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2.もう一声!

 押し売りの兄ちゃんはただの押し売りじゃないようだった。50色以上ものゴム紐の束を出されて、僕はすっかり見入っていた。

「すごい」

 僕は驚きすぎて、それしか言えなかった。

「そうだろ?よし、俺が見立ててやろう。この色はどうだ?」

「え、てか、すごくない?コレ、2色じゃん」

 はっきり言ってすごかった。その辺の手芸店じゃ見つけられないようなのばっかりだ。

「コレが良いか?目が高いな。何メートルだ?」

「えっと、メーターいくら?2メートルで良いんだけど」

「こいつは高いぜ?メーター600円。5メートル以上で割引してやる、ぜ」

 うーん、確かに高い。でも、これ良いよ。ホント。でもなぁ、単純計算で5メートルで3千円だろ?う、学生には痛い。いや、待てよ?(ゆず)も欲しいかな。柚ってのは僕の双子の姉。あんまり普段、同じもの持たないけど、これなら柚も欲しいかも。だったら5メートル買って、二人で半分ずつなら1500円。ギリいける。

「じゃ、5メートル」

「よっしゃ、売った!」

 そう言って販売員は2色織りのゴム紐を測り始めた。



「ただいまー。おっと。あれ、何やってんの?」

 ちょうど柚が帰ってきた。柚はちょっと見て、僕がゴム紐を買おうとしているところだとすぐに分かったらしい。今、学校で靴ひもにカラフルなゴムを一緒に通すおしゃれが流行ってるから、そのゴムだと思ったはずだ。

「良いゴムじゃん」

「柚の分も買うよ」と僕が言うと、頷いて僕の横に座った。

 販売員の兄ちゃんは、何度かゴム紐を測り直して、ちょっと唸っていた。

「どうしたんですか?」僕が聞いた。

「あかん、5メートルないわ。どう勘定しても4,8だ」

 20センチ足りないくらいだったら、こういう商売だといかさまで売りそうなところ、この販売員は律儀にもちゃんと測っていた。

「えー、じゃあ、割引は?」

「足りないんだったら、その分安くしてくれるんでしょ?」

 僕の言葉を遮るように柚が販売員に言った。柚、最初からいたみたいによく分かってる。

「でも、割引は5メートルからで・・・」

「何言ってんの。それで最後なんだから、余らないように売った方が、あなたにも得じゃない。ちょっと余ったら、逆に損すると思うけどな」

 柚は強気でぐいぐい割引を迫った。ちょっと、大丈夫?ムショから出たばっかりなんだよ?販売員は柚の言葉を良く考えて、そして頷いた。

「よし、じゃあ大負けに負けて、2500円!」

「もう一声!」

 僕は「安い」って言おうとしたのに、柚はさらに割り引かせようとしていた。すごいなぁ。

「もう、お客さんにはかなわないな。じゃあ2000円。これでどうだ!」

「買った!」

 僕と柚が叫んだ。やった。4,8メートルで2000円って、すごくない?押し売りの兄ちゃんも嬉しそうだった。



 僕がお金を払っていると、柚が興味深そうに販売員の兄ちゃんの鞄を見ていた。確かにあんまり見かけない鞄。こういう押し売りだとアタッシュケースみたいなのを持ってるイメージがあるけど、この販売員は旅行鞄みたいなやつを持っていた。さっきのゴム紐でいっぱいなんじゃないのって思うくらい、あんまり大きくない鞄だった。

「お兄さん、ゴム紐しか売ってないの?」

 柚が聞いた。どうした柚、まだ何か買おうっての?

「そんなことない、ぜ?タワシに洗濯バサミ、シャツにひしゃく・・・」

「ひしゃく?」

 なにソレ?と思って僕が聞いた。

「ひしゃくって・・・水まく時に使うやつじゃねぇの?」

 逆に販売員が聞いてきた。なんで聞くんだよ。お前が売ってんだろうが。

「墓場とかにあるやつ?」柚が聞いた。

 ああ、それ見た事ある。けど、そんなもん売れるの?

 販売員は鞄を開けてごそごそと中身をかきまぜていた。「ひしゃく、ひしゃく、墓場にあるひしゃく」

とつぶやいている。そして、鞄からひしゃくを取り出した。

「これだろ?いるか?」

「はぁ?ちょっと待ってよ」

 僕たちは驚いて顔を見合わせた。

 おかしいだろ。あのサイズの鞄から、このサイズのひしゃくが出てくるって、おかしい。柄の部分の長さだけでも、鞄の倍はある。無理だろ。どこに入ってたんだ。

「え、これじゃ、ねぇのか?」販売員もヘンな顔をしている。「だって、ゴム紐とタワシとひしゃくは押し売りの基本だって書いてあった、ぞ」

「何にだよ!」

 僕と柚が声を揃えて突っ込んだ。男女の双子だけど、こういう時はハモる。

「なんでもねぇ、いるのか、いらねぇのか!?」

 販売員はちょっと慌てて、でもやっぱり僕たちを脅すように言った。

「いらないよ。てか、兄さん」柚は物怖じしないで話し続けた。「この鞄からこれが出てくるっておかしくない?どこに入ってたのよ?」

「あーあーあーあー!いらねぇんなら良いだよ。じゃ、毎度~!」

 販売員は挙動不審なほどアタフタと、ひしゃくを鞄に押し込むと大急ぎで玄関を出て行った。後に残された僕たち双子は怪訝な顔を見合わせたけれど、すぐににんまりと笑ってゴム紐を半分こした。


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