14.ごようはありませんか
ふた月ぶりにあの双子の家を訪れた私は、柚さんに顔を忘れられていたショックを隠し、にこやかに挨拶しました。
「こんにちは、柚子さん、羽生歯科です。ご用はありませんか?」
私が普段、お金持ちのおばさんに使うような営業用スマイルを披露すると、柚さんはやっと私を思い出したようでした。
「ハニューシカさんだ!そうだ!ああ、久しぶり!どうぞ、どうぞ」
そう言って、私を玄関に招き入れてくれました。玄関を閉めると、私はもう一度挨拶をしました。
「柚子さん、こんにちは。今日は由男さんは?」
「由はまだ学校。もうすぐ帰ってくると思うけど。あ、上がってよ」
柚さんはすぐに私のことを思い出し、居間へ通してくれました。それから前回と同じ椅子に勧められて座りました。
「いやー、本当に来てくれるって思わなかったわ」
柚さんは落ち着いた様子で、向かい側に座りながら言いました。
「本当にって、柚さんが来るように言ったんじゃないですか」
「だってさ、胡散臭かったから、あんまり信じてなかったのよ。ごめんなさい」
「胡散臭かったですか?」軽くショック。
「そりゃそうよ。あんな紙切れに名前書いただけだったでしょ?後から考えたら、やっぱ無理かなって思ったのよ」
「そうでしたか」
まあ、そう思うのかもしれませんね。地球の常識は分かりませんから、こうやって地球人と接しながら少しずつ覚えるしかありません。
「ただいまー!」
扉の音がして、玄関から声がしました。由さんの声です。
由さんは居間に入ってきて、私を見つけました。
「あ!」
と、言ったきり、私を見て固まっていました。たっぷり30秒も動きませんでした。早く動いてください!
「斉藤はじめ!?」
誰ですか・・・由さん、私のこと全く覚えてないんですか。適当にもほどがありますよ。
とにかく、由さんの適当な名前に柚さんがブっと吹き出しました。
「あ、彼氏?悪い、邪魔した?」
「んなわけあるかー!」
由さんの見事なボケに、柚さんの見事なツッコミが決まりました。
ああ、私・・・本当に忘れられていたんですね。来なけりゃ良かった。
私がしょんぼりしていると、由さんはもう一度私のことをマジマジと見て、それからちょっと考えて
「ハニューシカさんじゃん」
と言いました。もう!覚えてるんじゃないですか!意地悪だなぁ。でも、柚さんよりずっと良いですよね。名前覚えていてくれて。
「お久しぶりです、由さん」
私はやっとホッとして、挨拶をしました。
私は今日、大切なことを学びました。高校生は、あっさりしていると。
来てほしいと言っていたわりに、ふた月後には私の顔も名前も覚えていないくらい、あっさりしているということを。
もしかして地球人は、特に日本人は、あんまり人との交流を好まないのでしょうか。今まで、お金持ちの方に珍しいものを売りに行くと、目の色を変えて買ってくれたり、私が訪問するのを大歓迎してくれていたのは、たまたま?ということなのでしょうか。
とにかく、こういう人もいるんだな、ということが分かりました。さて、そんな高校生は、私から何を買おうとするのか、ちゃんと売れるのか、ちょっと心配になりました。




