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16.その機械だって

 そこで柚が急に話題を変えた。もう香水瓶が買えない値段だから興味が失せたのだろう。柚が興味を示したのはハニューシカさんの電子辞書だ。

「ねえ、それ何?」

「電子辞書ですよ。日本にもあるでしょう?」

 ハニューシカさんは急に話題が変わって驚いたようだった。

「ていうか、何語?そんな文字見たことない」

 柚がそう言うと、ハニューシカさんは電子辞書を慌てて閉じた。柚は言葉を続けていた。

「ロシアってアルファベットがちょっと変わったみたいな文字よね?Nが逆になってるやつとか」

「だから、私はロシア人じゃないんですってば」

「どこの人?」柚が聞いた。

「それは言えません」

 ハニューシカさんは困っていた。そういえば、亡命とか言ってたような気がする。あんまり根掘り葉掘り聞いちゃダメなんじゃないかな。でも柚は知りたいようだった。

「その機械だって、全然見たことない変な形だし、どこの?」

「そ、それは・・・あの、あっちの方のはこういうのもあるんです」

 あっちってどっちだ。ハニューシカさん、苦しそうだ。

「なん、か、変なのよねぇ・・・」

 柚はハニューシカさんの鞄を睨むようにして、何かを考えていた。怖い、怖いよ柚。

「柚、良いじゃん。ハニューシカさんは悪い人じゃないよ。困らせたら悪いよ」

 こう着状態の空気をなんとかしようと、僕が言うと、やっと柚は僕のほうを向いた。

「そうだけど」

 柚はちょっと納得いってない顔をしていたけど、わかってくれたようだ。



 良いじゃないか、これから長い付き合いをしていくならば、良好な関係だった方が良い。僕たちがハニューシカさんを疑うような目で見たり、怪しんでいたら、もう来なくなってしまうかもしれない。だいたい僕たちは、こちらから連絡はできないのだから、また来てほしいと思うなら、彼を困らせない方が良いのだ。

 ということを、僕が考えているのが、柚にはわかるのだろう。双子だからね。諦めたように息を吐いていた。



 空気が変わっても、ハニューシカさんはもう帰りたい様子だった。まあ、今回はせっかく来てもらったけど、何も買えなかった。悪かったな。

(よし)さん、ありがとうございます」

 ハニューシカさんは申し訳なさそうに僕に言った。それから電子辞書とガラス瓶を鞄にしまっていた。ガラス瓶の最後のひとつを手に取ると、ふと考えた様子だった。

「柚さん、色々言えないことがあってすみません。でも、私はあなたがた双子が好きですよ。友情の印に、コレをあげます」

 ハニューシカさんはそう言って、柚に一番小さなガラス瓶を渡した。

「え!」二人でびっくりした。

「いやいやいや、いくらなんでも70万もするもの、もらえないですよ!」

 僕が叫んだ。柚は固まっていた。

「良いんです」ハニューシカさんはニヤとした。「金持ちのおばさんには70万円で売りつけるものですが、原価1000円くらいですから、そんなにバカ高いものじゃないんです。だからもしよかったら、もらってください」

 原価1000円を70万円で売る。さすが押し売り。

 妙に納得した。だけど、そういうことならば、そんなに気にせずに、もらえるかも。まあ、1000円でも、僕たちにとっては安くはないけどね。

「ありがとう」

 柚は神妙な顔をして、ガラス瓶を受け取っていた。こんな良い物をもらったんだから、もうあんまり困らせるようなこと言わないはずだ。ハニューシカさんもホッとした顔をしていた。



 だけど、その善意のプレゼントが、ハニューシカさんの首を絞めることになるとは、この時は彼は考えなかったのだろう。まあ、僕も考えなかったけどさ。

 とにかく、彼は帰って行った。次に会えるのはまたふた月後かな。その日が楽しみだ。


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