34.修羅場修羅場よ
由くん一人称語りです。
冷蔵庫から現れたハニューシカさんを見たときは、本当にパニくったけど、その後話をして、なんとかその話しについていくと、やっと僕は人心地ついた。
だいたい、柚とハニューシカさんの話って、いっつも突飛なんだよね。だからついて行くのに精いっぱいなんだ。
「一回使い切りで150万円は高いんじゃない?」
柚が例の扉をしげしげと眺めながら言った。ちょっとあんまり不用意に触らないでよね。うっかり開いてどっか行かないでよね。てか、150万円払えないから!
「でも当初は400万円だったんですよ」
「400万円!?」
「そうですよ。だって、便利でしょう?どこでも行けるんですよ。ここだけの話、足が付きませんからね」
ハニューシカさんは悪だくみをするような顔をしていた。僕も柚も自然と小声になって頭を寄せた。
「足が付かないって?」
「ですから、トンずらこくのに便利だということですよ」
せっかくお互いに小声で陰謀をたくらむかのような雰囲気を出していたのに、こらえきれなくなった。
「ぷ!あははははは、トンずらって!トンずらって!」
「え、何か変でしたか?お客さんのところで聞いた通りに言ったのに」
「言わないね~、その言葉のチョイスはないわ」
柚も横っ腹を叩いて大笑いしている。
「そうですか、変でしたか」
「まあ、しょうがないよ。現代日本人じゃないんだから」
僕が冷静にそう言った時だった。あの小さい冷蔵庫の扉が
―キイ―
と、小さな音を立てた。
一斉に3人でそちらを振り返った。ドキドキする間もなく、冷蔵庫の扉を押しのける手が見えると、すぐに人が現れた。
その人は、小さな冷蔵庫の扉から僕たちの真ん中に文字通り転がり出てきた。そして、すぐに扉をバンと閉めた。
「いててて」
驚いている僕たちの真ん中で頭をさすっているその人。
いかにもなパンチパーマに、いかにもなサングラス。それにちょっとテカった感じのシャツみたいのを着ていて、靴はとんがったエナメル。金色の重そうなネックレスを付けている、僕たち普通高校生には接点のないようなおじさんだった。
「山さん!どうしたってんですか!」
ハニューシカさんが一番驚いていて、裏返った声で叫んだ。
山さんと言われた人はハニューシカさんを見ると、ニヤリと笑って、ハニューシカさんの肩にポンと手を置いた。
「やー、修羅場修羅場よ。助かったぜ」
修羅場って・・・?僕と柚の頭にはハテナが浮いていたけれど、ハニューシカさんは別にそれはどうでも良いらしい。それより、どうしてこの山さんがここに現れたのかが知りたいみたいだ。
「修羅場って。なんで私の家に現れてるんですか」
「いやな、急だったもんで、こまっけく場所の指定ができなくてよ、そういや、このどこへでもドアはUさんから買ったもんだよな、って思ったら、Uさんのいるところしか思い浮かばなかったんだよ。ま、おかげでちゃんとこうして逃げられたんだし?助かったぜ」
逃げてきたんだ。
まさに、さっきハニューシカさんが言ってた「トンずら」だ。
旅行とかそういう目的じゃなくて、こういうために使われるものなんだ、と僕と柚は妙に納得した。でも、考えてみればそうかも。逃げた証拠になる扉が消えてしまうのなら、トンずらにはもってこいだ。
「ちなみに、どこから来たんですか?」
柚はそのチンピラっぽいおじさんにも憶する風もなく聞いていた。
「お?女子高生じゃん?可愛いね。おじさんはね、北海道から来たんだよ?」
「えー、北海道!?すごーい!」
柚が大袈裟に驚いて見せると、おじさんはなぜか満面のドヤ顔になった。って、おじさんの手柄でもなんでもないじゃんね。扉がすごいんじゃん。
「まー、何にしても助かったわ。じゃ、Uさん、またな。ネエちゃん、おじさんのこと、誰にも言っちゃダメだぞ。また会ったら、遊んでやるからな。ひひひ。」
おじさんは訳の分からないテンションのまま、すぐにハニューシカさんの家から出て行った。ここにずっといてハニューシカさんに迷惑をかけるような人じゃないみたいだ。よかった。




