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21.お肌の調子も

 今日はあるお宅への訪問日です。このお宅は、私の上得意の一人です。私のことを気に入り、私の売るものを気に入り、高くてもたくさん買ってくださるのです。

 彼女は、私にたくさんの注文をしてくれるので、売るものがわかりやすくて助かります。それに、訪ねる時の私の服装などにもリクエストをしてきます。なんなんでしょうね。

 ということで、今日は彼女のリクエスト通り、紺色のスーツに明るいネクタイ、それに黒縁のだてメガネという恰好をしています。本当は鞄も紺色のスクールバッグというのにしてくれと言われたのですが、鞄だけは、品物が入れられなくなるので、勘弁してもらっています。

 その代り、スーツの袖丈は少し長めでと言われていますので、まあ、そのくらいは彼女のリクエスト通りにしてきました。


 ピンポーン♪

『はぁ~い』

「こんにちは、わたくし、消防署の方から参りました」

『あ!はい!お待ちくださーい!』

 ドタドタと足音が近づいて来て、豪華な玄関が勢いよく開けられました。

「いらっしゃ~い!(ゆー)さん、お待ちしていたわ~ん!」

 お客さんはそう言うと、私の手を引っ張って玄関に引き入れ、すぐに玄関を閉めました。

「Uさん、お元気?もう、ひと月に一度しかみえないなんて、寂しいわ、もっと来てくだされば良いのに~」

「こんにちは、奥様。今日もお綺麗ですね」

「ま!Uさんったら、もう!さ、お座りになって」

 彼女は玄関に、ふかふかの座布団を置いて、私をそこに座らせました。それからその隣に彼女も座りました。毎度思いますが、近いですよ、距離が。どうも、この方、距離感がおかしくないですか?



「お肌の調子も良さそうですね。今日も、いつものクリームになさいますか?」

 私が鞄を開けようとすると、彼女は私の手をその丸っこい肉厚な両手で包みこみました。いや、それだと、鞄がね、開けられないんですけど。

「まあ、Uさんったら、お上手なんだから。でも、良く見て?私、他にも変わったところ、ないかしら?」

 彼女は私の目をジーッと見つめて、小さな目をめいっぱい開いてどんどん顔を近づけてきます。

「ええっと、ですね。あ、まつ毛、まつ毛ですか?まつ毛パーマとかされました?」

 つぶらな瞳に不似合いなほどの、カールされたまつ毛を、パサパサと鳴らして彼女は瞬きを繰り返しています。

「そうなの!ね、どうかしら」

「おお、お、お似合い、ですよ?」

「ま、嬉しい!」

 やっと手を離してくれました。いやー、変な汗かきそうです。

 彼女は片方の手をまつ毛に添えるようにして、少しうつむき加減で私の方を向きました。

「でもね、私、まつ毛が短いんですって。だから、Uさんに、まつ毛が伸びるお薬がないか、聞きたかったんですのよ?」

 そうですの?

 まつ毛なんて、長くしたって、顔はそんなに変わりませんのよ?とは言いませんが、この方、ご自分がどれくらい美しいか、その逆かが客観的に分かっていないようです。幸せなことですよね。

「そういうことでしたら、このまつ毛美容液がお勧めです」

 私は鞄をひっかきまわして、商品名を言いながらそれを取りだしました。手に吸い付いてきたのは、手のひらサイズの紫色の小瓶で、金色で綺麗な花が描いてあります。美しい瓶ですし、きっと彼女も気に入ることでしょう。

「まつ毛にほんの一滴ほどのせまして、あとは目頭から目じりまで、うわ瞼を軽くマッサージするように塗り込むだけです。奥様の魅力的なまつ毛と、その目元までも、さらにパッチリと可愛らしく整えます」

「あら、簡単じゃない。どのくらいで、効果が出るかしら」

「そうですね、個人差はございますが、だいたいふた月ほどですね。まつ毛の生え変わる周期もありますから、気長に美しくなることを想像しながら付けて頂くのが良いですよ」

 にっこり笑いかけながら言うと、彼女は薄気味の悪い笑顔・・・じゃなくて、うっとりとした陶酔のような顔をしていました。何を想像しているんでしょうかね。ブル!

「うふ、じゃ、これいただくわ。コレはおいくら?」

「8万3千円でございますが、初回に限り7万5千円に割引いたします」

「あら、まあ、割り引いてくださるの?いつも悪いわね」

 いえいえ、いつも高く買っていただいて、悪いわね。とは言わずに、笑顔で頷きました。彼女も私の笑顔に応えてにっこりとして、また近づいてきました。

 えっと、次は何をすればいいんですっけ。いつもこのお宅に来ると、彼女のこのパワーというかテンポにやられてしまいます。


 訪問販売って、恐ろしいですね。

 だけど、これが私の、仕事なんです。


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