41.スタートがおかしくない?
お二人でとりあえず納得すると、また由さんは私に向き直りました。だから由さんがまた質問するだろうと思っていたのに、口を開いたのは柚さんの方でした。
「でも、ハニューシカさんは娘さんの命を守ったんでしょ?それは別に悪いことじゃないじゃない。どうして罰を受けなければならないの?」
ああ、やっぱり難しいですよね。私にとっての常識を、その常識を知らない人に「常識」として教えるには、どう伝えたら良いのかが難しいのです。
「つまりですね・・・私の星では、今の人数が一番統制がとれていて、豊かで平和なんですね。それを維持していくためには、今生まれた人間が健康で寿命をまっとうできるか、長い目で見てですね」
「そりゃ、健康な人間だけを生かしていれば寿命は長いに決まってるじゃない。豊かで平和かもしれないけど、それスタートがおかしくない?」
私が話している途中で、また柚さんが遮りました。我慢できないのでしょうね。私も柚さんに言われて気づきましたが、スタート時点で淘汰された子どもの上に成り立っている長寿なんて、たしかにおかしいです。
「柚、話が逸れてるよ。それはその星で決まっていることなんだから、僕たちが何を言ってもしょうがないさ。だけど、どうして罰を受けなければならないかって柚が質問したんだから、そっちの方を理解して解決するほうが良いと思うよ」
「それは分かったわよ。今ハニューシカさんが言ってたじゃない。今の人数が一番平和だって。だから、それを自分ひとりくらい平気だろうってわがままを言う人がいると、どんどんその人数が狂っちゃって、平和じゃなくなるってことでしょ?」
「だからソレ、最初にハニューシカさんが言ってたじゃない・・・」
ドヤ顔の柚さんに、由さんが小声で反論していましたが、柚さんは聞いていませんでした。お二人とも私の星のことを客観的に見て、理解されているようでした。その上で、やっぱり納得できないのでしょう。
長生きできる健康なものだけを育てて成り立つ長寿の人間だけの国。その時に淘汰される人間のことを考える者が、私たちの星にはいませんでした。
私だって、まだ試験管の中にいる娘を見せられて、コレは失敗作だったと言われても、まだ気づかなかったのです。抹殺すると言われた時にやっと気づいたのです。それを殺すことがまかり通ることの恐ろしさを。
自由に嫁いで、自由に産んで、自由に生きて行く日本人から見れば、その歪さにすぐに気づくのでしょう。うらやましいことです。
「そうかー・・・タイムマシンの故障じゃないのね」
だから、私は未来人じゃないんですってば。本当にこの方は理解しているのかちょっと心配になりましたが、きっと分かっているのでしょうね。
「娘さんは、どうして木の中に入ってるんですか?」
今度は由さんが質問してきました。
「木の中に?ああ、アレはですね、この国で言う試験管なのです」
「試験管?」
「そうです。娘はまだ産まれていないのです。ですので、母体の木が必要なんです」
「母体の木って?や、産まれてないって、どういうこと?」
私たちは少しの間見つめ合ってしまいました。どうやら、日本人は試験管で生まれ育つわけではないようです。母体の木は必要ないのでしょうか。
「つまりですね、まだ誕生していないのです」
「お母さんのお腹の中にいる状態ってこと?」
お二人とも、長いセリフもハモるんですね。って、お母さんのお腹って?
「母体とは言いますが、本当にお母さんのお腹は使いません。試験管の中で育てて、その試験管ごと母体の木に埋めておくのです」
お二人はしばらく、目をキョロキョロさせたり、考えるような顔をしたり、一瞬納得したり、それからまた上目使いになったりして、せわしなく色々と考えたようでした。それから二人とも落ち着いて
「へ~~~~、さすが宇宙人」
とハモって片づけてしまいました。順応性ありますねー。
私の方は、お母さんのお腹というフレーズが頭の中をぐるぐるしていますが。
とにかく彼らは、私の星では赤ん坊は試験管から生まれてくることを理解し、健康でない者は淘汰されるということを理解してくれたようでした。
娘のことを諦めるのは非常に辛いですが、お二人にも理解してもらって、随分と気持ちが楽になりました。
気が付くと、ポツポツと雨が降り始めました。もう夕方ですし、雨が強くなりそうです。
私たちは帰ることにしました。
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