24.一瞬で闇に葬り去ること
僕が茂みにたどり着いて見ると、なんとハニューシカさんは普通に立っていた。
そして、彼の前に、倒れ込んだか、すっ転んだ男がいた。ハニューシカさんは大丈夫だったんだ。
男は手にナイフを持っていた。ブルブル興奮した様子で立ち上がって何かわめいていた。声は聞こえるんだけど、内容はわからなかった。
男は立ち上がって、今にもナイフで切りかかろうと間合いを詰めている。ハニューシカさんは、ちょっと体勢を低くしてその男から離れようとしているようだった。だけど、何か小声でその男に話しているようにも見えた。男の方はハニューシカさんの言葉なんて耳に入らないんだろう。荒い息をして睨んでいて、ナイフをがっちり握っている。
僕は、僕は、ハニューシカさんを助けにここまで走ってきたはずなのに、全く動けなかった。助けようと思っているのに、怖くて、こんなの見たことが無くて、呼吸すらまともにできないで、ただ驚いて動けなかった。
男はハニューシカさんに向かって飛びかかった。その人は、ハニューシカさんの頭か顔かを狙ったように睨みつけていて、手に持ったナイフはハニューシカさんの喉元を貫こうとしていた。
その時、ハニューシカさんが片手をあげると、男は頭を小突かれたように向こうに跳んだ。
まさか、撃ったの?銃?
いや、音はしなかった。魔法だろうか。
男は草の上へ背中から落ちて、数回転がった。人間が落ちる音は、かなり重い物が落ちたような鈍い音だった。男の手のナイフはどこかへ飛んでしまったようで、手は力が入らないような開き方をしていた。
だけど男は無傷っぽかった。動いていて、別に大けがを負ったようにも見えなかった。
男は倒れても、四つん這いになって、また立ち上がろうとしていた。そこをハニューシカさんが男の頭を掴んだように見えた。男の頭かハニューシカさんの手かわからないけれど、ぼんやりと光っているように見える。
するとその男の、ハニューシカさんを睨んでいた目がだんだんうつろになって、そのままうつ伏せに倒れてしまった。
男はうつぶせのまま、もう動かなかった。
ヤバいものを見てしまった。
逃げなきゃ。逃げなきゃ!僕は知らない。見なかった。逃げなきゃ。
そう思ったのに、全然動けなかった。足が凍りついてしまったようで、頭の中も動揺していて、指先ひとつ動かせなかった。
だって、ハニューシカさんが殺したんだ。男を。
そう認識したら、体中の血が冷たくなって、本当に凍ったんじゃないかっていうように、足元から恐怖が上ってきた。
きっと証拠隠滅だ。最初に言ってたじゃないか。一瞬で闇に葬り去ることができるのが魔法使いなんだって。そうだ、彼は魔法使いじゃないか。こんな人間になんてやられないんだ。逆に一瞬で相手を殺すことができるんだ。
僕は震えて立ち尽くしていた。見た事を彼に知られてはいけない。今ならまだ大丈夫だ。だから逃げなきゃって分かっているのに、動けなかった。
僕が息苦しくなって、変な汗をかいてもうろうとしていると、ハニューシカさんは男を置いて、茂みから出てきた。
僕は自分では全然動けなかったのに、ハニューシカさんがガサっと音を立てた時、僕の身体がびくっと飛び上がった。だから見つかってしまった。
ハニューシカさんはこちらを向くと、機械みたいな無表情で僕を見つけた。僕が見ていたことに気づいてしまったんだ。




