29.そんなブルーシートゾーン
あの日、柚と僕は真っ暗な墓地でハニューシカさんを見た。彼は鞄から鞄よりもずっと大きな板を出して、そして、その板の中に消えた。
とまあ、整理してみるとこんな感じ。
途方もない、というか、意味不明。どこもかしこもヘンだった。だから、いちいちそれがどういう意味か、考えるだけ無駄だと思う。実際、僕も柚もそのことに関しては何も言わなかった。というか、よく柚はいつものように大声でわめかなかったもんだと感心した。
だけど、腹に溜めたものはある。
そのままで数日を過ごしていた。そして、あの日から柚はハニューシカさんを探していたらしい。彼がどこに消えたのか、どうして消えたのか、知りたかったんだろう。
柚の執念深さはよーく知っている。きっとハニューシカさんを見つけ出すのも、柚ならばやるのだろうと思っていた。
「由!由!見つけた!見つけたよ!ハニューシカさんがいた!」
うわ~、柚ってホントすごすぎだよね。やるとは思っていたけど、あれから2日しか経ってないよ?一体どこをどう探すと、顔しか知らない人のこと探し出せるのさ。
「いた?どこに!」
血相変えて駆け込んできた柚に負けないくらい、僕も大急ぎで立ち上がって、二人で大慌てで自転車に乗り込んだ。ああ、せっかくの部活のない土曜日だって言うのに、ゆっくりできやしない。
とはいえ、気になるからついて行った。
柚は激チャリで大通りをかっ飛んでいく。男の僕が必死にならないとついていけないってどんなだよ。とにかく柚がどこに行くか見失わないようについて行かないとあとで何て言われるか。
柚は3駅ほど先にある、大きな公園へ吸い込まれていった。自転車置き場に僕が着くと、もう柚は自転車をとっくに置いて、置き場から出てきたところだった。速いって!
「遅いって!」
怒られた。がっくり。
僕たちがいる公園は、国立の公園でとても広い。ここらへんは下がコンクリートになっていて、小さい子が自転車の練習をしていたり、僕くらいのお兄ちゃんがスケートボードで滑っていたりする。気を付けないと轢かれてしまう。
車止めを挟んで向こうに行くと、左側にはわりと大きな木が生えている普通サイズの公園があって、遊具も色々ある。
それから、正面には丘があって草が生えていて、ピクニックをしている人もいる。小さな滝とそこから繋がる人工の小川が流れていて、暑い日には子どもが薄着をして遊んでいる。周りにはランニングコースもあって、どこへ行っても木が生えていてベンチやピクニックスペースも充実している、人気の公園だ。
だけど、その向こうの雑木林は誰も行かない。なぜかと言うと、そこはブルーシートゾーン。その名の通り、木々の枝にはブルーシートの屋根が張り巡っていて、その下には段ボールハウスがあちこちに点在する。住んでいる人がどうだか知らないけど、とても怖くて近づけないところだ。聞いた話だと、近くを通るとホームレスの人にたかられるとか、ホームレスを狙った悪どい少年グループがウロウロしているとか、とにかく治安が悪そうだ。ホントに日本かと思うけど、これも日本の一部であることは、高校生になって理解できるようになった。
ただ、そこを通らないと、奥にあるバラ園に行けない。バラ園の端には有名な音楽ホールがあって、何とか言う昔のピアノを修理したか復刻しただかそういうのが置いてあって、中学の時に音楽鑑賞教室でみんなで来たことがある。その時そこを通ったけど、なんかすごく怖かった。僕たちだって、そこで生活している人がいるのを知っているから、わざわざ大声たてて通ったりしないけど、それでも、いつ「うるさい!」って怒鳴られたり、お金をせびられたりするんじゃないかってビクビクしていた。まあ、先生がいたから、少しは安心だったけどね。
そんなブルーシートゾーンの方へと、柚は歩いて行った。え、そっちー?そっちは暗いし怖いよ。
なんて僕の心が柚に伝わるはずがない。いや、本当は伝わってるんだろうけど、あえての無視だ。わかってるよ。
でもさ、冷静になろうよ。
こんなところにハニューシカさんがいるの?