がたったひとり、地球で生きて行くなんて。それを哀れと言わず何というでしょうか。

 いっそ、この手であの木を壊し、娘を・・・殺してしまおうかとさえ思いました。

 でもそれはできません。それをしたら、私は一体なんのために彼女をさらったのか。何の意味もないことのために犯罪者となったとは思いたくありません。

 忘れるしかないのです。

 私にとって、何の意味のなかったことかもしれませんが、彼女の命だけは救ったのです。それだけを、心の隅に置いて、あとは忘れるしかないのです。

 忘れる。

 そう思うと、また私の心は苦しみ(うめ)きました。

 星の決まりの通りにしておけば良かった、と後悔が押し寄せてきます。こうなることが分かっていたのに、どうして娘をさらってしまったのか。

 意味のない後悔が、私を苛み続けました。



 苦しいだけの物思いに沈みこんでいたため、ハッと気づいた時には、電車を乗り過ごしていました。

 慌てて電車を降り、反対方面の乗り場へ行こうと、線路の上に架かっている陸橋を上りました。幾人か傘をさしてこちらへ歩いてくる人がいます。

 陸橋の中央には、男の人が(たたず)んでいました。雨が降っているのに傘もささず、濡れています。

 その人は、熱心に足下の線路を覗き込んでいるようでした。あんなに乗り出していたら危ない、となんとなくその人を気にしながら橋の中央へ向かって歩きました。

 私がその人の後ろを通りかけたとき、その人は柵から大きく身を乗り出しました。

 線路には列車が入ってくるところです。

「危ない!」

 私は咄嗟に、その人にしがみつきました。このままだと落ちて死んでしまうのはわかりきったことです。それで思わず、その“自殺”を止めてしまいました。

「うわ!」

 その人は、頭がもう向こう側に落ちようとしていて、ものすごい重さでした。このまましがみついていたら私ごと落っこちてしまいそうです。陸橋の下の線路に電車が走り込んできて、大きな音と風が頭の周りでチカチカと光りました。

 私は力づくで、その人を引っ張りました。私は身体が小さい方ですし、大の男の人を引っ張るのはかなり大変です。しかもその人は、まるで力が入っていないかのように、妙に重たいのです。

 その人にしがみつきながら、足を柵に絡ませるように踏ん張り、なんとかその人を引き上げて、二人で陸橋の上にへたり込みました。

「はあ、はあ!ダメですよ!死んじゃ!」

 私は思わず大声を出してしまいました。

 するとその人は、驚いた顔をして私の顔を覗き込んできました。

(ゆー)さんじゃないか!」

「あ?あ、ナベさん、一体どうしたんですか、こんな真似をして」

 その人は私のお客さんでもある、ナベさんでした。ナベさんは驚いた表情のままチラリと線路のほうを向きました。

「別に飛び降りようとしたわけじゃねえんだよ。ただ、下に何か光る物があったから、覗き込んだだけだ」

「え?覗いだだけ?」

「そうだ、ホラ、見てみろ、あそこ何かあるんだよ」

 そう言われて、私も立ち上がり、先ほどナベさんが熱心に見つめていたところを覗き込んでみました。

 確かに何か光っているように見えました。

「でも、危ないですよ。落ちるところでしたよ」

 私は顔を戻して言うと、ナベさんは首を少しすくめました。

「悪かったな。ちょっと考え事してたせいか、なんか、吸い込まれるような気がしてな」

「考え事?」

「ああ・・・」

 そう言うと、ナベさんは陸橋の柵に背をもたせて、座り込みました。

「実は、ああ、そうだ、Uさんにも関係あることだからな、ちゃんと言っておかないと」

「私に関係が?」

 私もナベさんの隣に座り、暗い陸橋の上で、二人で話し込むことになりました。


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