20.先ほどの殺意は
夕暮れのうら寂しい河川敷を速足で歩きながら、私は意識を凝らしました。
後ろからつけてくる足音に、なんとなく敵意を感じるのです。敵意というか、殺意のような感じです。いきなり殺意ってどうなんでしょうか。
河川敷は薄暗く、人影はほとんどありませんでした。ところどころに背の高い草が生えていて、見通しも悪いんです。
私は私を追ってくる殺意にばかり集中していました。だって、恐ろしいですから。急ぎ足で歩きながら、とても「どこへでもドア」を出して家に戻ることはできないと悟りました。それくらい殺意が近かったのです。
殺意はどんどん大きくなり、ついに私のそばで足音が大きくなり
「ぅおー!」
という、声が聞こえたような気がしました。
襲ってきたのです。何も話さず、誰かもわからず、襲ってきたのです。
盾で守られているとはいえ、恐ろしくて足がすくみ、動けなくなりました。
その時、
「おー、ハニューシカさん!」
と、声をかけられたのです。
能天気な声は、大きく手を振っている由さんのものでした。由さんはもう、私のすぐそばにいたのでした。
一瞬何が起こったのかわからず、呆然とした顔をしてしまいました。由さんが怪訝な顔をして私を見ていました。
まさか、今感じていた殺意は、由さんのもの?
私のことを追ってきたのは、由さんなのですか?
それとも、私は由さんのことを勝手に殺意の塊だと勘違いしたのでしょうか。
とにかく、由さんは、私の「盾」の範囲内に難なく入りました。当然敵意などないのですから近づけるに決まっています。
はぁ、良かった。
思わず気が抜けて「へへへ」と変な笑いをしてしまいました。
「どうしたの?何笑ってるの?」由さんが聞いてきました。
「いえ。あ、由さんは学校の帰りですか?」
「そ、今日は部活あったから。ハニューシカさんは?」
「私も仕事の帰りです」
ああ、普通の会話。良かったです。さきほどの殺意は私の勘違いだったようです。暗くなっていたので、ビビりすぎてしまったようです。うわ、恥ずかしい~!
それにしても由さん、今日は部活があったんですね。
「そういえば、こないだは綺麗な瓶をありがとうございました。柚がすごく気に入っていたよ」
「ああ、いえいえ。喜んでいただけたなら私も嬉しいですよ」
「だけどさ、それで柚が、またちょっとハニューシカさんのこと怪しんじゃって」
「怪しんでって・・・はぁ」
しょうがないですよね。怪しいですから。自分でも分かってはいるのです。
「瓶もそうだし、電子辞書もだし、僕だったらあんまり気にしないことを、柚はとっても気になるんだよね」
「そうでしたか」
一体何を気づかれて、何が気になったのか知りたい所ですが、私がうかつだったとしか言いようがありません。私は頭を掻きました。
「ま、今度会った時に色々聞きたいって言ってたけど、あんまり気にしないでください。柚も別にハニューシカさんを困らせようとしているわけじゃないんです」
「はい」
「ただ、柚はすごくまっすぐだから、ウソとかごまかしとか、そういうのに敏感なんだ」
「かたじけない」
ああ、日本語難しいです。こういう時どう言ったら良いのかわかりません。
「謝らないでください。ハニューシカさんが悪いってわけじゃないんです。柚がハニューシカさんに色々事情があるってことを受け入れられないだけなんだから。柚だって、ハニューシカさんのこと友だちだと思っているからウソをつかれるのがイヤなんだと思う。事情とかもわかったうえで、友だちとして接するにはどうしたら良いか、考えてるから、色々気になるんだと思うんだ。柚の問題でもあるから、ハニューシカさんはホントあんまり気にしないでください」
「はい、ありがとうございます」
実は由さんの日本語は難しくて、何を言ってるのかちょっと分からなかったのですが、柚さんも由さんも私のことを友だちだと思っていてくれているようでした。こんなに怪しい私なのに。
地球に来てから、友だちができたのは初めてです。みんな単なるお客さんでしたから。正体がわれないように生きるしかないんですから。私の正体を知らなくても、友だちだと言ってくれるなんて、嬉しい限りです。
友だちだから、ウソやごまかしは嫌だという柚さんに、私はウソをついて接しているわけです。それでも友だちと思ってくれているなんて、なんだか申し訳ないです。だからせめて、言えることは誠実に話したいと思います。根本的なところでウソをついているのに心苦しいけれど、私にできることはそれだけですから。
駅に着いて私たちは手を振って別れました。また次回、あの双子に会えるのが楽しみです。彼らは私の友だちですから。私はとても優しい気持ちになっていました。あの双子にもらった優しい気持ちです。
そんな良い気分だったのもあり、駅に入って行った私のことを、殺意のある目が見送っていたことに私は気付いていませんでした。