10.都合のいい魔法使い
柚がハニューシカさんを魔法使い認定しても、ハニューシカさんはあまり困った様子でもなかった。まだ余裕があるみたいだ。
「魔法使いって教えたんだから、誰にも言う、なよな」
と、ハニューシカさんは言った。諦め顔だった。
「うーん、それはどうかな。条件次第よね」
柚はなにかたくらんでいる顔で言った。ひどい、ひどいぞ柚。
「お前なぁ」ハニューシカさんが柚に小声で言った。「俺が魔法使いだったら、一瞬でお前たちのことを闇に葬るくらい簡単なんだ、ぞ。自分がピンチだって分かってるか?」
「なにソレ」途端に柚は真剣な顔になった。「そ、そんなこと出来るわけないじゃない」
「出来るんだよ」
ハニューシカさんは静かに言った。う、真実味があるなぁ。柚の暴走のせいで、僕まで闇に葬られそうなんだけど?
「そんなわけないじゃない。私たちがいなくなったら、あんた捕まるわよ。それに世間だって黙っちゃいないし、それに・・・」
「そういうのを何とかできるのが魔法で、その魔法を使えるのが魔法使いなんだよ。それとも、今この坊やを消してやろうか?そうすれば、お嬢ちゃんは自分が馬鹿なことをしたって気づいて後悔するさ。その後悔した顔を見届けてから、お、前も消してやるよ。自分に都合のいい魔法使いを勝手に思い描いてるかもしれないけど、な、知らない方が良いってことも世の中にはあるん、だよ」
柚は黙った。
魔法使いなら出来るだろう。僕らの考えを越えた事をするだろう。
「わかりました。言いません。あなたが魔法使いだということも、このゴム紐が魔法のゴム紐だってことも誰にも言いません」
柚が何も言えないので、僕が言った。だって、先に消されるの僕なんだから、やめてよね、まったく。でも、柚もホッとしていた。多分、色々言っちゃった手前、引くに引けなかったんだろう。
「誰かに言いたきゃ言えば良い。ただその時の命の保証はないと思え」
ハニューシカさんはビシっと言った。それで、僕たちはただ二人で頷くしかなかった。平和ボケした日本人の僕たちだけど、魔法使いなんていう未知の相手を敵にまわしちゃいけないことくらいは分かっていた。
「でもね、真面目な話」柚が言った。「ゴム紐だって、私たちに簡単にばれちゃったのに、他の魔法道具がばれちゃったらどうするつもりだったの?」
確かに。ハニューシカさんを見ると、ちょっと困った顔をしていた。
「そりゃー・・・バレたところから、証拠隠滅にかかる、な」
「手間がかかりますね」
それしかないのだろうけど、面倒くさいよね。
「実は、こういう押し売りで売れたの、今日が初めてなんだ」
ハニューシカさんがテヘペロってして言った。うわ、この人可愛いなぁ。普通のおっさんだったらニヤリとするところだろうけど。
「初めて?今までどうやって暮らしてたの?」柚が聞いた。
「だから、ムショから出てきたばかりなん、だよ」
「え、それホントのことなんですか?」僕が聞いた。
「うそ」ハニューシカさんがまた可愛く答えた。
おいおい。余裕あるなぁ。
「こうやって押し売りをする振りをしながら、魔法道具が売れそうなヤバそうなやつとか、金持ちとかを探すんだよ」
さらりと結構恐ろしいことを聞いた気がする。高校生の知らない世界だ。ハニューシカさんは話を続けた。
「そりゃ、素人に使えるような魔法道具なんてたかが知れてるけどな、ちょっと珍しいとバカみたいに高く売れるさ。このゴム紐だって、金持ちのおばさんに魔法のゴム紐ですよって言えば、メーター1万円で買ってくれる」
「ええ!?じゃあ、なんで僕たちにはメーター600円って言ったんですか?」
「メーター1万円じゃ魔法道具ってバレバレじゃない、か」
「ああ、まぁ、そうか」僕たちは納得した。
「それに、俺がこれっくらい平気かと思っただけさ。こんなに簡単にバレると思わなかった。ゆずさん、すげぇな」
「ふふん、まあね」
柚は得意そうだった。
僕も柚はすごいと思う。魔法使いを一瞬で見抜いたこともそうだけど、それよりもその魔法使いをもう一度見つけてきてウチに連れてきちゃうところがすごいと思うんだ。それで結局ハニューシカさんは正体を僕たちに悟られちゃってさ。可哀想だよな。
でも、考えようによっては顧客が増えたってことか?いや、僕たちが子どもであんまりお金もないことはきっと分かっているのだろう。金にならない顧客が増えたところで、別に嬉しくないんだろうな。彼のメリットは僕たちが彼の正体を誰にも言わないでいるということだけなのだろう。
とはいえ、僕は魔法使いが知り合いにいるなんていうことを、ちょっと信じられないような気もしながら、やっぱり嬉しいと思った。こんなこと、絶対ないからな。夢やお話の中だけのことだから。柚のすごさを尊敬して感謝することにした。