38.彼らの手の
ハニューシカさん一人称語りです。
故郷の星から手紙が届きました。私の居場所はすでに知られていますが、私が今どんな名前でどこに住んでいて、どんな仕事をしているのかも、故郷の星の方ではちゃんとわかっているようでした。
由さんと柚さんがいましたが、私は手紙を読むことにしました。彼らはとても興味深そうに私と手紙を見ていましたが、何も言わずに静かに待っていてくれて、気が付いた時には私はもう故郷のことしか考えていませんでした。
手紙にはこう書いてありました。
―恩赦―
この手紙は、私の罪を許すものでした。
私は罪を犯して流刑になり、この日本へやってきました。その罪を許されて、星に帰ることができるというのです。
それは嬉しいことです。私は星に帰りたいと思っています。星に残してきた妻のことを思うと、申し訳なくていられません。彼女のことが心配でたまらないのです。
でも。
帰れるのは私一人。そういう条件です。
私の罪の元となった、私の娘は、置いて行かなければなりません。娘と一緒に星に帰ることはできないのです。それが条件でした。
置いて行けるでしょうか。何も知らない土地に、まだ幼い娘ひとり置き去りにして、星に帰れと言うのです。
星を離れるときに感じた、身を裂かれるような痛みを、今また感じていました。星の仲間と、家族と私。どうして一緒にいられないのでしょうか。
苦しくて、胸を引きちぎりたいほどに苦しくて、私はうずくまりました。下を向くと私の膝にポタポタと水がかかりました。涙だと気づくのに時間がかかりました。胸の奥から苦い何かがあがってきて、私は大声を出していました。
涙と声は自分で止めることができず、私の感情は爆発したのだと思いました。私の星では見たことがない、それが「泣く」ということだと、初めて体験しました。
苦しくていられない私の背中に温かいものが触れました。
「ハニューシカさん・・・」
それは由さんと柚さんの手でした。その手が私の背中を撫でると、私の心が痛くて苦しくてしょうがなかったのに、彼らの手の温かさを感じた途端に、その痛みがなくなったような気がしました。
彼らは超能力で、私の痛みを溶かしてくれたのでしょうか。
「ハニューシカさん。私たち、力になるわ。きっと大丈夫だから。タイムマシンだって、直せるかもしれないから」
柚さんの言葉には優しさがあふれていて、私はまた涙が湧いてくるのを感じました。だけど、先ほどまでの頭の痛くなるような絞り出す涙ではなくて、心の温かいところから溢れてくるような涙に感じました。
私が異星人であることも、罪人であることも知らないのに、私の苦しみをどうしてこんなに正確に知ることができるのでしょう。
「ありがとうございます。でももう、良いんです」
そう言うと、また私の心は痛みました。強がりを言うと、私の心は痛くなるのだと、初めて知りました。
このお二人がいれば、私は星に帰らなくても良い。そう言えます。
でももう、良いんです。娘のことは諦めました。これで私は罪人ではなく、大手を振って星に帰れるのです。
一体私は、なんのために娘をさらったのでしょうか。私が星に帰るには、娘はここに置いて行かなければならないのです。連れて帰れば、きっと殺されるでしょう。だから、置いて行くしかないのです。少なくとも日本にいれば、殺されることはないでしょうから。私が娘をさらった意味もあるでしょう。
結局、娘は私と生きることはできないのだと、やっと理解ができました。そして、諦めるのは辛いですが、娘をここに残すことを決めました。
そうと決まれば、娘にこのことを報告に行くことにしました。
「由さん、柚さん、色々とすみません。ちょっと私は行かなければならないところがあるので、すみませんが、これで失礼します」
私が立ち上がると、お二人は驚いてついてきました。
「ちょっと待って、どこへ行くの?」
「娘のところです」
「娘!?」
お二人は裏返った声でハモりました。まあ、驚くでしょうね。
「娘がいるの?ここに住んでるんじゃないの?」
「何なの?ハニューシカさん、どこ行くの?」
多分、尋ねている内容は同じなのでしょうが、全然違う聞き方をする双子ですね。
「娘は身体が・・・悪いので、一緒にはいないんです」
お二人は相槌もうたないで、私の次の言葉を待っているようでした。・・・わかりますよ。彼らはこのまま帰るようなことはしない人たちだって。
「一緒に行きますか?」
「勿論!」
また完璧なユニゾンを聞かせてくださいました。
ということで、私たちは公園を出て駅に向かい、電車に乗りました。
道々彼らに何と言って説明をしたらいいのか、色々と考えました。まずは、私が未来人だと思っていることから正した方が良いのか、それは明かさずとも流刑になっていることだけでも話した方が良いのか。それとも、今まで通り、とりあえず聞かれたことだけはそれなりに答えて、あとは濁しておいた方が良いのか。
ただ、私の娘のことを説明するのに、きっと流刑のことを言わなければならないような気はします。
「ハニューシカさんって結婚してたんだね」
ポツリと柚さんが言いました。
「え?」
「あ、違うの?結婚してなくて、娘さんだけいるの?」
「あ、ああ、結婚してますよ。それで娘が一人いるんです」
なんだか間抜けな会話ですね。でも、聞かれたことは答えようと思います。
「ハニューシカさんだけあそこに住んでるの?」
「え?」
「あ、違うの?奥さんもあそこに住んでるの?」
「あ、ああ、違います・・・妻は、国にいるんです」
なんだか喉が絞まるような気がしました。
「そうなんだ。ごめんなさい」
私を元気づけようとして、明るく話してくれていたのに、柚さんはそれを聞くとしょぼんとしてしまいました。すみません、私のために。
私たちの空気の気まずさを払うように、電車がガッタンと音を立てて止まり、駅に着きました。




